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第二章

練習場

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 解決したと言ってもその後は一悶着あった。突如、大富豪になってしまった俺は、軽く言っても一生働く必要がなくなったニートになれる。重く言えばそれこそ小さな街を一つ買い取って好き放題できる状態だ。
 まずダリオさんは俺の身を案じた。もしこの事を知られたら、俺の資産を狙って動く連中が大量に現れるだろう。次に、エルフとしての立場も正直に打ち明けてくれた。俺は違約金を払って直ちに監督契約を破棄し、自由になれる。エルフ側にとっては大きな損失だが、止める手段はないと。 
 俺は一人の人間として、それらの事を告げてくれる彼女の誠実さというか真面目さには素直に好意を抱いた。監督としては選手である彼女にもうちょっと駆け引きとかずる賢さとか覚えて欲しいけど。
 それはそうとして。監督を辞め、自由と大金を持った一個人としてこの世界で好きに暮らす……その事にはあまり魅力を感じなかった。俺は既にエルフの人々と、あの森での暮らしと、監督業に魅せられていたからだ。 
 なんと言ってもミノタウロス戦。あの後半45分とATは短い人生で最も精神を磨耗し、だが同時に最も興奮した45分だった。あの感覚を一度でも味わったらそう簡単に手放せるものではない。
 しかもこの先は数ヶ月かけて準備し鍛えたチームで何試合も戦える(予定)なのだ。きっとあれ以上の快感(か苦痛)が待っている。
 それにあの時――就任発表後の会で俺の生い立ちを告げた時――ティアさん始めエルフのみんなはこう言ってくれた。
「ここがお前の居場所だ」
と。
 その言葉に背を向け一人で好き勝手に生きる……そんな事はしたくないし出来そうにもない。
 そう言った事情や気持ちを全て(ずる賢さを覚えて欲しい云々も含めて)包み隠さずに話した上で、俺たちは相談の後に次の段取りで話をつけた。
 まず「至高の竜鱗」はエルフ王家が預かり運用する。純粋な資産価値の他に、魔法の物質としも利用価値があるからだ。その運用で得た利益を俺と王家で折半し、それぞれ好きなように使う。
 ダリオさんは7対3、つまり俺が7取る案を主張したが、俺は保管管理運用手数料としてやはり5対5にして欲しいと突っぱねた。そもそもの話、簡単に「換金」と言っても俺は安全な取引相手も知らないし、自分一人なら価値を十分に生かせなかっただろう。
 次にクラブハウスについて。これらは全て俺のポケットマネーで建設し俺の所有物となる。それからエルフ代表に格安で貸し出す。そうすれば将来、監督を解任されても俺はクラブハウスのオーナー家主として食い扶持には困らない。
 厳密に言えばまずエルフ王家がどこぞに借金し金を早急に作り、俺がエルフ王家に借金しエルフ王家を仲介して建築を発注しそれから例の竜鱗運用利益でなるべく早く返済……となるがその辺りの難しい話はダリオさんに一任した。
 結局、俺もレブロン王と同じくダリオさんに負担かけまくりだな。その日はそれらの打ち合わせでほぼ全ての時間を使ってしまった。

