剥がし屋

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あの人は『剥がし屋』と呼ばれています

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 今日は私が初めて冒険者ギルドで受付嬢として働く日になりました、掃除をして新規の依頼を依頼ボードに貼って、期限切れの依頼をはがします。
 営業前の受付業務の仕事は大体このくらいみたいです、そして営業時間が近づいてきたら四方の窓を開放し、最後に冒険者達からキックインと呼ばれている両開きのスイングドアの外に置かれている薄い板を、上げ床された敷地の下に置くと営業開始です!

「くぅぅ! 朝日が昇る直前の何とも言えない空気が気持ちいいですねぇ」

 そしてそして、最初に入ってきた冒険者はというと、たくさんのクエストが貼ってある依頼ボードや自称美人受付カウンターのところに来るでもなく、いつのまにか酒場スペースの端っこに座っていた輩のところに一番に話しかけていました、どうみても不審者です、だってこげ茶色フードで全身を隠していて顔が見えないんですよ?

「アランさん、今日は近場で採集系か中型までの討伐あたりで良いクエストいいのはないか?」
「クレイ達か、ふむ……ちょっと待ってろ」

 彼はそう言うと冒険者ギルドの一角にあるクエストボードから一枚の依頼書を見つけ出しクレイに手渡します、相手の人もいつもの事なのか当たり前のように受け取りました。

「東の森でシャウトコッコなんてどうだ? 早朝に出かけたらあいつら叫び疲れて寝てるからな、依頼料についかして美味い肉や卵が手に入ると思うぞ」
「シャウトコッコか……あいつら森の中でも東にいるんじゃなかったか?」
「違うな、それは叫ぶときだけだぞ? オスのシャウトコッコは水平に近い朝の太陽光を浴びるとトサカが輝くのは知ってるか? それがメスへの求愛行動になるんだ、だからいち早くメスにアピールするために森の中でもなるべく東側で、さらに早く太陽光を浴びるために高い木に登る習性があるそうだ、そのあとは太陽光がなるべく水平になるようにするために急いで西に移動するし、最後には森の西ギリギリのところまで来て地面に降りるんだ」
「なるほどな、アランさんが言うなら間違いないんだろうな、そんでクエスト内容は……」

~ シャウトコッコ納品クエスト【D】 ~
依頼主:金のトサカ亭
形態 :個人依頼
内容 :成体のシャウトコッコの納品5~10羽
・1羽につき大銅貨2枚
補足 :卵も1~100個まで買い取り
・卵1個につき銅貨2枚
 ※割れやヒビがあるものは買い取り付加
 ※卵の殻の色が白ではない場合応相談

「ちなみに今回は重いだろうから荷台を2つほど借りていった方がいいぞ」
「ん? ……了解した、報酬はいつも通り成果報酬の1割でいいか?」
「構わないが……そうだな3羽分融通してくれたら現物払いでもいいぞ?」
「1割の報酬より3羽か……だから荷台なんだな」
「ほれ? この時期だし受付見てみ? あの日だからな」

 二人の視線がこっちに来たような?

「なるほどな、もう少し俺からもサービスしとくぜ、どうせ満席になるだろ」
「サンキュー、楽しみにしてるよ」

 やり取りが終わったのかようやくカウンターにやってきた冒険者さん……あらヤダ、よく見たらイケおじ様だわ。
 ……じゃなくて「嬢ちゃんこれ受けるぜ」とニヒルに言いながら彼は依頼書を差し出し、さらに備品レンタルサービスの申請書もさらさらと書き上げて渡してきました。
 自称美人受付嬢である私はテキパキとカンペキに確認事項をチェックします。

「はい、受付承りました、頑張ってきてください」
「おうよ」

 彼らのパーティは3人、そのうちの2人が重そうな荷車を備品貸出スペースで受け取るとまだ暗い外の世界を正面方向に駆け出して行きました。

「あの……マチルダさん? あの飲食スペースの端っこのフードの男の人ってどういう人なんですか?」
「あーあの人ね、情報屋が近い職業なのだけど……あ、次の冒険者がこっちに来たわよ、ふむ――面白いものが見えるかも」

 話の途中でこちらに来たのは新人のような若い2人と中堅くらいに見える2人の4人組だった……後半聞き取れなかったのが気になるわ。
 依頼ボードを眺める事数分、中堅っぽい人からアドバイスをもらったのか一枚をはがして持ってきました。

「あの、これを受けます」

 可愛らしい男の子がギルドカードと共に出してきたのは街道方面のゴブリン討伐の依頼書でした。

~ ゴブリン討伐クエスト【G】 ~
依頼主:領主
形態 :期間臨時依頼
内容 :北の村方面への街道周辺に生息するゴブリンを5体以上討伐、討伐証明部位を提出
・1体の討伐証明提出につき大銅貨1枚
※死体は可能な限り燃やすか埋めるか等基本的なアンデッド対策をすること

