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第1章・第2話「旅立ち」
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チダン高原。
ここにはいくつか不思議な遺跡があるだけで、人は住んでいない。
遺跡のひとつに、倒壊した円形の建物があり、その中心には大きな円卓があった。
《起こした理由は?》
円卓の上に乗る白い獣は、細長い目と尖った口先、そして頭部からは曲がりくねった角が二本生えていた。
四本の足で立っており、体長は大きくない。しかしその身体は見るからに筋骨隆々。その足で蹴られたら只では済まないと思わせる力強さだ。
「お前は力が有り余ってるようだな。理由を言えば力を貸すか?リョクヒ。」
その獣、風の精獣・リョクヒの前に立つ男は、不思議な姿をしていた。
果たして人と呼べるだろうか…男の側頭部には炎が纏わり付いている。身体全体に纏う赤い鎧のような物には、炎を表す紋様が付いているのだが、かすかにその紋様が動いている。膝肘等の関節から見える手足は黒く、黒い手袋をしている訳ではないのに手先まで黒い。そして男には、炎のたてがみと炎の尾があった。
《…あのカウムと契約してるか。じゃあ、僕に勝つ事が出来れば力を貸そう》
「…試すか。いいだろう。」
男は右手を天に向かって上げた。するとその手に炎が集まり、円形になった。
「遠慮は?」
《必要なし》
「そうか。じゃあ…行くぞ。」
エメラルドグリーンの瞳が輝く。
ジンセン村。
誰かの家の中。ジュウビが一人、椅子に座っていた。ジュウビの前にはテーブルに置かれた空のカップがあった。
「何もねぇな。けど…」
ガランとした部屋を見ながらジュウビは、テーブルに肘をついて優しく微笑んだ。
「少し似てるかな。」
そこへイオンが戻って来た。そう、ここはイオンの家。
「お待たせー。」
「何でお前が人ん家の扉修理を…って、おいっ、顔!」
くつろぎ状態から一変、飛び上がる様に立つジュウビ。
「え?ああ、扉の金具でちょっと。こんなの何ともないよ。」
イオンの頬に傷が出来ており、そこから血が出ていた。
「何ともって…血が出てるじゃねぇか!」
ジュウビは慌てて家の中を見回す。やはり何もない。
「おい、薬箱は?薬はどこだ?」
そのジュウビの姿を見て、イオンはジュウビに対する認識が少し変わった。
〝あれ?意外と良い奴?〟
ムカつく嫌な奴からムカつくけど意外と良い奴に更新されたようだ。
「無いわよ薬なんて。大丈夫、こんなの舐めてりゃ治るって。あ、自分の顔だから舐めれないか。」
軽く冗談のつもりで言ったイオンだったが、ジュウビが真顔で近付いてきたので焦り出した。
「お前も舐めたら治るのか?」
「ば……馬鹿!」
イオンの頬を舐めようとしたジュウビを、思わず突き飛ばしてしまうイオン。
「いてっ!」
「ななな…何を何を何を…」
どもるイオン。
「いってぇなー、何すんだよ!」
「それはこっちの言う事よ!」
「何だとぉ!」
「何よ!」
《許してやれイオン》
イオンはミズリの声に反応し、自分が首から掛けている青いペンダントを触った。
「ミズリ様っ。」
《こいつが生まれ育ったシンゲン島には少女が居ない。こいつに悪気は無いのだ》
「え?あ…そうなんだ。いや、そうじゃないでしょミズリ様っ。女の子は居なくても大人の女の人は居た訳でしょ?顔を舐めるなんて普通やらないわっ。」
「いや、エデンとは怪我した時舐め合ってたから。舐めてたら治るのかと…」
「え?えでん?」
「俺の相棒……だった。」
一瞬嬉しそうな表情をしたジュウビだが一変して曇った表情になり、うつむいた。
「ど、どうしたの?」
その時ジュウビが泣きそうに見えたイオンは、心配そうに聞いた。
「そ、それよりも…どうすんだよ、結局。」
ジュウビが手で顔を擦りながら言う。
「本当に行くのか、お前らも。」
「…うん。」
青いペンダントに触れながら答えるイオン。
《すまんな、イオン》
「いいんです、ミズリ様。」
ジュウビは、イオンとミズリが信頼し合っている事を感じとっていた。それはとても羨ましく思えた。
〝エデン…お前の仇は俺が必ず討つ〟
「だから雨の事は心配しないで。ミズリ様の分身が、困らない様にちゃんと降らせてくれるんだって。」
「そうかい、何だか分からないけど大丈夫なんだね。ありがとうよ。」
「うん。じゃあ…行って来ます。」
「気を付けるんだよ、イオン。」
「うん、ありがとうサマおばさん。みんな。」
イオンは荷物を背負い、村の皆にしばしの別れを告げ、歩き出した。
ミズリが入った青いペンダントを首に掛け、初めてジンセン村の外に出るイオン。不安もあるが、それよりもワクワクする気持ちが勝っていた。
「おい、分かってるんだろうな。遊びじゃないんだぞ。」
隣にはエメラルドグリーンの目をした銀髪の少年、ジュウビが居る。
「分かってるわよ。」
口を尖らせるイオン。
《まずは小さな砂漠を抜ける。水は私が居るから大丈夫だが…その後は山を一つ越え、大きな川をまたいだ向こう側のコウケン山へ行く。コウケン山は雪に覆われている白くて大きい山だ。厚めの上着は持って来たな?長い道のりだぞ。気を抜くな、イオン》
「はーい、ミズリ様っ。」
何となーく気が抜けているイオン、そんなイオンに呆れつつも親の様な温かい気持ちで接するミズリ、そして先が思いやられるといった表情のジュウビ。
