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第二章

未練たち

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 会はそのまま昼食会へ引き継がれた。会場に酒や食事が運び込まれ、宴会が始まる。俺はレブロン王やダリオ姫と一緒に挨拶回りを行った。偉い順、つまり王族貴族、ギルド長、官僚、選手……という順番だ。選手ファースト、という訳にはいかなかった。
 酒の場となればもはや箍は外れていた。俺は『長い目』『チュ』『残念三年』のネタを各テーブルで何度もリプレイさせられたり再度見聞きしたりした。
 地獄だった。だがこういう場での面通しや根回しは不可欠なものだ。俺は心の中で体からチューブを生やし50回くらい「コロ……コ……ロ……シテ」と呟きながらその行脚を終えた。
 そして最後に選手たちの元へ着いた。ようやく安住の地に。彼女らならそれほど気を使わないで良いから楽だろう。ギャグも強要されないし……と思ったのが間違いだった。
 到着に時間がかかった為、彼女たちはすっかり「できあがって酔いが回って」いた。

「ようやくきたかこのやろー!」
 ティアさんがプロレスラーのエントランス曲のような旋律を楽器でかき鳴らす。てかそれからその音は出んやろ。それも魔法の器具か?
「ぴーどんどんぱふぱふー」
 ルーナさんまでテーブルを叩きはやし立てる。こっちはリズム帯か。
「ショーキチさん、こっちー。まあ一杯どうぞー」
 カイヤさんが酒瓶を振って隣の席へ誘う。妊婦が呑んでいる!?
「うふふ、ショウちゃんお疲れ!」
 シャマーさんが大食いのお化けのようにフラフラと飛んで抱きついてきた。恐ろしく軽い。
「ちょっとシャマー!」
「独り占めずるい!」
「んーうるさい。えーい!」
 片腕で俺に掴まったまま、シャマーさんは右腕を振る。すると、うっすらしたシャボン玉の幕のようなモノが二人を包み周囲から完全に遮断された。
「シャマーさん!? これはいったい……」
「魔法のウォールだよ。人も音も通さないから、二人っきりでゆっくりできるね」
 できるかよ! 怒って幕を叩く数人の姿が見える。
「ね? わたし人の疲れを吸い取る事ができるんだよ? 口でね。やってあげようか?」
 大きく口を開けて全てを吸い込むお化けQ太郎の姿が脳裏に浮かんだ。
「どうせ嘘でしょ」
「んー? 試してみれば分かるんじゃない?」
 そう言いながら膝を俺の太股の間に割り込ませ、グイグイと押してくる。今日の衣装は白いブラウスに髪より少し薄いピンクのフレアスカートだ。スカートから延びる白い脚がするりと隙間へ入った。
「ふふ、警備突破~」
「ちょ、駄目……てか王宮の中でこんな魔法使えるって警備どうなってんの?」
「それはね~。あたしがこの王宮の防御魔法も設計したからだよ~」
 マジかすげえ! でも人選と言うかエルフ選! エルフ選間違ってる不適材不適所気がする!
「だから抵抗しても無駄なのだ~」
「だから私なら止められるのです」
「!?」 
 指輪を付けた腕が魔法の幕を突き抜け、シャマーさんの首根っこを掴み後ろへ引き離す。
「あーん、ダリオのいじわる~」
 そこにはシャマーさんを子猫のように掴みあげるダリオさんの姿があった。ちょっと顔が怖い。
「貴女がくれた管理者権限の指輪です。他にどんな機能があるか覚えていますか? それとも体験して思い出してみますか?」
「うぐ……遠慮する~」
 シャマーさんはダリオさんを振り払うと、全員のブーイングを浴びながらカイヤさんの横まで飛んで行った。
「ありがとうございます、ダリオさん」
「ショーキチ殿、貴方も正式に監督になったからにはもう少し毅然とした態度をとって下さい。あとスキンシップする相手も選んで」
 すごく顔が怖い。
