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 泣き笑いで息も出来ないほどの私たちだったが、本気で泣きそうなニコライさんに無理やり外に出された。

「もう! ひいじい様たちが引退するまで、私はここには来ません」

 そう宣言するニコライさんに、アルフレッドさんも笑いながら言葉を返した。

「マリアが許さないだろうな」

 二人のやり取りに、マークさんが「ニコライ様のお母様です」と説明をしてくれる。

「母様はどこです? 早く挨拶をしてアイザック叔父様の家に向かいましょう」

「工房にいる」

「どの工房です?」

 二人のやり取りを聞いていたが、『どの』と聞くくらいこの敷地には工房があるようだ。

 先を歩くアルフレッドさんについて敷地の奥へと進む。すると聞き覚えのある音が聞こえてきて、私とスイレンは顔を見合わせそちらに走った。

「やっぱり川があるわ!」
「あ! 水車! 小さくてカワイイね!」

 ヒーズル王国の水車よりも小さく、私たちがはしゃいでいるとアルフレッドさんが驚いた表情をしながら走って来た。

「これが何かを知っているのか?」

「うん! 僕たちもっと大きい水車を作ったから!」

 スイレンは自慢気に答えたが、アルフレッドさんは「嘘だろう……」と、驚愕の表情でニコライさんに聞いている。ニコライさんたちは私たちの国の水車をまだ見ていないが、私とスイレンのことを小さな発明家だと説明していた。

「と……とりあえず中へ入ろう」

 まだ動揺しているアルフレッドさんだが、扉を開けて建物の中に招いてくれた。
 中はガタン……ゴトン……と一定のリズムで気持ちの良い音が鳴り響いており、何かを作っている最中らしい。

「アルフレッド? それともニコライ? 今手が離せないから、少し待ってー!」

 奥の方からハキハキとした声が聞こえた。おそらくこの声の持ち主が、ニコライさんのお母様なのだろう。心なしかニコライさんの表情は明るくなり、嬉しそうな雰囲気を漂わせている。

 少し待っていると、奥からパタパタと走って来た女性は私たちを見て「あらま!」と驚いている。

「もう~お客様が来るなら言ってよ~」

「さっき伝えたはずだが?」

 寡黙なアルフレッドさんとニコライさんのお母様のやり取りは、タデ夫妻に少し似ている。

「初めまして! ニコライの母のマリアです! 皆さん山の民ですよね!?」

 人懐っこい笑顔のマリアさんはそう言ったが、ニコライさんが「噂の人たちですよ」と言うと、「森の……」まで叫んだところで、アルフレッドさんに口を塞がれた。

「モクレンだ。私は本当にニコライと出会えて嬉しい。そのニコライを産んでくれたマリアに会えてとても嬉しい」

 本気で嬉しそうなお父様とマリアさんは握手を交わしたが、初対面のお母様とは数年ぶりに会った友人かのように、抱き合って「キャー!」と盛り上がっている。
 普段のニコライさんも見ているので間違いない。マリアさんは天然確定である。

 順番に自己紹介をし、最後に私とスイレンの番になったが「カレンちゃんとスイレンくんね?」と、笑顔で確認された。

「いつも話を聞いていて、ずっと皆さんに会いたかったのよ」

「母様が喜んでくれて良かったです」

 マリアさんとニコライさんは笑顔で頷きあっているが、ニコライさんが笑った顔はマリアさんに似ているな……と、ぼんやりと思っていると、マリアさんが真顔で私の前にしゃがんだ。

「カレンちゃん! あなたもどうせ……ニコライに求婚されているんでしょう? 無視していいわ。もっとまともな男を選びなさい!」

 突然の息子下げに私たちはまた爆笑だ。そしてそういう忠告をする辺り、お母様よりも天然度合いは低いようだ。ちなみにニコライさんは本気でショックを受けた顔をしている。

 和やかな雰囲気で散々笑い合ったあとに質問をしてみた。

「ここで何を作っているの?」

 一瞬動きを止めたマリアさんは、ニコライさんやアルフレッドさんの顔色をうかがう。するとアルフレッドさんが「私が連れて来たということは大丈夫だ」と、マリアさんの肩に手を置いた。

「ここで紙を作っているんですよ。一応秘密です」

 マリアさんがそう答えると、私以外の皆は驚き声を発していたが、私だけは首をひねった。外では水車が回っていたのだ。美樹は紙漉きをしたことがあるが、水車は必要ないはずだ。

「奥へどうぞ」

 そう案内されぞろぞろと奥へ向かったが、一番騒いだのは私だった。

「ウソ!? え!? 本当に!?」

 皆は分かっていない。水車の力で叩き潰されているものはまだ原型を留めていたため、美樹の、いや日本人の常識には当てはまらないものなのだ。

「カレンちゃんは説明しなくても分かってくれたようね。本当に賢い子だわ」

 マリアさんは皆のために説明を始めた。ここは元々は普通の倉庫として使っていた建物らしい。

 この近くに紙を作る職人がおり、その人は子どももいなく自身も高齢となり、紙を作る技術を失くしてはいけないとテスラ商店に今後のことについて相談に来たそうだ。
 だがニコライさんのひいおじい様たちは同じような年齢で、ニコライさんのお祖父様たちも忙しそうだ。そこでマリアさんに声をかけたらしいのだ。

「ニコライも他の国へ行ったりと忙しいし、アルフレッドも店のためにたくさん仕事をしてくれるし、私が引き受けようと思ったの」

 そうしてすぐに弟子入りしたそうなのだが、運悪くすぐに水車が壊れたそうなのだ。
 水車は周囲から見えないように囲いで覆われていて、おそらく流れて来た何かが引っかかり、何十年、下手をしたら何百年と動いて来たであろう水車は軸ごと壊れ下流に流されたそうだ。
 アルフレッドさんたちが見つけた時にはバラバラに近い状態だったそうだ。

「こういう仕組みのものを見たことがなかったから、修復に時間がかかってしまって……そのうちに職人が亡くなってしまったの」

 植物園もそうだったがこの国の国民性なのか、はたまた職人の意地なのか、大事なことを周囲に言わないのでこのような悲劇が起こるのだろう。

 その後、水車の修復と同時に必要なものをこの場所に移し今に至るらしいのだ。

「私も弟子入りするまで、あんなに高価な紙の原料がこれだとは思わなかったわ」

 そうなのだ。驚くのはその原料だ。元々は植物であるその原料は衣服なのだ。美樹も布から紙を作る国があるのは知ってはいたが、見るのは初めてだ。

「でもほとんど技術を学ぶ前に職人が亡くなってしまったから、まだ手探りで上手くいかないの」

 初めてニコライさんが紙を見せてくれた時に『粗悪』と思ったことを恥じた。
 誰かの当たり前は、他の誰かの当たり前ではないのだ。失くしてはいけないものを必死に後世に残そうとしていることを知らず、日本の紙と比較してしまったことを後悔した。

「生意気なことを言いますが、布は白か薄い色のものだけで作ったほうが良いかと……」

 若干天然さんなマリアさんは、色物も関係なく使っていた。

「あと私たちはこの水車の巨大なものも作っているので、何かあったら修復を手伝います。もちろん水に強い木材を使ってますよね?」

 一応聞いてみると、アルフレッドさんが狼狽えている。余っていた木材で修復したらしい。

「すぐには壊れないとは思いますが、耐水性の木材を使わないと長持ちしませんよ」

 どうやらこの国の人は、木材の種類についてあまり詳しくないらしい。
 いつでも相談にのると話していると、痺れを切らしたアイザックさんが迎えに来たのだった。
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