41 / 691
第三章
ドワーフと蛇と猫
しおりを挟む
「おもしれーおんな」
そう、あの日のミノタウロスVSドワーフ戦。俺が最も注意を引かれたのはピッチサイドでドワーフDFラインへ声をかける1人の少女だった。
サッカードウドワーフ代表コーチ、ジノリ。俺たちの試合を見てすぐにラインDFとオフサイドトラップを模倣した才媛。実際のところ、
「どの程度の期間で戦術のフォロワーが現れるか? その再現度はいかほどか?」
は俺の大きな関心事であったが、彼女と彼女の構築したDFは予想以上に早く、高度なものであった。
そうなると次の懸念は
「その出現は特異なものか? リーグ全体の戦術理解度の指標となるものか?」
だ。
それを調べるにはシャマーさんの力を借りる必要があった。俺は彼女の魔法とDSDKの公式記録を駆使してジノリさんについて調べ上げた。
結果はこうだ。彼女は(あんな姿ではあるが)リーグ屈指の戦術家であり、将来を有望視されているコーチだ。つまり特別な存在で簡単に手に入るようなコーチではない。スペシャル・ワンとモウリーニョは言ったか。だからリーグの平均レベルは彼女よりもっと下だ。
とは言えそれで一安心、という訳にはいかなかった。次は彼女の個性をもっと知る必要がある。出身地は? 家族構成は? 彼氏はいるんでしょうか?
結果は……良く分かりませんでした! では済まない。強敵となり得るならばもっと詳しく知る必要がある。
その為、俺は少し挑発的な態度をとってまでジノリさんと接触することにしたのだ。成果は上々と言っても差し支えなかった。俺は彼女の性格と行動を知る事ができたし、彼女は俺の事を強く印象に残しただろう。
と格好良い事を語りつつジノリさんの前から颯爽と姿を消した俺たちであったが、そのまま宿へ帰ってしまう訳にはいかなかった。あと2チーム、トロールとフェリダエの練習も見る必要あるもんね。
そこで俺たちは練習場外周を大きく迂回し、グランド脇の茂みまでスネークして残りのトレーニングを観る事となった。いやあんな風に現場を去っておいて
「ごめん、まだ観てないチームがあるんで(てへぺろ)」
と再び姿を現すなんてできないし。
で、膝を汚し枝で擦り傷をこさえながら藪を進んでここに潜んでいる訳だ。
「格好悪い!」
前園さんが棒読みの台詞を呟くのが脳内で浮かんだが仕方ない。優雅に泳ぐ水鳥は水面下で激しくばた足するのだ。
そんな苦労と裏腹に、成果は大きなものではなかった。圧倒的強者トロールと絶対王者フェリダエ。この2チームは決勝を前に手の内を明かすようなトレーニングを公開でする訳もなく、ミノタウロスやドワーフの様に今更ジタバタする訳もなく、リラックスした雰囲気でリカバリーの続きのような練習をするだけであった。
特にフェリダエチームはそれが顕著だ。地球でもサーバルキャットなどは恵まれた能力から狩猟の成功率が高くそれ故あまり困窮しておらず意外と大らかな性格をしているそうだが、彼女たちは正にソレだった。
「すごーい! たーのしー! 君はサッカードウが得意なフレンズなんだね!」
そう言いたくなるような曲芸リフティングやドリブルをトレーニングで魅せる。ブラジル代表の公開練習みたい。
「もはや練習ではなく観客へのサービスだなこれ」
「ええ。彼女たちはいつもこんな感じです」
頷くナリンさんを連れて俺はただ一ヶ所、熱量の違う地点へ向かった。
「もう限界が来たのかい、お嬢さんたち!」
短髪長身のフェリダエ女性がそんな声をかけながら、強烈なシュートを次々と打ち込む。屈強な筈のフェリダエ族が、口を開け舌を大きく出してハアハアと息をしている。そう、真夏に猫がやるアレ。
「次、お願いします!」
そう言いながら素晴らしい跳躍をみせ、横っ飛びでボールを掴むグローブをつけた選手がいる。GK練習だ。
「GKは変な奴が多い」
これを言ったのはオシム監督だったか。
「何だか良く分からないけど~楽しくやってまーす」
みたいなFPの練習とは物理的な距離(グランド中央と端)も精神性も遠い地点に、GKたちはいた。
「もういっちょ!」
「はい!」
全身のバネを使ってボールに飛びつき直ちに立ち上がる。素早く元のポジションに戻り次に備える。激しい全身運動でありながら一つ一つの動きを数センチ単位で確認する作業でもある、トコトン自分を追い込むスパルタな行為……それがGK練習だ。
「(しかしアレですね、ナリンさん)」
隠れている茂みがGKたちにほど近いので、俺はひそひそ声でナリンさんに問いかけた。
「(何ですか?)」
「(ちょっと虚しくありませんかね。ここまでやっても出番って……)」
「(ちょっとショーキチ殿!)」
フェリダエ代表というのは攻撃型強者のチームだ。ボール保持率は平均で70%を越え、被シュート数が0という試合すらもある。そんなチームにおいてGKの出番というのは殆どない。
いや、地球のサッカーならあっただろう。GKを含めてのビルドアップ、パントキックからの速攻、DFラインへの指示など現代サッカーでは仕事が多い。
だがこの世界のサッカードウはまだその段階にない。そうなるとこの激しい練習の成果をみせる時というのは……いつ来るんだ?