「はい……」
「まあいいじゃん、説教なんかさ。今日は呑もうぜ!」
 萎びる俺のネクタイを引っ張り、ティアさんがテーブルへ連れて行く。続いてルーナさんがタイミングよく椅子を引き、俺を座らせた。
「就任おめでとうショーキチ……監督。よろしく」
「まあ……腕はあるようだからしばらくは信じてあげるわよ」
「もう、リーシャ! これから三年間宜しくお願いだね、監督」
 ルーナさん、リーシャさん、ユイノさんがそれぞれの言葉で祝いの言葉を述べる。それに口火を切られ他の選手たちも次々と祝福と挨拶の言葉を告げにきた。
 皆その手に酒の入った杯を持って。俺は一人一人に乾杯を交わし、ちょっとづつ酒に口をつける事となる。上品でアルコール度数の小さい果実酒のようなものだが……この回数となると辛い。
「良いなーみんなショーキチさんの指導を受けれて。ねえ、なんで3年なのー? 30年くらいやらない?」
 最後に来たカイヤさんが恨みがましくも冗談めかして言う。いや恨み言を言いたいのは俺の方だが……と本音が出そうになる。
 そこは男らしくないな。酔っても未練がましくなるのは駄目だ。
「誰も身元を保証してくれない監督業ですよ。成績不振で解任になるかもしれませんし。まあ契約延長されるよう頑張りますよ」
 む? ちょっと女々しいぞ俺。
「あれ? 何か隠してる? もしかして3年経ったらあっちに帰ってしまうとか?」
 それは考えてなかった。そもそも帰る事があるのか? 確かクラマさんはこちらで天寿を全うしたとか聞いたが。
「そうだよねー。あっちにもショーキチさんの家族がいるだろうし」
「いませんよ」
 そういった話はこちらで誰とも一切してなかったな?
「俺、子供の頃に両親と死別して親戚の家を転々としたんすよ。で、高校進学の時に祖父母も死んだから遺産で親戚に清算して寮に入って大学に会社にと全部寮で……だから家族とかいないです」
 あちらにいた時もそれほど口にした事のない話題だが、酒の力かするすると言葉が続いた。
「でもだいたい男子寮にいたからずっと騒がしかったし終わらない中学生男子の夏休み、みたいな感じでしたね。ただそれじゃああんまりだろうなーと思って就職は女性の多い職場にしたんですが」
 気づくと選手たちのテーブルは水を打ったように静かになっていた。やべえ、また気づかぬ間にダジャレでも言ってしまったか!? 静寂からの大爆笑くる!?
「監督……あたし、やるから」
 目を赤くしたリーシャさんが握り拳で俺の肩を叩くと、さっと振り返り出て行く。
「監督……大丈夫だからね?」
 ユイノさんも一度、力強く俺を抱き締めるとリーシャさんを追って出て行った。
「まあ……なんだ! お前の居場所はここ、って事だ!」
 ティアさんは杯を大きく煽ると、場違いなほど陽気な旋律を例の楽器で奏で始めた。
「お、おう……ありがとう。お前じゃなくて監督、な」
 その後も選手たちは一名一名、俺を抱き締めたり肩を叩いたりした後、会場を去っていく。
 なんなんだこの展開? と目を丸くする俺の元へレブロン王がきた。
「どうしたショウキチ殿? いやこれからは監督殿だな! ずいぶん場が白けているが……何かつまらないジョークでも言ったか?」
 なんだこの「非関西人に似非関西弁で『お前、滑ってるやんけー』て言われる」ような屈辱……!
「何か分からないんですが、急にみんな出て行って……」
「ああ! そろそろセンシャだから、みんなそれを観に行ったのであろう。監督殿も来るがよい」
 センシャ? あのキャタピラと大砲の? 確かにナリンさんもうっすらとそんな事を言ってた気が……。
「今日はさぞかし迫力があるだろうな」
 なにやら楽しそうに歩き出すレブロン王を追って、俺も会場を出る事となった。
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