358 / 370
絵画
しおりを挟む
水車小屋にいた全員がアイザックさんの家に招かれたのだが、通された部屋がとにかく広いのだ。集まりや宴を楽しめるようにと改装したらしい。
私たちの姿を確認したソファに座らされていた兵士たちは、疲れきった表情で私たちの周りに集まり「警護ということにしてください……」と、小声で懇願された。よほど気を遣っていたのだろう……。
宮殿よりはシンプルな部屋ではあるが、それでも庶民の生活とはかけ離れている。ぐるりと室内を見回すと、壁にアイザックさんと奥様と思われる方の肖像画が飾られていた。
思えば、この世界で絵画らしきものは見たことがない。スイレンや私が描いた設計図くらいしか絵を見ないのだ。
「さあ皆さん座ってください。オリビアー! おーい!」
アイザックさんが叫ぶと、後ろに張り付いている兵士が「元王妃様です」と説明をしてくれた。
そしてマリアさんも騒ぎ出した。
「もしかして、オリビアさん料理を作っているの? 手伝わなきゃ!」
確かに言われてみると、辺りには良い香りが漂っている。マリアさんが騒ぐとお母様も賛同し、二人は厨房へと向かった。
自分で言うことではないが、私たちは一応客人として呼ばれた側である。とはいえ、二人を止める間もなく走って行ってしまったので後の祭りだ。
皆は椅子に腰かけ始めたが、私はまだ肖像画を見ているとアイザックさんに声をかけられた。
「私たちの若い頃です。もっと近くで見ても良いですよ」
そう言ったアイザックさんは私を抱っこしてくれた。細身の、しかも元国王の割に力があるようだ。だがしかし、お父様が「心配だ!」と騒ぎ始め、結局お父様に肩車をしてもらっている。
「すごい……」
自分の語彙力の無さに情けなくなるが、離れて見ると気付かなかったが、近くで見るとかなり繊細な絵なのが分かった。
「アルフレッド兄さんが、私たちの結婚のお祝いに描いてくれたんです」
「「え!?」」
まさかの作者を知り、私とお父様は驚いた。ニコライさんも普段はああだが様々な発明をしているように、その父であるアルフレッドさんも多才なようだ。
ふとアルフレッドさんを見ると、少し照れているのか赤面している。
「初めてこれを見た人は驚くのですが、ここまで熱心に見てくれたのはカレン姫が初めてです」
私とお父様はここでようやく椅子に座ったが、私は姫と呼ばなくても良いと伝えた。というか、私たちのことはそのまま名前で呼んで欲しいとお父様も言う。
「分かりました、モクレンさん、カレンちゃん。で、そんなに気になった理由があるのですか?」
「いえ、ただこういった絵を見たことがなかったので……」
この世界では、とは言わなかった。
「ずっと疑問だったんです。生産量は少ないとはいえ、紙があるのにそれをほとんど使わない。持ち運びも保存も紙のほうが楽なのに、石に掘るという面倒なことをする。例えば、ああいった絵に残すという方法もあるのに。あの絵は紙ではなく板に描いていますが……」
そこまで言うと、アイザックさんは大声で笑いながら拍手を始めた。
「素晴らしい! こういった話をしたかったんだ!」
私はずっと照れていたが、拍手を続けていたアイザックさんは話を続けた。
「この国、いや、おそらくこの世界は大昔に大規模な火事があったのだと思います。理由は『紙や板や布は燃えてしまう。石を使え』との言葉が伝わっており、代々の王がそれを守り続けているからです。そして周辺国は、この国よりも古い歴史の場所はありません」
「ということは、そんなに大昔から紙の製法技術があったのかしら?」
この疑問にも、アイザックさんは嬉しそうに答えてくれた。
「ニコライが吹っ飛ばしてしまった、あの石碑の話は聞いていますよね。おそらくこの国の南には別の国があり、私たちはその国から数々の知識や技術を教わっていたはずです」
青くなっているニコライさんを放置し、全員がざわめき立つ。私たちは砂しかないことを知っているし、兵たちはそんな国の存在など今まで聞いたことがないと騒ぐ。
「これは憶測でしかないですが、その南にあった国は火災などで滅んだのではないでしょうか? そう考えれば焼けてしまうものではなく、焼けない石に文字を残す意味も分かります。そしてあの宮殿もかなり古いものですが、当時の人がどうやって作ったのかも解明されていません」
言われてみれば、あんなに精巧な造りの宮殿を建てた技術は他に活かされていない。もしかしたら、アイザックさんの憶測は当たっているのではないだろうか?
