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第二章

エルドワクラシコ

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「ナリンさん! どうしてここに!」
 ドアの外に立っていたのは俺の女房相方にしてアシスタントコーチ、ナリンさんだった。
「明日、ここで選手スタッフを招いての謝恩会やセンシャがあるのですが、その打ち合わせの為に前乗りをしまして。その話の中でショーキチ殿の事を聞きました」
 笑顔を浮かべそう説明するナリンさんは、スタジアムとは違って緑色のワンピースを着て可愛らしいサンダルを履いていた。
「そうなんですか!? こんな遅くまで偉いですね。どうぞ、入って下さい」
 センシャってなんだっけ? と思いつつ中へ招き入れる。いやマジで頭が下がるな。縁の下の力持ち内助の功、理想的な女房役だ。ジェンダーロール的に使って良い言葉かは分からないけど。
「真剣に尊敬しますけど、夜更かしは美貌の敵体に毒ですよ? あ、そちらに座って下さい」
「ありがとうございます」
 頬を赤らめ礼を言いながら椅子に腰掛けるナリンさんは本当に可憐だ。ジャージ姿の後ではこんなシンプルな服でも見とれてしまう。学校で制服や体操服しか見てない同級生の私服を見るとドキドキするアレだな!?
「ショーキチ殿こそ、こんな夜中までお疲れさまです」
「いやあ契約書のチェックが進まなくて」
 俺は机の上の書類を指さした。
「契約書……監督就任のですね! おめでとうございます!」
「ありがとうございます。ミノタウロスに勝利した事が評価されたみたいで……半分以上ナリンさんの功績ですよ」
 ジョークのセンスを買われて、ではない筈だ。
「そんな、私なんて……。でももし今後もコーチとして雇って頂けるなら、人生を賭けてお支えいたします!」
「いやいやそこまで……あっ」
 彼女のちょっと重い激励を受けて思い出した。
「人事権や契約期間がどうなっているのかチェックしたいんですけど……良ければ一緒に読んで確認して貰えませんか? 自分でも見ましたが目が滑ってしまって」
 彼女の夜更かしを心配しながらもコキ使ってしまう。昭和のDV男とはまた違ったタイプの駄目男だが、他に頼れる人もいなかった。
「私が見て良いんですか?」
「はい。あとナリンさんがエルフ側だって事は重々承知ですけど、エルフ側に有利過ぎるとか俺が見落としてそうだとかそういう部分も赤裸々に教えて欲しいんです」
「……分かりました。でも一つだけ覚えておいて下さい。私はいつも、ショーキチ殿側ですよ?」
 そう言って彼女は俺の手に自分の手をそっと重ねる。伝わる。伝わり過ぎるくらいだ。
「ありがとうございます。では、お願いします」
 失礼にも勘違いにもならない程度に手をそのままにした後――いやどの程度が正解か分からないが――手を離して契約書の半分くらいを手渡す。
「じゃあ契約期間からなんですけど……」
 深夜のテンションて誤った行為に走らないよう、俺は努めて事務的な口調で始めた。

 先ずエルフ側から出された契約期間は30年だった。これがエルフ標準スケールかよ長すぎ! ファギーアレックス・ファーガソンだって27年かそこらじゃないか! 
 俺はざっくり一桁減らす提案をメモした。
「3年の提案ってエルフさんの感覚ではやっぱ短いですか? 失礼にあたります?」
「短い……とも感じますが、サッカードウのリーグに参加してきた感覚では理解できます。でもなぜ3年なんですか?」
 ちなみに暦の関係はサッカードウが伝わった時に地球と同じモノを導入したらしい。やるなガ○パンおじさんクラマ。
「俺向きの理由とチーム向きの理由があります。まず俺向きに言えば中学高校と多感な時期に3年で生活が大きく変わる経験をしたせいで、身体に馴染みがあるんですよ。あと長期政権を最初から約束されると気が緩んでしまいそうだから。チームに関して言えば初年で基礎、二年目で飛躍、三年目で優勝を狙いたいからです」
「優勝……!」
 ナリンさんが腕にぐっと力を込める。
「次はマッチメイクです。これは出来ればで良いんですが、握りたい」
 リーグ戦やカップ戦は運営が決めるから当然無理だ。というか今更だがこの世界は種族で「代表チーム」を作りリーグ戦やカップ戦をやっているのな。契約書を熟読して初めて知ったわ。どうもクラマさんがサッカードウを伝える際に、「クラブチーム」という概念までは手が回らなかったようだ。あとこの世界が基本、種族毎に国家や国家に近いものを運営しているのもあるし。
「練習試合や親善試合の……ですか?」
「ええ。もちろん、相手の都合もありますが」
 練習試合をやるからには有益な相手とやりたいし、荒いチームとやって無駄に負傷したり、頭脳派監督と戦ってこちらのデータを無闇に与える結果になることは避けたい。また親善試合で強いチームとやってそこでコンディションが上がって「しまい」、本番で落ちてしまう……みたいな事も避けたい。
「そこはおそらく一点だけ守って頂ければ大丈夫だと思います」
「その一点とは?」
「ドワーフ族との定期戦です」
 やっぱあるんだエルフドワーフの因縁!
「それは……激しいやつ?」
「そうですね。例えて言うなら『もうボール蹴るんじゃなくて、弓と斧を持って直接やり合った方が早いんじゃないか?』と言いますか……」
 おおうやりたくねー。その時の順位チーム力関係なく競った試合になって勝敗一つで調子が変わったり監督の首が飛びそうなやつ!
「でもそれ、辞める訳にはいかない感じの?」
「はい。『普段サッカードウを観ないけどこれだけは観る』という方もたくさんいらっしゃいます」
 やりたくなさが増す情報しかない。だがここで刃向かっても得るものより失うものの方が多いだろう。
「分かりました。ではタマガワ……エルドワクラシコについてはエルフサッカードウ協会にお譲りして、それ以外はなるべく俺に決定権……という方向で」
「はい、それで良いと思います」
 どうせ次のが一番大事だ。そしてそれは大事なナリンさんの仕事環境にも関わってくるのだった。
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