「何か言いたい事があるなら直接、言えばどうだい?」
そんな会話をしていた俺たちに、さっき聴いたばかりの声から呼びかけがあった。
そう、あの日のミノタウロスVSドワーフ戦。俺が最も注意を引かれたのはピッチサイドでドワーフDFラインへ声をかける1人の少女だった。
サッカードウドワーフ代表コーチ、ジノリ。俺たちの試合を見てすぐにラインDFとオフサイドトラップを模倣した才媛。実際のところ、
「どの程度の期間で戦術のフォロワーが現れるか? その再現度はいかほどか?」
は俺の大きな関心事であったが、彼女と彼女の構築したDFは予想以上に早く、高度なものであった。
そうなると次の懸念は
「その出現は特異なものか? リーグ全体の戦術理解度の指標となるものか?」
だ。
それを調べるにはシャマーさんの力を借りる必要があった。俺は彼女の魔法とDSDKの公式記録を駆使してジノリさんについて調べ上げた。
結果はこうだ。彼女は(あんな姿ではあるが)リーグ屈指の戦術家であり、将来を有望視されているコーチだ。つまり特別な存在で簡単に手に入るようなコーチではない。スペシャル・ワンとモウリーニョは言ったか。だからリーグの平均レベルは彼女よりもっと下だ。
とは言えそれで一安心、という訳にはいかなかった。次は彼女の個性をもっと知る必要がある。出身地は? 家族構成は? 彼氏はいるんでしょうか?
結果は……良く分かりませんでした! では済まない。強敵となり得るならばもっと詳しく知る必要がある。
その為、俺は少し挑発的な態度をとってまでジノリさんと接触することにしたのだ。成果は上々と言っても差し支えなかった。俺は彼女の性格と行動を知る事ができたし、彼女は俺の事を強く印象に残しただろう。
と格好良い事を語りつつジノリさんの前から颯爽と姿を消した俺たちであったが、そのまま宿へ帰ってしまう訳にはいかなかった。あと2チーム、トロールとフェリダエの練習も見る必要あるもんね。
そこで俺たちは練習場外周を大きく迂回し、グランド脇の茂みまでスネークして残りのトレーニングを観る事となった。いやあんな風に現場を去っておいて
「ごめん、まだ観てないチームがあるんで(てへぺろ)」
と再び姿を現すなんてできないし。
で、膝を汚し枝で擦り傷をこさえながら藪を進んでここに潜んでいる訳だ。
「格好悪い!」
前園さんが棒読みの台詞を呟くのが脳内で浮かんだが仕方ない。優雅に泳ぐ水鳥は水面下で激しくばた足するのだ。
そんな苦労と裏腹に、成果は大きなものではなかった。圧倒的強者トロールと絶対王者フェリダエ。この2チームは決勝を前に手の内を明かすようなトレーニングを公開でする訳もなく、ミノタウロスやドワーフの様に今更ジタバタする訳もなく、リラックスした雰囲気でリカバリーの続きのような練習をするだけであった。
特にフェリダエチームはそれが顕著だ。地球でもサーバルキャットなどは恵まれた能力から狩猟の成功率が高くそれ故あまり困窮しておらず意外と大らかな性格をしているそうだが、彼女たちは正にソレだった。
「すごーい! たーのしー! 君はサッカードウが得意なフレンズなんだね!」
そう言いたくなるような曲芸リフティングやドリブルをトレーニングで魅せる。ブラジル代表の公開練習みたい。
「もはや練習ではなく観客へのサービスだなこれ」
「ええ。彼女たちはいつもこんな感じです」
頷くナリンさんを連れて俺はただ一ヶ所、熱量の違う地点へ向かった。
「もう限界が来たのかい、お嬢さんたち!」
短髪長身のフェリダエ女性がそんな声をかけながら、強烈なシュートを次々と打ち込む。屈強な筈のフェリダエ族が、口を開け舌を大きく出してハアハアと息をしている。そう、真夏に猫がやるアレ。
「次、お願いします!」
