異世界をつなぐ契約者

楓和

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第1章・第6話「ゾルド」

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 それは突然やって来た。


その日は激切な雨が降り、強烈な風が吹いていた。

 「まるで世界の終りね。」

窓から外を見てサクヤが言った。

 「言う事もスケールが大きいな母さんは…なぁ、父さん。…父さん?」

溜息交じりにサクヤに言った後、ジュウビはジュートの様子がおかしい事に気付いた。

 「う…」
 「どうしたの、ジュート?」

心配してジュートの傍にサクヤが行くと、ジュートは頭を抑えて苦しみ出した。

 「ジュート?!」
 「父さん?!」
 《うう…》

その時エデンが、家の外に向かって唸り声を出した。

 「エデン?」

エデンが睨む先の、玄関の扉が開いた。そこにはずぶ濡れになった、一人の男が立って居た。

 「う、ううっ!」

男を見てジュートの表情が険しくなり、更に苦しみ出した。

 「い、いったい…」

混乱するサクヤとジュウビ。

 「ジュート…やっと会えたなぁ。」

ねっとりした、気味の悪い話し方でジュートに語り掛けるずぶ濡れの男。
男はボロボロの黒いマントを羽織っていた。
黒いフードを被っており、顔ははっきりと見えない。
腰には黒い鞘に収まった剣を携え、両手には黒い手袋、足には黒いブーツ…正に黒ずくめだった。

 《うううう…ばうっ!》

エデンが牙をむき吠えた。今迄見せた事が無い顔だった。
それ程この男が危険なんだと、ジュウビは感じた。

 「お、お前はいっ」
 「寄らないで。」

ジュウビの言葉を止め、その男に対して明らかに敵意をむき出すサクヤ。
何者かは分からないが、危険な男である事を肌で感じたからだ。

 「女…死ぬか?」

男は一歩進み、家の中に入った。その瞬間、エデンが男に飛び掛かる!

 《がう!》
 「ふん!」

男は剣を抜き、飛び掛かって来たエデンに一振りあびせた。

 「エ、エデン…」

ジュウビは、黄金色のエデンの身体から何かが噴き出る様を見た。

 《ぐぅ…》

エデンは、ゆっくりとその場に倒れた。

ジュウビは叫んだ。思い切りエデンの名を。
そして気が付けば…自分の前にサクヤの背が見えた。

 「え…」

サクヤの肩越しに、不気味にニヤける男の顔が見えた。
男はジュウビに斬りかかろうとし、そこにサクヤが割って入ったのだ。
そして…サクヤの腹部には男の剣が刺さっていた。

 「母さん!」

悲痛な声を上げるジュウビ。

 「ほう…子を守ったか。だが賢くないなぁ。お前が死ねば結局同じだろ?」

口の端を吊り上げ、ニヤける男。

 「わ、分かってるわ…よ!」

サクヤは手刀で、剣を握る男の手を打った。

 「ぬぅ?!」

男はたまらず剣を離した。一歩下がる男。

 「腹を刺されてもまだこれだけの力が出せるとは…大した女だ。」
 「ジュ、ジュウビ…ジュートを連れて…逃げて。」

腹部に刺さった剣を握りながら、サクヤが声を振り絞る。

 「そんな!母さんを置いて」
 「行きなさい!」

サクヤは腹から剣を抜き、頭を押さえて苦しんでいるジュートの方へジュウビを突き飛ばす。
そしてその剣を持ちかえ、構えた。

 「くぅっふふふ。面白いぞ、女。」

黒ずくめの男は楽しそうに立ち、懐から何かを出した。

 「俺はゾルド。覚える必要は無いが、あの世への…土産だ。」

ゾルドが手を勢い良く伸ばすと、持っていた物が二段階に伸び、剣と同じ長さになった。

 「ジュウビ、早く逃げなさい!」

その時、倒れていたエデンが起き上がった!

 「エデン?!」

ジュウビが声を上げると、ゾルドの背後からエデンが飛び掛かった。

 「こいつ?!ぐあぁ!」

ゾルドの喉にかみつくエデン。ゾルドの首から血しぶきが飛ぶ。

 「こ、この…クソがぁ!」

伸縮の剣でエデンを腹下から刺し貫く。だがエデンはゾルドの首を離さない。

 「この、感触は…」

ゾルドは何かに気付いた。そこへ…

 「エデぇン!うああああ!」

ジュウビが護身用の短剣を出し、ゾルド目掛けて突っ込んだ。
しかしゾルドは、短剣が届く前にジュウビに蹴りを浴びせ、これを回避。そして噛みついたエデンの首根っこを鷲掴みにして引き離す。
ゾルドの首から血が飛び散る。

 「こいつは…そうか、なるほど。」

首から血を流しながらゾルドはニヤリとし、エデンを…飲み込む!

