上 下
344 / 366

初めてのテックノン王国

しおりを挟む
 黒王に取り付けていた荷車を外し、何かの時のためにと保管していた、移民たちが乗っていた客車を取り付け、着替え終わった私たちはそれに乗り込んだ。
 じいやは松風に乗り換え、先に松風が運んで来た荷物を納品してから、戻って来て黒王が運んで来た荷物を納品するという。

 ニコライさんは一人でバにまたがって来たようだが、鞍があってもお尻ペンペンをされて、痛みの引かないお尻でバに乗るのは辛いだろう。
 ……あの日の股の事件を思い出してしまった。

「では皆さん出発しますよ」

 黒王の背中には誰も乗っておらず御者もいないが、元々ニコライさんの乗っているバと仲が良かったのか、バ同士で挨拶を交わすと、黒王はニコライさんについて行く。
 その私たちの後ろを、じいやが松風に乗ってついて来る。

 客車の中は遠足気分の者、やる気があり過ぎる者、バとのいがみ合いから解放され寝てしまう者と、いつも通りのカオス具合になっている。

「……ん?」

 最初に反応したのはお父様だった。今日は少し暑い日だったので客車の窓を開けていたのだが、先日のようにまた何かが臭うのだ。
 スイレンでさえも「くさい……」とつぶやき、その臭いでオヒシバも目を覚ました。

「皆さーん! そろそろですよー!」

 前方から、元気なニコライさんの声が聞こえる。臭いと文句を言うことが出来るはずもなく、私たちは眉間にシワをよせたまま国境を超えた。

「ベンジャミン様とはここでお別れですね。少し降りてみませんか?」

 そう言ってニコライさんが客車の扉を開いた。ひとまず降りようという空気になり、私たちはテックノン王国の土地に降り立った。
 広い範囲に渡って広がる草原は、風によって波のように揺れている。その風向きによって、あの臭いが強まったり弱まったりするのだ。

「……ニコライさん、この臭いは何……?」

 思わず問いかけると、ニコライさんは目を丸くして驚いている。

「分かるのですか? ……いや、私たちの鼻が麻痺してしまっているのでしょう……。詳しくは王が話されると思いますので、少し我慢をしてこちらへどうぞ」

 ニコライさんに促されるまま歩を進めると、また風向きが変わったのかほとんど臭いを感じなくなった。
 やや距離を歩いて気付いたが、ここは丘……というより高台だったようだ。

「これがテックノン王国です!」

 斜め前方にはかなり大きな城下町が見え、それよりも高い場所となる、今立っているここと同じ高さくらいの場所に立派な石造りの城が見えた。
 あの場所にルーカス王がいると説明されたので、城というよりは宮殿に近いのだろう。
 ちなみにだが、城は戦いの際に敵に攻め込まれないように防御力を高く設計して建てたもので、宮殿は王が住む建物のことを指す。
 造りを見ると、かなりの範囲を高い塀が囲ってあり、城と宮殿を合わせた感じだ。

「モクレン……お前たちの住居を直さねば……」

 国王の住居である宮殿を見たタデは度肝を抜かれ、私たちのささやかな家では王として示しがつかないと言う。

「いや、私たちはあの住居を気に入っているぞ? それよりもニコライ。なぜこんなにも見通しが悪いのだ?」

 そうなのだ。私も気になったのだが、天気も良いのにそんなに遠くないはずの城下町が、山中いるのかと思うほどにガスがかかったように白く見えるのだ。
 そして城下町以外の場所は草木もまばらで、川らしきものが見えるが、遠くを確認しようにも先が見えない。

「やっぱり気になります? では城に向かいましょうか」

 ニコライさんは苦笑いでそう言うと、客車に戻るように促した。
 戻りながらじいやを確認すると、半分死んだような目で「行ってらっしゃいませ」と手を振っている。じいやはほぼ毎日この臭いに耐えていたらしい。
 そのじいやと話していた人が振り返った。

「ようこそお越しくださいました」
「ニコライ様がまたしても迷惑をおかけして、大変申し訳ございません!」

 同時に話し始めたことに笑ってしまったが、二人はサイモン大臣とマークさんだった。どうやら到着が遅いことを心配して迎えに来てくれたらしい。
 だがニコライさんは二人の姿を見て震えている。お尻ペンペンを思い出しているのだろう。

「お久しぶりです!」

 私が先陣を切って挨拶をすると、お二人は歓迎の言葉よりも謝罪の言葉ばかり口にしていた。
 私たちの一人ずつに頭を下げ謝罪の言葉を言い、次の人に向き合うまでのほんのわずかな時間にニコライさんを睨みつけ、その度にニコライさんは震え上がっていた。

「ではルーカス王もお待ちです。参りましょう」

 私たちよりも小さな客車にマークさんが乗って先頭を行き、ニコライさんは私たちの後方に配置した。サイモン大臣は私たちの客車に乗り込み、塀の中の案内をすると言う。
 この草原もバ車の通った道が出来ており、そこを通りながら「ここがニコライ様が爆破に失敗した場所です」などと案内をしてくれ、客車の中は大いに盛り上がった。

 一部の爆破失敗箇所からはチョロチョロと水が流れ、塀の中へと向かっている。その高い塀をくぐり抜けると驚いた。建物の数が思っていた以上にあるのだ。
 城で働く者たちは、家族と共にこの場所に住んでいるらしい。

「急きょこの塀の中に住む者たちにだけ、ヒーズル王国の存在を明かすことにいたしました。リーンウン国から来たと言っても、入って来る門が違いますし、それを見た者が変な誤解をしても困りますから」

 ため息まじりのサイモン大臣だが、昨日までは城で働く者は、家族にすらヒーズル王国の存在の口外を禁じていたと言う。
 一晩で全員にお触れを出すのは、それはもう相当に大変だったことだろう。ニコライさんへの怒りもため息も、とても気持ちが分かる。

 私たちの客車に気付いた者たちが通りに出て来て、口々に歓迎の言葉を言い、子どもたちは手を振ってくれる。
 私たちも手を振り返し、ゆっくりと宮殿へと向かったのだった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...