「はいHランクのパーティ2名ですね、それでは後ろのお二方のはメンターさんですか?」
「ああそうだ、ギルドの前で初々しいのに出くわしてな?」
「そうです、初めてだったのでついてきてくれるって」

 へぇ、ごついおじさんだけどいい人なのねぇ。

「では代表の方カードをお願いします」
「ん」
「はいEランクですね、確認しました気を付けてきてくださいね」

 そう言うと4人はギルドから出ると右手に歩いていきました。

「よし……、それで先輩? さっき何を言おうとしてたんですか?」
「ふふふ? それはねぇ……ほら? 疑問の君が来たわよ」
「疑問の君?」

 そして振り向いた先には――。

「端っこの黒フードの不審者さん! ”マチルダ先輩談情報屋さん談”」

 そこにはこげ茶色のローブを被った不審者さんが立っていました。

「マチルダ、こっちのは新人だよな」
「ええそうよ、ハイ挨拶」
「ふぇ?! はっはい! エミリーでしゅ!」

 大人の魅力あふれる先輩マチルダさんが笑顔を振りまきながら応対する彼は本当に何者?!

「お嬢さん、接客応対の姿勢や表情声のかけ方は及第点だ、でも情報はまだ知らなくてももう少し見てやらないとだめだよな」
「そうよね」
「ひぇ!? なんでしゅかあぁ?」

 デビュー初日からよくわからないけど災難ですよ!

「そんな新人エミリー嬢に簡単なクイズ第一問だ、最初の客は東に行くクエストを受注してギルドの正面方向に歩いて行った、つまり行先は?」
「東……ですよね」
「そうだよな、誰よりも大勢が活動を始める冒険者ギルドは基本は町の東側か南側に置かれている、そして夜活動した冒険者が早く朝日を受けれるようにと祈りを込めて東向きに入り口が作られる習慣があるんだ」
「なるほどぉ……」

 朝日が気持ちいからだと思ってました。

「そこで簡単なクイズ第二問、2グループ目の客はどんなクエストでどっちに行った?」
「北の街道に行くゴブ狩りクエストでしたよね、なのでギルドを出て左……に? あれ? あれぇぇえぇえ!?」
「気が付いたか、あいつらは左である北に行くべきところをメンターに誘導されるまま右である南に歩いて行ったんだ」
「あ……」

 ……もしかしてやばいやつ。

「では先輩マチルダさんから冒険者ギルドの受付嬢としての心得其の0を教えてもらいましょうか」
「分かる?」
「わがりまじぇん」
「実に簡単だぞ?」

 先輩と目でやり取りをすると呼吸があったかのように――。

「「送り出すのならば、お帰りと言えるように最善を尽くす」」

「これは本当なら一度でも担当した冒険者が重傷を負ったり死者が出たりしたときに教えられる教訓なんだ」
「今回は例外ね、分かりやすかったし彼がいたからスルーしたの、笑顔よりなにより、危険と隣り合わせで頑張る冒険者を大事にしてもらうためにね」
「でも! さっきの男の子たちどうるんですか!」

 そう、私の失敗のせいでクエストの失敗をするだけならまだいい、最悪なのはメンターが悪い人だった時だ。

『教えていいの?』
『言うしかないじゃない、さすがに初日からなんてどんなフィーバーよ』

 そのコソコソ話……聞こえてますがなんでしょうか? 聞いてしまったら逆にまずい予感がします

「あー……南から町を出た後、やっぱり襲われたみたいだな、あのメンター2人とオークに」

 ひぇ!

「あいつらだけじゃなかったの? デカ肉もいたの?」

 デカ肉!? ……オークのことですか!?

「大丈夫大丈夫、ちゃんと影とアレはついてたからいざとなったら無傷で助けたさ……それでだ、あの子ら結構やるぞ? 一人は補助魔術してて見た目ではパッとしねえがたぶん効果を絞ればどれかの能力を数倍にして初心者を達人にするレベルだと見た、んで受付に来たリーダーっぽい男の子の方は少なくとも素で剣聖クラスの力を持ってるわ、まだ全然力量不足でもったいないにも程があるけどコイツら個人的に欲しいレベルだ」

 なんですと?

「つまり?」

 つまり?

「影遣わしてたんだけどなぁ……まぁ結果的に要らなかったかな? とりあえず助けたから貸しはできたかな、でも良かったよ、あの悪党どもついにこの国に来たって情報はつかんでたからタイミングよかったな」

 影……影……ん? 影?

「さてエミリー君、君は頭がいいからわかると思うがいちおう言っておこう、影については話してはいけないよ?」

 私は頭がもぎり取れる勢いで縦に振りまくりました。

「では答え合わせだ、まず俺はここでは『アラン』と呼ばれているんだが、この名前からなんとなくわかるな?」

 影を使う存在は王族、貴族は影を使った場合謀反の意思がある可能性を疑われるため持つことが出来ない、そして外に顔を出すことのない出来の悪い王子と呼ばれているその人の名前は……。

「アーレーン・フォン・ドラゴニル……第二王子殿下」
「正解だ、そんでこっちのマチルダは――」
「殿下の乳母兼、専属メイド兼、教育係兼、護衛兼……役職的にはもっとあるけど、副ギルマスってことにしておくわね、年齢と本名は不詳で」

 やっぱりそうだった……。

「てことで君は今日から俺の影の一人な、ギルドの受付嬢って情報収集に関しては一番向いてるんだよな」
「私みたいになると色香とかではなびきませんからね、若い子が羨ましいですね」
「いやいやいやいや! マチルダさんその美貌で何を?!?!? って影ぇぇえ!!」

 影……王家とかかわるの? 私。

 アランさんはそのあと何組かに依頼を剥がして説明をしていく、そうして時は過ぎていき夕日が差し始めたころ。

「お、帰ってきたみたいだな」

 振り返ると入り口にはさっきの少年2人が無事に帰ってきていた、その傍らには町の入り口で番をしている兵とぐるぐる巻きにされた男二人がいた。

「あ! えっとあなたがアランさんですか?」
「おう」
「『お仲間の方に助けていただきありがとうございました』」
「『気にすんな、ほれ報告してこい心配してたぞ』」
「お姉さんゴブリン討伐の報告に来ました、ついでになぜかオークにも遭遇したのでその素材も納品します」
「え? ええっと、その後ろの人について先に説明してほしいわね」
「そうですね、オークと対峙した時なぜか襲い掛かってきたんです、でもオークより全然動きが遅かったからさきにオークを仕留めようと思って、それで仕留めたと思ったら流れの冒険者だとは乗る人がその人達をいつのまにか気絶させたうえに縛ってたんです、ギルドに君たちが連れて行ってくれって」
「その状況でゴブリンに? その2人を連れて?」
「いえいえ、初めてのクエストなので成功させたかったから門のところの兵士さんに預かってもらったんです、あとでギルドに報告しにいくから預かってほしいって感じで」
「よく納得してくれたわね……」

 とりあえずその二人はこっちで回収しておくわねとマチルダさんが言うので任せておきます。

「いえ……話したところ、既に先ほどの流れの人が説明してくれてたみたいで、ついでに持ちきれないオークも預かってくれたんです、いい人たちですよね、ついでにゴブリンがいるのは東だって教えてくれて助かりました」
「よかったわね」

 話を終えて清算し、次々と慣れない業務を必死にこなしていきます。
 そうこうして周囲が暗くなってきたころ、なぜかいい匂いがし始めました、酒場スペースに大量のお肉やおつまみが用意されています。

「あの……マチルダさん? あれどうしたんですか?」

 酒場を指さしながら聞くとにんまり笑いながら私と新人冒険者君の背中が酒場の方にグイグイと引っ張ります、そして。

「せーの!」
「「「「「初日終了おめでとう! 新人歓迎会だぜ(わ)!」」」」」

 ふぇ!?

「ほれこっちこい」

 アランさんが手をひらひらさせて呼んでいます、男の子達とポカーンとしつつも呼ばれた方に行ってみます。

「あー! 今日は知っての通り自称美人受付嬢と期待のニュービーが初仕事をいろいろあったが無事に終わらせた、これであんたらは今日から俺らの仲間と認められたからな俺らのおごりだ楽しんでいけ」
「はやくー」
「そうそう! 腹減ったぜ」
「あ”ーーまあそうだよな、いくぜ……せーの!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
「か……かんぱーい?」
「「カンパーイ!!」」

 並べられた料理はというとシャウトコッコのステーキや唐揚げ、オムレツにオークのステーキ、ミルミルフルーツや月光マンゴーの盛り合わせなど多岐にわたっている。

「あれ? これ今日アランさんが紹介してた……」
「お? 気が付いたか、今日は朝からお前さん達のための準備だったからな、少年二人が来たのは想定外だったが自分たちでオークまで狩ってきて見せたからな十分仲間と認められるのさ」
「歓迎会の為の依頼を?
「そうだ、せっかくなら自分のした仕事の成果がわかる方がやりがいが出るだろ?」

 うるっときちゃいました。

「ずびん……マチルダさん、アランさんは本当に変な人ですね」
「そうね、黒フードの変人で王子様、でもここではこんな二つ名で呼ばれているわ」
「二つ名ですか?」
「まず第一、人の不幸を振り払う、不幸を人から引き剥がす」
「そして第二、見てて分かった通り依頼ボードからその人たちに合った、そして人を幸せにする依頼を剥がしてくる男」
「つまり」

「彼は『剥がし屋』この町の、いえ……王国のヒーローよ」
「よせやい」

 ちょっと照れくさそうにしているその人の顔は幸せに包まれて本当に楽しそうでした。
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