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第三章

交わる想いと廊下

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 スタジアムというものは、試合がない日も試合以外にも、使える設備である。クラブの持ち物であればミュージアムやショップがあるし、空いている部屋を会議室や宴会場として貸し出してもいる。余談だがアーロンは学術都市でもあるので、実験室や講義室も充実していたりする。
 俺たちはその中の1室を会議室として借り上げてあった。別に大した事に使う訳ではない。机とテーブルが何セットかあれば十分だ。スペース的に言えば先ほどまでのBOX席でも良い。ただ外部の目が無いことが必要だった。
 俺は待ち合わせた人物とその部屋で合流し、三位決定戦が終わる頃には用事を済ませ、分かれた後はダリオさんだけを残して廊下を進んだ。目的地は会議室利用者が通行可能な通路と、試合関係者のみが通れるエリアが衝突する部分である。
「関係者以外立ち入り禁止」
 翻訳の眼鏡を使わなくても想像できる立て看板があり、警備のリザードマン蜥蜴人間が仁王立ちしている地点に着いた。試合日は一般客への部屋の貸し出しを中止する設備も多いが、マジキリ役を置いて対応するタイプもある。アーロンはそちらの方だった。
「ステフ、どんな感じ?」
「んーまだだな」
 感情の無い目でこちらをチラ見するリザードマンの視線を感じながら、俺とステフは待った。何というか、待たされると緊張するなあ。
「ちょっと良いか、ステフ?」
「なんだ?」
「ダリオさんに何か言われた?」
「しっ! 来たぞ!」
 特殊な感覚を広げて周囲を探っていたステフが廊下の先を指さした。そこには、ドリンクやウェアを運びながら引き上げてくる一団――ドワーフ代表チームのコーチたち――がいた。
「やったねー!」
「ミノタウロス恐れるに足らず!」
「下克上じゃ!」
 快勝だったのだろう。幼女たちがワイワイと嬉しそうに歩いている。別にステフの力を借りなくても分かったであろう程には騒がしい。
 そしてその中にはもちろん、ジノリさんの姿もあった。俺はやや半身になったリザードマンの横から手を振る。
「おーい、ジノリさーん!」
「おぬし! 何でここに……!?」
 そう言いながらも彼女は手荷物を他のコーチに預け、自ら廊下を走ってこちら側に来た。
「(ステフ、頼むぞ)」
「(ばっちりだぜ)」
 素早く魔法で姿を消して近くに潜んだ筈のステフに囁く。段取りも台詞も暗記しているつもりだが、彼女のアシストが必要かもしれないのだ。
「実は、貴女に一目あいたくて」
「はぁ!? わっ、わしに!?」
 一気にジノリさんが赤面する。魔法で見せた夢の中の逢瀬を思い出しているのだろう。
「ええ。何でかな、アレから貴女の事が無性に頭から離れなくて」
「なっ!?」
 わしもじゃ……と口が動いたような気がしたが声にはなっていなかった。
「確かに彼、ずっとここで待っていましたよ」
 唐突にリザードマンが口を開いた。
「なっ! それは誠か?」
「ええ。小柄なエルフの女性も……」
「ところで試合ですが!」
 おいトカゲ、変なアドリブは辞めてくれるかな!? てかアドリブじゃなくて乱入か。俺は彼を必死に意識から外し、本筋に戻そうと声のボリュームを上げた。
「勝利、おめでとうございます。見事なDFでしたね!」
 最初しか見てないが。
「お、おう。そうじゃ! なんじゃお前は『ミノタウロスには勝てない』とか『あんなラインDFじゃ』とか言っておった癖に!」
「それはすみませんでした!!」
 そう言いながら俺が頭を下げるとジノリさんはビクっと後ろずさった
「(ショーキチ、声のボリューム!)」
「(しまった、リザードマンのアレで)」
 俺はやや怯えた様子のジノリさんを宥めるように声を落として言う。
「俺に見る目が無かった……或いは貴女がそれ以上に優秀な女性だったという事でしょうか?」
 自分に出来る範囲で優しい、甘い声を出す。正直、辛い。
「まあ、恋は盲目って言いますもんね」
 は虫類ちょっと黙っていてくれるかな?
「ここここ恋い!?」
 ほら見たことか。ジノリさんが興奮してこちらも冷静さを失いそうだ。

「まままま待って下さい。そこまでは俺にも分かりません。でも一つ、確かになった事があります」
 俺はなんとかジノリさんの目を見て続ける。
「俺は貴女が欲しくなった。どうか、俺のチームのコーチになってくれませんか?」
「ワシが……エルフ代表チームのコーチに?」
 ジノリさんは可愛いまなこを白黒させながら呟く。
「『俺の元へコイ』って訳ですよ。これは『恋』と『来い』をかけてる訳で。うまいなー」
 この胡乱な鱗!
「(ステフ! 頼む!)」
「(ほいきた)」
 突如、透明なステフから後頭部を殴られたリザードマンは糸の切れた操り人形のように倒れ伏せた。そのまま別の方向へ引きずり去られる。
「ワシは……わしぃは……」
 突然倒れて謎の力で引っ張り去られるリザードマン……普通に考えれば無視できぬ現象だが、パニック状態のジノリさんには目に入っていないようだ。
「貴女は確かに天才だ。だが俺の元へ来て地球のサッカーを学べば大天才になれる! 待遇も悪いようにはしません……絶対に幸せにします!」
 つー、ぽた。何かが二人の間に落ちた。
「これは……鼻血?」
「わわわわっ、見るな! みにゃいでぇ……」
 ジノリさんは興奮のあまり、小さな鼻から赤い一筋を垂らしてしまった。彼女は慌てて顔を背けるが、羞恥で真っ赤になっているのが分かる。俺は明らかにやり過ぎてしまったのだ!
「あの子はおぼこいから」
と言ってた、加減をお知らせしてくれる筈のステフは……いない!? そうだ、リザードマンをどこかへ片づけにいったから……!
「すみません、ジノリさん! 」
「おおおおぬしなんか、嫌いじゃぁ!」
 そう言って踵を返して廊下の奥へ駆け出すジノリさん。警備はいないから追って行けるがどうする? と躊躇う間にも距離が空く。
「待って!」
「うわぁ!」
 焦る俺の目の前でジノリさんはT字路を左に回り、その先にいた何かにぶつかって大きな悲鳴を上げた。
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