「なんか……集中できないんだけど?」
 翌日。仕事終わりに練習場へやってきたリーシャさんは、開口一番にそう言った。
「だろうね。まあそれに気を取られないのも練習のうちさ」
 俺は駕籠を適切な位置へ起きつつ答えた。周囲にはいつも俺と遊んでくれるエルフの子供たちがいる。で更に練習場の外周には計測や地質調査を行う種族様々な技術者たち――クラブハウス建設の下準備だ――もいた。
「何よこの駕籠。これに沿ってドリブルすれば良いの?」
「いや、これはボールの軌道。でもあっちのゴールでの練習が先だから。行こうか」
 俺はペナルティエリア左から緩やかにゴール右隅へ続く軌道で駕籠を何個か置くと、子供たちに声をかけて逆のゴールまで歩いた。
「監督、お待たせー。あ、リーシャどう? 似合う?」
 そこへGKの装備一式をまとったユイノさんと、その着替えの手伝いをしていたナリンさんがやってきた。肘膝にサポーターをつけグローブをはめたユイノさんは、その長身と合わせていっぱしのGKに見える。
「似合わない。変なの」
 ぼっそっとリーシャさんが呟く。恐らくユイノさんがFWでなくなった事を実感しておセンチな気分になっているのだろう。気が強いようで弱いよな、この子。
「いやあ立派なGKだなあ。佇まいに威圧感がある。君からゴール奪うのは難しそうだ……て気配がビンビンするよ」
「え~本当~? 照れますなぁ~」
 ユイノさんは嬉しそうに身体をくねくねしたが、俺の言葉はまあ嘘お世辞である。サイズの圧迫感はあるが殺気がない。ポロっと失点しそう。
「スパゲッティダンスはそれくらいにして、ゴールマウスに立ってくれる? ナリンさん、指導お願いします」
「はい。ユイノ、こちらに立って両足を肩幅に開いて……」
 GKコーチも少しできるナリンさんがユイノさんに説明を始めたのを見つつ、俺とリーシャさんはペナルティスポット付近まで下がる。
「で? FWの私には監督が教えるの?」
「いや。教えるのはあの子たちさ。おーい、おいでー」
 俺は周囲で遊んでいた子供たちに声をかけた。
「何? あの子たちにFW上手い子でもいるの?」
「どうだろ? いるかもしれないけど」
 そう言いながら買ってきた大量の子供用ボールを準備する。
「さてと。俺から君へのオーダーは簡単だ。君が持ってるドリブルやフェイントとかのテクニックは全部いったん忘れて。PA内でボールを待ち、来たボールをダイレクトかワントラップしてユイノさんの守るゴールへシュート。それだけ練習して欲しい」
「それだけ?」
「ああ、それだけ。でもダイレクトかワントラップまで。それ以上のタッチは失敗とみなす。難しいかな?」
「別に……DFもつけないなら余裕でしょ」
 おお、さすがリーシャさん期待通りのフラグ立て。
「じゃあやってみようか。ボールはあの子たちが出してくれるからね。おーい、お願い。ユイノさんも準備して!」
「はーい! よし、リーシャ来い!」
「いくよー!」
 ユイノさんが身構えると一人の子供が早速、リーシャさんの肩くらいの高さのセンタリングを送り、驚いた彼女は完全に空振りした。
「はははー! おねーちゃん下手くそ!ー」
 子供たちは容赦ない罵声を浴びせながらも次から次ぎへとパスを出す。足下、腰、腕、顔面……規則性のないコースにリーシャさんは翻弄され、空振りしたり蹴り損なってゴールを大きく外したりしてばかりだった。
「ちょっと、ストーップ!」
 ようやく胸トラップしたボールが大きく跳ねてコントロールを失った直後、リーシャさんが鬼の形相で叫んで小悪魔たち子供たちのパス出しを止めた。
「監督! あの子たちのパスが下手過ぎて練習にならないんだけど!? あとボールが軽過ぎ!」
「まあ、子供用ボールだからね」
 周辺でボール拾いをしていた俺はリーシャさんに近づいて言った。
「あとパスも好きに蹴って貰っているから」
「は!? 何で?」
「いつもそんな綺麗なパスがFWに繋がる訳じゃなからね。DFに当たってコースが変わるかもしれないし、蹴り損ねるかもしれない。パスじゃなくて、競り合ってこぼれたボールがたまたま自分の所へくるかもしれない」 
 来シーズンの攻撃パターンの一つは「高い所で奪って距離の短い速攻」だ。プレスをかけて当たったボールが転がって……などもあり得る。
「とにかく、どんなボールが来てもダイレクトかワンタッチでシュートへ持って行ける……そういう選手になって欲しいんだ。特にFWとしての訓練を受けていない君には『無理矢理でもボールを収めてシュート』て形を身体に覚えさせて欲しい」
 正直、その形そのものはどんなモノでも良い。自分の得意なモノをみつけて貰えば。
「とりあえずは早急にゴール方面に蹴れるようにだけでもなって欲しいかなあ。でないとそれこそユイノさんが練習にならないし」
 と退屈してナリンさんと何か喋っているユイノさんの方をみる。
「カチーン!」
という音が聞こえた気がした。リーシャさんの目に炎が上がった。
「分かったわよ! どんな形でもブチ込めば良いんでしょ!? さっきまでは綺麗に打たないといけないのかなー? て思ってただけよ! ユイノ、喋ってる暇はないよ!」
 分っかり易ーい! リーシャさんがやる気になったみたいなので俺は再び子供たちに合図して、練習を再開した。
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