 「え?!」
 「何?!」

サクヤもジュウビも自分の目を疑った。
ゾルドは口を大きく開き、エデンを吸っていたのだ。口が裂け、常人とは違うゾルドの姿…それでもその口よりエデンの方が大きい。
それはまるでエデンの身体が霧状にでもなっている様な光景だった。
そしてエデンの姿は消え、男は満足気な顔でサクヤの方を見た後、苦しんでいるジュートを見る。

 「女、ジュートは記憶を失っているのか。」
 「そ、そうよ。」

サクヤは片膝をついていたが、何故か刺された直後よりも顔色が良くなっていた。

 「ふん、なるほど。ならば…」

ゾルドは舌なめずりし、ジュウビを見た。

 「そいつをいただ」
 《させん!》

ゾルドは突然足をかまれ、振り回されて外へ吹っ飛ばされた。

 「カ、カウム!」
 「え?!カウム様が?!」

ジュウビとサクヤは驚いた。
タイミング良く現れた事にもそうだが、何よりカウムは、自らの聖地であるマウバウ山から離れる事は出来ない。神子に力を借りずに離れた場合、例外なく消滅の危機に瀕するのだ。

 《大丈夫か?!》
 「カウム様、どうして?!聖地を離れたらあなたは消えてしまう!」
 「なん…だって?…カウム!何でお前!」

エデンを失い、その上カウムまで失う…その恐怖に耐えられないジュウビが声を上げた。

 《エデンの気が乱れた》
 「そ、それで駆け付けたのか…お前…」
 《話している暇は無い》

家の外では、既にゾルドが立ち上がっていたのだ。
エデンにかみつかれ傷を負ったはずのゾルドの首は、何故か治癒していた。

 「カウム…火の精獣か。」
 《何者だ》
 「ふ…ふふ…ふっはははは!」
 《無駄か》

話しは通じない…カウムはゾルドを消し炭にする気で、口から炎を吐いた!その、かわす事の出来ない広範囲の炎がゾルドの身体を覆う。

 「ぐぅ……こ、こんな人里が聖地な訳ないよなぁ?神子と契約無しに聖地を離れ、こんな大技…お前消える気か。だが…クソっ。」

命を懸けたカウムの炎…ゾルドはさすがに耐え切れずにマントで自分の身を包み、後方へ飛び上がった。
そのまま家の屋根伝いに去って行く。

 《に、逃げたか…ぐぅ…》

カウムは、床に倒れた。

 「カウム!」

カウムに駆け寄るジュウビ。
カウムの足、尾が半透明になっていた。それは徐々に広がっていく。消えかかっているのだ。

 「母さん、カウムが…カウムが消えかかってる!」
 「ジュウビ!これをつけなさい!」

サクヤはジュウビに銀の腕輪を渡した。

 「これは…」
 「いいから早く!そしてこう唱えなさい!…我は飛ぶ。聖なる獣、その地に子放ち我に即け(つけ)。」
 「わ、我は飛ぶ…」

ジュウビは腕輪をつけ、サクヤの後に続いて唱える。

 「器、命ともに結い(ゆい)、生死を繋ぎ、流世(るぜ)駆ける。我ジュウビ、汝カウム!」

消えかけていたカウムの身体が光り出す。ジュウビの身体も光り出し、何も装飾されていなかった銀の腕輪に、赤い宝石が浮かび上がってきた。

 「う、うあ…ぐ…」

ジュウビは、体の中に熱い何かが入って来るような…不思議な、そして強烈な感覚に襲われた。
カウムの身体は徐々に消えていくが先程の様な感じではなく、光の粒子となってジュウビの腕輪に吸い込まれて行く…そんな感じだった。
そしてカウムの姿は完全に消えた。

 「…」

呆然とするジュウビ。
ゾルドが現れてからこの時までほんのわずかな時間だったが、それは正にサクヤが言った『世界の終わり』の様な出来事だった。
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