ざわめきが無言に変わり、皆真剣に考え事をしているとアルフレッドさんが口を開いた。
「この国の王家に生まれると、嗜みのために絵を描くことを習うんだが私は得意でな。アイザックは酷いものだったが」
アイザックさんは「確かに」と笑っている。
「なら、なおさら描いて保存するべきよ。植物園のこともあるし……」
そこまで言うと、アルフレッドさんとアイザックさんは「植物園?」と聞くではないか。どうやらあの一件を知らなかったらしい。
「こういった時のために必要だと思うわ。植物だけでなく生き物、そして人の生活も、色のついた絵と説明で後世に残すことは重要よ」
すると、アルフレッドさんは悲しそうな顔で口を開いた。
「私も絵を描きたいのだが、今では材料を調達するのが難しい。この絵は動物などから作った、ニカワと呼ばれるものを使っている。その動物の数も減り、育てる者も少なくなった」
まさかここで『膠』の言葉を聞くとは思ってもみなかった。あの繊細な絵は膠を使っていることから、日本画に近いのだろう。
「そのニカワに混ぜる色の素はあるのかしら? だとしたら代用品はあるわ。ただ探さなければいけないし、絵の見た目も違うものになってしまうけど……」
色の素はあるとのことだ。要するに日本画から油絵にタッチが変わってしまうのだが、その説明が上手く出来ない。しかしそんな説明をするまでもなく、テックノン王国勢はこれからのことについて大騒ぎだ。
そんな中、お料理を作っていたお母様たちが皿を手に持ち乱入して来た。
「さぁさぁ! 三人で作った料理を早く食べて!」
どの国でも女性は強い。その言葉でその場は静まり、皆でいそいそと食事をしたのだった。
私たちの姿を確認したソファに座らされていた兵士たちは、疲れきった表情で私たちの周りに集まり「警護ということにしてください……」と、小声で懇願された。よほど気を遣っていたのだろう……。
宮殿よりはシンプルな部屋ではあるが、それでも庶民の生活とはかけ離れている。ぐるりと室内を見回すと、壁にアイザックさんと奥様と思われる方の肖像画が飾られていた。
思えば、この世界で絵画らしきものは見たことがない。スイレンや私が描いた設計図くらいしか絵を見ないのだ。
「さあ皆さん座ってください。オリビアー! おーい!」
アイザックさんが叫ぶと、後ろに張り付いている兵士が「元王妃様です」と説明をしてくれた。
そしてマリアさんも騒ぎ出した。
「もしかして、オリビアさん料理を作っているの? 手伝わなきゃ!」
確かに言われてみると、辺りには良い香りが漂っている。マリアさんが騒ぐとお母様も賛同し、二人は厨房へと向かった。
自分で言うことではないが、私たちは一応客人として呼ばれた側である。とはいえ、二人を止める間もなく走って行ってしまったので後の祭りだ。
皆は椅子に腰かけ始めたが、私はまだ肖像画を見ているとアイザックさんに声をかけられた。
「私たちの若い頃です。もっと近くで見ても良いですよ」
そう言ったアイザックさんは私を抱っこしてくれた。細身の、しかも元国王の割に力があるようだ。だがしかし、お父様が「心配だ!」と騒ぎ始め、結局お父様に肩車をしてもらっている。
「すごい……」
自分の語彙力の無さに情けなくなるが、離れて見ると気付かなかったが、近くで見るとかなり繊細な絵なのが分かった。
「アルフレッド兄さんが、私たちの結婚のお祝いに描いてくれたんです」
「「え!?」」
まさかの作者を知り、私とお父様は驚いた。ニコライさんも普段はああだが様々な発明をしているように、その父であるアルフレッドさんも多才なようだ。
ふとアルフレッドさんを見ると、少し照れているのか赤面している。
「初めてこれを見た人は驚くのですが、ここまで熱心に見てくれたのはカレン姫が初めてです」
私とお父様はここでようやく椅子に座ったが、私は姫と呼ばなくても良いと伝えた。というか、私たちのことはそのまま名前で呼んで欲しいとお父様も言う。
