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絵画

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 水車小屋にいた全員がアイザックさんの家に招かれたのだが、通された部屋がとにかく広いのだ。集まりや宴を楽しめるようにと改装したらしい。

 私たちの姿を確認したソファに座らされていた兵士たちは、疲れきった表情で私たちの周りに集まり「警護ということにしてください……」と、小声で懇願された。よほど気を遣っていたのだろう……。

 宮殿よりはシンプルな部屋ではあるが、それでも庶民の生活とはかけ離れている。ぐるりと室内を見回すと、壁にアイザックさんと奥様と思われる方の肖像画が飾られていた。
 思えば、この世界で絵画らしきものは見たことがない。スイレンや私が描いた設計図くらいしか絵を見ないのだ。

「さあ皆さん座ってください。オリビアー! おーい!」

 アイザックさんが叫ぶと、後ろに張り付いている兵士が「元王妃様です」と説明をしてくれた。
 そしてマリアさんも騒ぎ出した。

「もしかして、オリビアさん料理を作っているの? 手伝わなきゃ!」

 確かに言われてみると、辺りには良い香りが漂っている。マリアさんが騒ぐとお母様も賛同し、二人は厨房へと向かった。
 自分で言うことではないが、私たちは一応客人として呼ばれた側である。とはいえ、二人を止める間もなく走って行ってしまったので後の祭りだ。

 皆は椅子に腰かけ始めたが、私はまだ肖像画を見ているとアイザックさんに声をかけられた。

「私たちの若い頃です。もっと近くで見ても良いですよ」

 そう言ったアイザックさんは私を抱っこしてくれた。細身の、しかも元国王の割に力があるようだ。だがしかし、お父様が「心配だ!」と騒ぎ始め、結局お父様に肩車をしてもらっている。

「すごい……」

 自分の語彙力の無さに情けなくなるが、離れて見ると気付かなかったが、近くで見るとかなり繊細な絵なのが分かった。

「アルフレッド兄さんが、私たちの結婚のお祝いに描いてくれたんです」

「「え!?」」

 まさかの作者を知り、私とお父様は驚いた。ニコライさんも普段はああだが様々な発明をしているように、その父であるアルフレッドさんも多才なようだ。
 ふとアルフレッドさんを見ると、少し照れているのか赤面している。

「初めてこれを見た人は驚くのですが、ここまで熱心に見てくれたのはカレン姫が初めてです」

 私とお父様はここでようやく椅子に座ったが、私は姫と呼ばなくても良いと伝えた。というか、私たちのことはそのまま名前で呼んで欲しいとお父様も言う。

「分かりました、モクレンさん、カレンちゃん。で、そんなに気になった理由があるのですか?」

「いえ、ただこういった絵を見たことがなかったので……」

 この世界では、とは言わなかった。

「ずっと疑問だったんです。生産量は少ないとはいえ、紙があるのにそれをほとんど使わない。持ち運びも保存も紙のほうが楽なのに、石に掘るという面倒なことをする。例えば、ああいった絵に残すという方法もあるのに。あの絵は紙ではなく板に描いていますが……」

 そこまで言うと、アイザックさんは大声で笑いながら拍手を始めた。

「素晴らしい! こういった話をしたかったんだ!」

 私はずっと照れていたが、拍手を続けていたアイザックさんは話を続けた。

「この国、いや、おそらくこの世界は大昔に大規模な火事があったのだと思います。理由は『紙や板や布は燃えてしまう。石を使え』との言葉が伝わっており、代々の王がそれを守り続けているからです。そして周辺国は、この国よりも古い歴史の場所はありません」

「ということは、そんなに大昔から紙の製法技術があったのかしら?」

 この疑問にも、アイザックさんは嬉しそうに答えてくれた。

「ニコライが吹っ飛ばしてしまった、あの石碑の話は聞いていますよね。おそらくこの国の南には別の国があり、私たちはその国から数々の知識や技術を教わっていたはずです」

 青くなっているニコライさんを放置し、全員がざわめき立つ。私たちは砂しかないことを知っているし、兵たちはそんな国の存在など今まで聞いたことがないと騒ぐ。

「これは憶測でしかないですが、その南にあった国は火災などで滅んだのではないでしょうか? そう考えれば焼けてしまうものではなく、焼けない石に文字を残す意味も分かります。そしてあの宮殿もかなり古いものですが、当時の人がどうやって作ったのかも解明されていません」

 言われてみれば、あんなに精巧な造りの宮殿を建てた技術は他に活かされていない。もしかしたら、アイザックさんの憶測は当たっているのではないだろうか?

 ざわめきが無言に変わり、皆真剣に考え事をしているとアルフレッドさんが口を開いた。

「この国の王家に生まれると、嗜みのために絵を描くことを習うんだが私は得意でな。アイザックは酷いものだったが」

 アイザックさんは「確かに」と笑っている。

「なら、なおさら描いて保存するべきよ。植物園のこともあるし……」

 そこまで言うと、アルフレッドさんとアイザックさんは「植物園?」と聞くではないか。どうやらあの一件を知らなかったらしい。

「こういった時のために必要だと思うわ。植物だけでなく生き物、そして人の生活も、色のついた絵と説明で後世に残すことは重要よ」

 すると、アルフレッドさんは悲しそうな顔で口を開いた。

「私も絵を描きたいのだが、今では材料を調達するのが難しい。この絵は動物などから作った、ニカワと呼ばれるものを使っている。その動物の数も減り、育てる者も少なくなった」

 まさかここで『膠』の言葉を聞くとは思ってもみなかった。あの繊細な絵は膠を使っていることから、日本画に近いのだろう。

「そのニカワに混ぜる色の素はあるのかしら? だとしたら代用品はあるわ。ただ探さなければいけないし、絵の見た目も違うものになってしまうけど……」

 色の素はあるとのことだ。要するに日本画から油絵にタッチが変わってしまうのだが、その説明が上手く出来ない。しかしそんな説明をするまでもなく、テックノン王国勢はこれからのことについて大騒ぎだ。

 そんな中、お料理を作っていたお母様たちが皿を手に持ち乱入して来た。

「さぁさぁ! 三人で作った料理を早く食べて!」

 どの国でも女性は強い。その言葉でその場は静まり、皆でいそいそと食事をしたのだった。
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