これからこの三人の、長く険しい旅が始まるのだ。
ここにはいくつか不思議な遺跡があるだけで、人は住んでいない。
遺跡のひとつに、倒壊した円形の建物があり、その中心には大きな円卓があった。
《起こした理由は?》
円卓の上に乗る白い獣は、細長い目と尖った口先、そして頭部からは曲がりくねった角が二本生えていた。
四本の足で立っており、体長は大きくない。しかしその身体は見るからに筋骨隆々。その足で蹴られたら只では済まないと思わせる力強さだ。
「お前は力が有り余ってるようだな。理由を言えば力を貸すか?リョクヒ。」
その獣、風の精獣・リョクヒの前に立つ男は、不思議な姿をしていた。
果たして人と呼べるだろうか…男の側頭部には炎が纏わり付いている。身体全体に纏う赤い鎧のような物には、炎を表す紋様が付いているのだが、かすかにその紋様が動いている。膝肘等の関節から見える手足は黒く、黒い手袋をしている訳ではないのに手先まで黒い。そして男には、炎のたてがみと炎の尾があった。
《…あのカウムと契約してるか。じゃあ、僕に勝つ事が出来れば力を貸そう》
「…試すか。いいだろう。」
男は右手を天に向かって上げた。するとその手に炎が集まり、円形になった。
「遠慮は?」
《必要なし》
「そうか。じゃあ…行くぞ。」
エメラルドグリーンの瞳が輝く。
ジンセン村。
誰かの家の中。ジュウビが一人、椅子に座っていた。ジュウビの前にはテーブルに置かれた空のカップがあった。
「何もねぇな。けど…」
ガランとした部屋を見ながらジュウビは、テーブルに肘をついて優しく微笑んだ。
「少し似てるかな。」
そこへイオンが戻って来た。そう、ここはイオンの家。
「お待たせー。」
「何でお前が人ん家の扉修理を…って、おいっ、顔!」
くつろぎ状態から一変、飛び上がる様に立つジュウビ。
「え?ああ、扉の金具でちょっと。こんなの何ともないよ。」
イオンの頬に傷が出来ており、そこから血が出ていた。
「何ともって…血が出てるじゃねぇか!」
ジュウビは慌てて家の中を見回す。やはり何もない。
「おい、薬箱は?薬はどこだ?」
そのジュウビの姿を見て、イオンはジュウビに対する認識が少し変わった。
〝あれ?意外と良い奴?〟
ムカつく嫌な奴からムカつくけど意外と良い奴に更新されたようだ。
「無いわよ薬なんて。大丈夫、こんなの舐めてりゃ治るって。あ、自分の顔だから舐めれないか。」
軽く冗談のつもりで言ったイオンだったが、ジュウビが真顔で近付いてきたので焦り出した。
「お前も舐めたら治るのか?」
「ば……馬鹿!」
イオンの頬を舐めようとしたジュウビを、思わず突き飛ばしてしまうイオン。
「いてっ!」
「ななな…何を何を何を…」
どもるイオン。
「いってぇなー、何すんだよ!」
「それはこっちの言う事よ!」
「何だとぉ!」
「何よ!」
《許してやれイオン》
イオンはミズリの声に反応し、自分が首から掛けている青いペンダントを触った。
「ミズリ様っ。」
《こいつが生まれ育ったシンゲン島には少女が居ない。こいつに悪気は無いのだ》
「え?あ…そうなんだ。いや、そうじゃないでしょミズリ様っ。女の子は居なくても大人の女の人は居た訳でしょ?顔を舐めるなんて普通やらないわっ。」
「いや、エデンとは怪我した時舐め合ってたから。舐めてたら治るのかと…」
「え?えでん?」
「俺の相棒……だった。」
一瞬嬉しそうな表情をしたジュウビだが一変して曇った表情になり、うつむいた。
「ど、どうしたの?」
その時ジュウビが泣きそうに見えたイオンは、心配そうに聞いた。
「そ、それよりも…どうすんだよ、結局。」
ジュウビが手で顔を擦りながら言う。
「本当に行くのか、お前らも。」
「…うん。」
青いペンダントに触れながら答えるイオン。
《すまんな、イオン》
「いいんです、ミズリ様。」
ジュウビは、イオンとミズリが信頼し合っている事を感じとっていた。それはとても羨ましく思えた。
〝エデン…お前の仇は俺が必ず討つ〟
「だから雨の事は心配しないで。ミズリ様の分身が、困らない様にちゃんと降らせてくれるんだって。」
「そうかい、何だか分からないけど大丈夫なんだね。ありがとうよ。」
「うん。じゃあ…行って来ます。」
「気を付けるんだよ、イオン。」
「うん、ありがとうサマおばさん。みんな。」
イオンは荷物を背負い、村の皆にしばしの別れを告げ、歩き出した。
ミズリが入った青いペンダントを首に掛け、初めてジンセン村の外に出るイオン。不安もあるが、それよりもワクワクする気持ちが勝っていた。
「おい、分かってるんだろうな。遊びじゃないんだぞ。」
隣にはエメラルドグリーンの目をした銀髪の少年、ジュウビが居る。
「分かってるわよ。」
口を尖らせるイオン。
《まずは小さな砂漠を抜ける。水は私が居るから大丈夫だが…その後は山を一つ越え、大きな川をまたいだ向こう側のコウケン山へ行く。コウケン山は雪に覆われている白くて大きい山だ。厚めの上着は持って来たな?長い道のりだぞ。気を抜くな、イオン》
「はーい、ミズリ様っ。」
何となーく気が抜けているイオン、そんなイオンに呆れつつも親の様な温かい気持ちで接するミズリ、そして先が思いやられるといった表情のジュウビ。
これからこの三人の、長く険しい旅が始まるのだ。
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