「分かりました、モクレンさん、カレンちゃん。で、そんなに気になった理由があるのですか?」
「いえ、ただこういった絵を見たことがなかったので……」
この世界では、とは言わなかった。
「ずっと疑問だったんです。生産量は少ないとはいえ、紙があるのにそれをほとんど使わない。持ち運びも保存も紙のほうが楽なのに、石に掘るという面倒なことをする。例えば、ああいった絵に残すという方法もあるのに。あの絵は紙ではなく板に描いていますが……」
そこまで言うと、アイザックさんは大声で笑いながら拍手を始めた。
「素晴らしい! こういった話をしたかったんだ!」
私はずっと照れていたが、拍手を続けていたアイザックさんは話を続けた。
「この国、いや、おそらくこの世界は大昔に大規模な火事があったのだと思います。理由は『紙や板や布は燃えてしまう。石を使え』との言葉が伝わっており、代々の王がそれを守り続けているからです。そして周辺国は、この国よりも古い歴史の場所はありません」
「ということは、そんなに大昔から紙の製法技術があったのかしら?」
この疑問にも、アイザックさんは嬉しそうに答えてくれた。
「ニコライが吹っ飛ばしてしまった、あの石碑の話は聞いていますよね。おそらくこの国の南には別の国があり、私たちはその国から数々の知識や技術を教わっていたはずです」
青くなっているニコライさんを放置し、全員がざわめき立つ。私たちは砂しかないことを知っているし、兵たちはそんな国の存在など今まで聞いたことがないと騒ぐ。
「これは憶測でしかないですが、その南にあった国は火災などで滅んだのではないでしょうか? そう考えれば焼けてしまうものではなく、焼けない石に文字を残す意味も分かります。そしてあの宮殿もかなり古いものですが、当時の人がどうやって作ったのかも解明されていません」
言われてみれば、あんなに精巧な造りの宮殿を建てた技術は他に活かされていない。もしかしたら、アイザックさんの憶測は当たっているのではないだろうか?
ざわめきが無言に変わり、皆真剣に考え事をしているとアルフレッドさんが口を開いた。
「この国の王家に生まれると、嗜みのために絵を描くことを習うんだが私は得意でな。アイザックは酷いものだったが」
アイザックさんは「確かに」と笑っている。
「なら、なおさら描いて保存するべきよ。植物園のこともあるし……」
そこまで言うと、アルフレッドさんとアイザックさんは「植物園?」と聞くではないか。どうやらあの一件を知らなかったらしい。
「こういった時のために必要だと思うわ。植物だけでなく生き物、そして人の生活も、色のついた絵と説明で後世に残すことは重要よ」
すると、アルフレッドさんは悲しそうな顔で口を開いた。
「私も絵を描きたいのだが、今では材料を調達するのが難しい。この絵は動物などから作った、ニカワと呼ばれるものを使っている。その動物の数も減り、育てる者も少なくなった」
まさかここで『膠』の言葉を聞くとは思ってもみなかった。あの繊細な絵は膠を使っていることから、日本画に近いのだろう。
「そのニカワに混ぜる色の素はあるのかしら? だとしたら代用品はあるわ。ただ探さなければいけないし、絵の見た目も違うものになってしまうけど……」
色の素はあるとのことだ。要するに日本画から油絵にタッチが変わってしまうのだが、その説明が上手く出来ない。しかしそんな説明をするまでもなく、テックノン王国勢はこれからのことについて大騒ぎだ。
そんな中、お料理を作っていたお母様たちが皿を手に持ち乱入して来た。
「さぁさぁ! 三人で作った料理を早く食べて!」
どの国でも女性は強い。その言葉でその場は静まり、皆でいそいそと食事をしたのだった。
41
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる