百人一首(アルファポリス用改訂版)

Levi

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地獄

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  唐突にゲームは始まったが、ほとんどの人間が動けずに座り込んでいた。そんな中、何十年も風呂に入っていないかのように汚れきったブヨブヨに太った男が突如立ち上がった。水を浴びたかのような汗をかき、元の色は何色か分からないほど変色したTシャツを濡らしている。
  皆、動けずにその男に釘付けになる。その男はニヤニヤと笑いながら薄汚れたTシャツを脱ぎ、その脱いだ物を持って歩き出す。その背中は目に見えるほどに垢がつき、鱗のように固まっている。吐き気を堪えながらその背中を眺めていると、栄養失調かのように痩せ細った男の元へと行き、呆然としているその男を押し倒して脱いだTシャツを顔にかぶせ、全体重をかけて鼻と口を塞いだ。
  痩せ細った男はしばらくジタバタとしていたが、やがて失禁し動かなくなった。

  あまりの光景に全員が動けず凝視している。すると壁際に立っていた迷彩服の男が数名その場に行き、一人がしゃがんでやせ細った男を確認し、残りの数名が太った男が動かないよう銃や刃物を手にして威嚇する。確認作業をしていた男は立ち上がり片手を上げた。その手はサムズアップをしている。

「はい、一人脱落ですね」

  マイクを通したその声が聞こえると、別の迷彩服の男が痩せ細った男の首を持っていたナタで切り落とした。

  建物内は絶望的な叫び声で溢れ、ほとんどの人間がパニック状態に陥った。もちろん俺もだ。阿鼻叫喚の地獄絵図となった建物内で泣き叫び逃げ回りながらも、何をするか分からない太った男と首を持った迷彩服の男を見ていた。
  迷彩服の男は壇上へ上がり、用意された台の上にその首を置く。体はすぐさま外に運び出されるが出入口は迷彩服の男達で固められていて、引き込もっていた俺たちは束になってかかっても突破することは出来そうにない。

「臓器くらいは役に立ってもらわないと」

  マイクを通した声が響く。死んだ人間は行方不明扱いにして、臓器移植に回すのか!?

  集められたみんなはパニックになりながらも、あちらこちらで殴り合いや殺し合いが始まる。あの最初に人を殺した太った男は、数人がかりに暴行を受けている。
  上手く逃げ惑っているうちに、何人かの首が壇上に晒される。非現実的な生首、風呂に入っていない人間の体臭、血の臭い、そして漏らした糞尿の臭いで頭がおかしくなりそうになる。
  俺は臭いに耐えられずその場で吐いていると、突然両手で後ろから首を締められた。

  死ぬのは嫌だ!

  その思いからもがき激しく抵抗を続けていると、背負い投げのような形で投げ飛ばすことに成功した。この男もまたかなり痩せていて、体が軽いせいか思った以上に飛んでいき迷彩服を着た男の足にぶつかった。その瞬間、反射的にだろうが迷彩服の男はその男の頭をグシャッという音と共に踏み潰し「やべっ……」と言う呟きが聞こえた。

  すぐに何人かの迷彩服の男が俺を囲うように立ち、「お前の手柄にしてやるからこのことは黙っていろ」と言う。そして足元に倒れ血で真っ赤に染まっていた顔からはまだ声が聞こえていたような気がしたが、その首は無惨にも切って落とされた。俺はその場で倒れるように四つん這いになり、吐いて吐いて吐きまくった。

「もう残り半分くらいですかね」

  その声を聞き反射的に壇上を見るとたくさんの首が晒され、その中に一番先に人を殺した男のものもあった。

  殺されたくない……!あんな風になりたくない……!

  俺は覚悟を決めた。だが残った人間もまた同じ気持ちだ。皆、目は血走り殺気立っている。

  ただ、俺はラッキーだった。毎朝の日課で出かけようと準備をしていた俺は腕時計をしていた。両親が内定が決まった時にプレゼントしてくれた物で、引きこもりになった今でもとても大事に扱っていた。……だが両親は俺を捨てた。もう、いらない……。
  その時計を利き手にナックルのように装着し、俺のような人間を文字盤で殴りまくった。文字通り殴り殺した。

  人数はどんどんと減っていき、残るは数名になった。全員が肩で息をし、目つきは人のものではない。もう目の前の動く物を動かなくさせることだけに集中している。

  俺の前方にいた人間がこちらに走ってくる。躱そうとした時、俺は足元の何かに足を滑らせ後ろへと転んだ。

  誰かの嘔吐物なのか小便なのか、それに背中から倒れる。もう汚い臭いなどと言ってられない。
  俺の上に跨った男はギラギラとした目で俺の首を信じられない力で締め付ける。これまでか……!そう思った時、その男の首を誰かが後ろから締め上げた。そのおかげで助かった……!

  ゲホゲホと咳き込みながら少し距離を開ける。辺りを見回すと俺を含めて残り五人にまで減っていた。俺以外の四人は二人ずつに別れ殺し合っている。もうみんな体力の限界だ……首を締められた奴は諦め笑顔で受け入れたりしている。

  そして俺たちは残り三人になった。

  どうやって二人を倒そうか……。そんなことをどこか冷静に考えていたが、一人の男がこの状況に頭がおかしくなっているのかヨダレを垂らし奇声を発しながら突っ込んで来た。

  ただ真っ直ぐに走る男を躱すのは簡単で、俺が躱すとその男は前のめりに倒れ込む。残る一人の男も冷静さを欠いたのか笑いながら走り出し、立っている俺を無視して通り過ぎどうやら倒れた男に狙いを定めたようだ。倒れた男も起き上がろうとするが揉みくちゃとなり、仰向けの男の上にもう一人の男が馬乗りになっている。

  お互いになんとか首を締めようと攻防を繰り広げる中、俺は静かにベルトを外しそっと馬乗りの男の後ろに立った。俺に気付いた仰向けの男は何かを叫ぶがもはや言葉になっていない。

  俺に全く気付いていない馬乗りの男の首にベルトを巻き付け、両手に力を込め一気に引っ張った。男は暴れるが、体力も筋力もないその体は俺が体重を乗せると前のめりに倒れる。その男に覆い被さられた仰向けの男は奇声を発し続け、耳障りでうるさいとイライラしてきた。

  男がある程度動かなくなったところですぐさま耳障りな男の顔を腕時計で殴りつける。時計と拳が一体化してきているが、不思議と痛みを感じない。

  ベルトで首を絞めるのと殴りつけるのを交互に何回もやった。何回も何回もやったところで、ようやくどちらも全く動かなくなった。

  そして迷彩服の男たちがこちらに来て二人を確認し、サムズアップをしたあと二人の首を落とした。

「おめでとうございます!」

  壇上に立っていたはずの男はいつの間にか俺の後ろに立って拍手をしていた。今はマイクを使わず直接俺に話しかけている。

「まずはこの薄汚く臭い場所から出ましょうか?そこでこのゲームに勝った貴方に望みを伺います。あ、死ぬのと自宅に帰るというのは駄目ですよ?」

  そう言うと踵を返し出入口へと向かって歩き出す。俺はまだ混乱状態だったが、迷彩服の男たちに出入口へと促された。

  出入口を抜けると長い廊下が広がっていたが、一番近くの部屋に連れ込まれ衣服を全部脱がされ頭から水をかけられた。水とは言ってもぬるま湯で、中には洗剤のような物が入っているのか泡立っている。どうやら体を洗われているようだ。もう何もする気力もなく、俺はされるがままになっていた。
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