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第一章

抱擁はないよう

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『ユイノー!!』
 後半11分同点! 何か叫びながらリーシャさんがわざわざこちらのベンチ側へ疾走してくる。これはアレか! ゴールを決めた選手と監督(手伝い)の感動的な抱擁!?
「リーシャさんナイス!」
 大きく手を広げ待ち構える俺……の横を通り抜けて、リーシャさんは後方にいた長身のエルフさんに抱きついた。
『ユイノ! 敵を討ったよ!』
『リーシャ! スゴいよリーシャ!』
「ナイスゴール……な」
 泣いてない。俺は泣いてないぞ。
 露骨に「あら、可哀想~」みたいな顔をしながらシャマーさんが横を走り抜け他の選手共々、歓喜の輪に加わる。
『ショーキチさん大丈夫、次に決めたら私かダリオが抱きついてあげますよ~』
『ちょっと、何を勝手に言ってるのよカイヤ!』
 遅れてきた二人が俺の側でドリンクを手に何か話している。良い攻撃を組み立てた二人だ、きっとお互いのプレイを讃え合っているのだろう。そうだ、ついでにナリンさん経由で声をかけておこう。
「お二人ともナイスアシストです。続けて行きましょう。でも対応されたらプラン2、プラン3……と伝えて下さい」
『お二人とも良い攻撃でした。でも続ける事が大事です。読まれたら二の矢、三の矢と違う種類の攻撃を撃ち込んで行きましょう。あと抱擁は結構です、とのことです』
『ふーん、そうなんだ』
 なんやカイヤさん笑とるで? てかまだ一点を返しただけだから!
「みんな、まだ同点にもなってない! 早く試合に戻って!」
 俺の声に言葉が伝わらないまでもみんなピッチへ戻り始める。いつの間にか倒れ込んでいたリーシャさんとユイノさんを除いて。
「あーその二人も! ナリンさん、すみませんが……」
「待って下さいショーキチ殿」
 彼女らに近づこうとした俺をナリンさんが腕を掴んで引き留めた。
「あの二人は、幼い頃からの親友同士なのであります。ずっと、リーシャのアシストでユイノがゴールを決めてきました。特別な関係であります。だからもう少しだけ……」
 良く見ると抱きつかれたユイノさんは頭部に包帯を巻いている。さっき見た負傷交代したFWと言うことか。
 それで少し合点がいった。リーシャさんが「抜いてセンタリング」に拘る理由。彼女のクロスがあんなに大きな理由。それはすべて親友のユイノさんの為で……。
「分かりました。じゃあ今の間に……」
 俺はナリンさん経由で中盤に約束事を確認する。その指示が終わる頃にリーシャさんもピッチへ戻った。さあ「0ー2は危険なスコア」の真意を見せてやる。

「あの、さっきのアドバイスですけど」
 試合が再開したラインの横で、またオフサイドトラップのタイミングを虎視眈々と狙いつつも俺はナリンさんに行った。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「あれで良かったでありますか?」
「はい、とても。よくあの状況であんな大事な事を言ってくれました。ナリンさんは本当に勇気がある」
「そ、そんな事ないであります!」
「いや、モメンタムって言うんですけど、勝負では気持ちを乗せることがスゴく大事なんですよ」
「あ、そっちじゃなくて……」
「よし、今だ上がれ!」
 俺は会話の途中だがタイミングが来たので再びラインを上げさせる。しかし今回はオフサイドトラップの為じゃない。
 DFの3人が上がったのと同じ距離、中盤の4人も前進しミノタウロスのボールホルダーにプレッシャーをかける。囲い込み方としては全然だが、何せ元はDFの選手達だ。対人守備能力はなかなかのもの。
 そして前線から下がってきたカイヤさんがまた「あり得ない位置」から現れ、ボールを盗みとった!
「カイヤさんすげえ……惚れてまうやろ」
「えっ!?」
 驚く俺達を尻目に冷静なカイヤさんは右のリーシャさんにパスを送る。流石に得点者をフリーにはしない。ミノタウロスはDFを一人、前に押し出し彼女の前を塞いだ。
 だが、先ほどのゴールが頭に残っているのだろう。距離が空いている。それじゃ、彼女のドリブルは止められない。
 リーシャさんは一つフェイントを入れてミノタウロスの重心を崩すと、一気に加速して縦にDFを抜き去る。
「中までだぞ!」
 何かと反抗的な態度のリーシャさんだ、そこからまたセンタリングするんじゃないか……? と心配したが、意外にも彼女は決めた通りペナルティエリアまで侵入する。
 ゴールエリアとコーナーフラッグの中間点の位置。シュートを狙うにはさっきより更に角度が無い。だがリーシャさんは強気だ。ミノタウロスのGKは足の間隔を狭め、両手を低く広げてシュートに備える。
 真っ向、GKを見据えたリーシャさんは視線をそのままにボールをペナルティスポット方面へ鋭く蹴り出した。
『リーシャちゃん厳しい! ……あれ?』
 そこにはカイヤさんが走り込む予定だった。だが一度、中盤でボールを奪いリーシャさんにパスを出した為に距離があって遅れて来ている。そのボールには間に合いそうになかった。
 いや、事実間に合わなかった。だがそれを知りもしないミノタウロスDFは必死に足を伸ばしてボールに蹄を当てた。


 当たり過ぎてしまった。


 マイナスに折り返されたボールはビリヤードのバンクショットの様にゴール側へ跳ね返り、驚くミノタウロスGKの脇をすり抜けゴールネットに受け止められた。
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