そう言いながら素晴らしい跳躍をみせ、横っ飛びでボールを掴むグローブをつけた選手がいる。GK練習だ。
「GKは変な奴が多い」
これを言ったのはオシム監督だったか。
「何だか良く分からないけど~楽しくやってまーす」
みたいなFPの練習とは物理的な距離(グランド中央と端)も精神性も遠い地点に、GKたちはいた。
「もういっちょ!」
「はい!」
全身のバネを使ってボールに飛びつき直ちに立ち上がる。素早く元のポジションに戻り次に備える。激しい全身運動でありながら一つ一つの動きを数センチ単位で確認する作業でもある、トコトン自分を追い込むスパルタな行為……それがGK練習だ。
「(しかしアレですね、ナリンさん)」
隠れている茂みがGKたちにほど近いので、俺はひそひそ声でナリンさんに問いかけた。
「(何ですか?)」
「(ちょっと虚しくありませんかね。ここまでやっても出番って……)」
「(ちょっとショーキチ殿!)」
フェリダエ代表というのは攻撃型強者のチームだ。ボール保持率は平均で70%を越え、被シュート数が0という試合すらもある。そんなチームにおいてGKの出番というのは殆どない。
いや、地球のサッカーならあっただろう。GKを含めてのビルドアップ、パントキックからの速攻、DFラインへの指示など現代サッカーでは仕事が多い。
だがこの世界のサッカードウはまだその段階にない。そうなるとこの激しい練習の成果をみせる時というのは……いつ来るんだ?
「何か言いたい事があるなら直接、言えばどうだい?」
そんな会話をしていた俺たちに、さっき聴いたばかりの声から呼びかけがあった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
やさしい魔法と君のための物語。
雨色銀水
ファンタジー
これは森の魔法使いと子供の出会いから始まる、出会いと別れと再会の長い物語――。
※第一部「君と過ごしたなもなき季節に」編あらすじ※
かつて罪を犯し、森に幽閉されていた魔法使いはある日、ひとりの子供を拾う。
ぼろぼろで小さな子供は、名前さえも持たず、ずっと長い間孤独に生きてきた。
孤独な魔法使いと幼い子供。二人は不器用ながらも少しずつ心の距離を縮めながら、絆を深めていく。
失ったものを埋めあうように、二人はいつしか家族のようなものになっていき――。
「ただ、抱きしめる。それだけのことができなかったんだ」
雪が溶けて、春が来たら。
また、出会えると信じている。
※第二部「あなたに贈るシフソフィラ」編あらすじ※
王国に仕える『魔法使い』は、ある日、宰相から一つの依頼を受ける。
魔法石の盗難事件――その事件の解決に向け、調査を始める魔法使いと騎士と弟子たち。
調査を続けていた魔法使いは、一つの結末にたどり着くのだが――。
「あなたが大好きですよ、誰よりもね」
結末の先に訪れる破滅と失われた絆。魔法使いはすべてを失い、物語はゼロに戻る。
※第三部「魔法使いの掟とソフィラの願い」編あらすじ※
魔法使いであった少年は罪を犯し、大切な人たちから離れて一つの村へとたどり着いていた。
そこで根を下ろし、時を過ごした少年は青年となり、ひとりの子供と出会う。
獣の耳としっぽを持つ、人ならざる姿の少女――幼い彼女を救うため、青年はかつての師と罪に向き合い、立ち向かっていく。
青年は自分の罪を乗り越え、先の未来をつかみ取れるのか――?
「生きる限り、忘れることなんかできない」
最後に訪れた再会は、奇跡のように涙を降らせる。
第四部「さよならを告げる風の彼方に」編
ヴィルヘルムと魔法使い、そしてかつての英雄『ギルベルト』に捧ぐ物語。
※他サイトにも同時投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる