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修行続行

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 煩悩まみれの頭を抱えて唸っているとカータスに「どうしたの?」と問いかけられた。

「……見えなくなりました……」

 理由を言わずにそう言えば「集中力の問題かな?」なんて言うけど、その集中力を乱しているのはカータス……いや、凛の煩悩のせいだ……。

「……はい、集中力がなくてごめんなさい。もう一回やる……」

 そう言って手を組んで仰向けに寝転がれば、至近距離にある彫刻のような顔にある形の整いまくった口が開く。

「うん、何回でもしよう」

 もうカータスから発せられる言葉の全てを良からぬ妄想に持っていく頭をバチーンと叩いて気合いを入れると、カータスは驚きの表情になるけどその顔もまた……いや、ダメだ、集中しよう……。
 さっき言われた通りにいろんなものを感じて……感じて……とりあえず煩悩を振り払う為に、目を瞑ったまま自分に思いっきりビンタする。そしてシンディの顔を何をしてしまったのだろうと激しい後悔をしたおかげで変なテンションが消え失せ、ようやく集中することが出来た。
 さっきのように日の光を感じ、土の温もりを感じ、風の囁きを感じる。そしてそれを目で見ようと集中してからそっと目を開けた。

「……見える」

 するとカータスは優しい声で声を発した。

「『目』の魔法にはどんなふうに見えるの?」

「え? えと、色がついてる。けど何色がどの魔力かはまだ分かんない」

「色まで見えるの? すごいね」

 そう言うとカータスは起き上がりあぐらをかいて座る。なんとなくあたしも起きてその場に座る。するとカータスは片手を伸ばし、手の平を上へと向ける。すると薄っすらと緑に見える霧状の魔力がカータスの手に集まる。

「今、すごく弱い風の魔法を使おうとしているの。どう見える?」

「近くの緑の霧がカータスの手に集まってる」

 カータスはニコリと微笑むと、その霧をあたしに向かって優しく放り投げる。するとあたしは真正面から風の衝撃を受ける。とは言っても「あ、風が強いな」くらいだけど。

「いいないいな! あたしもやりたい! でも今まで魔石洞窟でもやっと見えてた魔力がなんで見えるんだろ?」

 普通に疑問を口にすればカータスは答えてくれた。

「マーズニさんは知識の魔法のおかげで一般よりも知識が豊富。だけど、多分マーズニさんは生まれつき魔力が見える人。マックも、マーズニさんの周りの人も。だから、全く見えない人に教えるのは初めてなんだと思う。懐かしいなぁ」

 そんなことを呟きながらカータスは続ける。

「俺、孤児なの。孤児院でこのやり方を聞いて、いつも遊んでたの。そしたら暗殺業をやってた義父にもらわれてね。あ、義母も暗殺者。子どもができない家だったらしくて、多少魔力が強かった俺が選ばれたの。暗殺の修行のときは二人とも厳しかったけど、それ以外は普通に愛してくれた。今も関係良好。あ、来た」

 何が? と聞く前にあたしとカータスの間の地面に矢が刺さる。ビクッとなったあたしは後退ったけど、その矢にカータスが触れると光となって消えた。そしていつの間にかカータスの手には手紙があった。「見る?」と言いながら見せられた手紙には『平和になりすぎて暇だ』というお義父さんの言葉と『会いたい会いたい……』と目が滑るほどのメンヘラさん並の痛々しい長文で書かれたお義母さんの言葉があった。

「うちは血の繋がりがないけど、愛されすぎて大変。でもシンディは違う意味でもっと大変。だから、自分の手で決着をつけるのは賛成。でも殺しはやめてほしい。約束できる?」

 カータスは少し悲しげにあたしを見る。そうか、そうだよね。殺してしまった人がどんなに悪人でも、その業を背負って生きて行かなきゃいけない。あたしが凛のままだったらその業を背負って生きるけど、この体はお嬢様のシンディのものだ。うん、シンディの業にはしたくない。

「分かった。暗殺も殺人もしない。けどお店の売り上げの為にモンスターは斬る。売り物の魔石をたくさん手に入れなきゃないから。それでいい?」

 そう聞き返すとカータスはふわりと微笑んだ。

「うん、いいよ。じゃあ次に進むね。俺は風の魔法が得意だから、おいでって思うと集まって来るんだけど、シンディも潜在魔法で持ってるかな?」

 そう言って小首を傾げて悩んでいるカータスを見て、とりあえずやってみることにする。さっきと同じような緑の霧を見つけ『こっち来~いこっち来~い』と怪しい人のように念じているとフヨフヨとあたしに集まって来た。

「うわ! シンディ、風の魔力が集まってる……けど、ちょっとその量、ヤバいかも……そのままキープ」

 それはあたしも感じてた。なんかあたしの周りがめっちゃ緑緑してることに。カータスに「キープ」と言われ『もう大丈夫だよ~このままあたしの周りにいてね~』なんて焦って念じると風の魔力はそのままあたしの周りに留まる。

「えっとね……そのまま解放したらマックの家が吹き飛びそうだから……何もない所とか空とかに向かって放り投げるイメージで……」

 カータスが焦っているくらいだから、本当にヤバいんだろう。だけどこのままでもヤバイから、街とは逆方向の空に向かってジェスチャーをする。

「だりゃせぃっ!」

 ちゃぶ台をひっくり返すように『飛んでけ』と念じると風の魔力は風の魔法を発動し、大きな竜巻となって街の外へと向かって行った。

「……シンディ、ちょっといろいろ考えさせて」

「……なんかごめん……カータス」

 遥か遠くまで進んでいる竜巻はまだこの目にハッキリと見える。威力パネェ……。
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