343 / 366
お尻ペンペン
しおりを挟む
朝が来てしまった。お父様の話を聞いたお母様も、まさかウキウキするとは思ってもいなかった。私だけがため息を吐き続けている。
ルーカス王に会えるのは純粋に嬉しい。ただあまりにも急だったため、髪や肌のお手入れどころではなかったし、心の準備もできていないのだ……。たった一夜ではどうにもならないこともある。
「モクレン、そろそろ行くぞ」
まだ朝食も食べていないというのに、タデが迎えに来たようだ。
昨夜お父様の話を聞いたタデは、ニコライさんとの約束を果たすか家庭をとるかで悩んでいたが、ハコベさんに「数日くらい行ってきたら良いでしょう」と正論を言われ、行くことを決意したようだ。
だがニコライさんはタデが行くことを知らない。それどころか、なぜか皆が盛り上がり、独身代表としてオヒシバが行くことも知らない。
さらに言うならば、じいやは納品の管理のためにヒーズル王国に残るのだ。この先、不安しかない。
私だけが食事が喉を通らない状態だったが、なんとか朝食を済ませ、荷車の上の木箱に腰かけた。
お父様とお母様は「旅だ!」とはしゃいでいるし、スイレンはブツブツと「学べること……」とつぶやいている。
タデはハコベさんに発破をかけられ、やる気が溢れすぎている状態だし、オヒシバは黒王と松風から尻尾攻撃を食らい睨み合っている。
あぁ……本当に不安しかないわ……。
────
「もうすぐ着きますぞ」
納品係兼お見送りのじいやの声で、ハッと我にかえった。もう移民の町に到着してしまうようだ。
「モクレン様ー! カレン嬢ー!」
ニコライさんの元気な声も聞こえ、今は開きっぱなしの門をため息まじりにくぐり抜けた。
「突然だが、私とこのオヒシバも同行させてもらう」
誰よりも先に荷車から降りたタデが、張り切ってニコライさんに宣言している。突然の申し出はニコライさんの方なのに……そう思いながら私も荷車から降りると、前方にいたニコライさんは「分かりました!」と、声は元気なのだが様子がおかしいのだ。
いや、常日頃から様子がおかしい人ではあるが、涙目で両手でお尻を押さえている。
「……ニコライさん? どうしたの?」
あまりにも不思議な光景に声をかけると、ニコライさんは「聞いてくださいよー!」とまくし立てる。
「昨日ちょっとここにお邪魔しただけなのに、ルーカス王にもサイモン大臣にも怒られてしまったんですよ! あんなに怒られたのは久しぶりだったんですが、一番怖いマークが怒ったんです!」
はて? マークさんに怖い印象を持ったことはない。
「マークが『また勝手なことをしてー!』とか『どれだけ心配したと思ってるんですかー!』と怒鳴りながら、マークの体力が尽きるまでお尻をペンペンと叩かれたんです! 子どもの頃からマークにたまに怒られていましたが、マークのお尻ペンペンは、誰よりも容赦がないんです!」
思わず笑ってしまった。自業自得ではあるが、この年齢でお尻ペンペンをされる人もなかなかいないだろう。
その話を聞いて豪快に笑っていたお父様だったが、ニコライさんに問いかけた。
「一応聞くが、そんなニコライがここにいるということは、テックノン王国へ行っても良いのだな?」
「もちろんです! ルーカス王にも急すぎると怒られましたが、招待したのなら丁重にもてなすようにと言われています!」
お尻を押さえたままピョンピョンと飛び跳ねるニコライさんだが、「ですが」と続けた。
「城の者たちなどはこの国の存在を知っていますが、城下町の人たちには秘密の国ですからね。あ、城下町もご案内しようと思っているんですよ」
その言葉を聞いたスイレンは、「文化や風習」とブツブツとつぶやきながらも目を輝かせている。
なぜかルーカス王に良い感情を持っていないようだが、テックノン王国へと行き、ブルーノさんに言われたことを学ぼうとやる気が出ているらしい。
「それでですね、その服装では色々と不都合がありますので、こちらに着替えてください。服の寸法が分からなかったので、複数持って来て良かったです」
そう言って笑いながらタデとオヒシバに話しかけているが、ニコライさんの荷物から出てきたものは見覚えのある服だった。
「これ……リーンウン国の服?」
「さすがカレン嬢です!」
クジャたちが着ているものよりも質素な、女中たちや兵士たちが着ていた普段着がそこにあった。
「皆さんの見た目は、リーンウン国の皆さんに似ていますからね。この国の存在を知らない者たちには、リーンウン国から来たということにします。こんなこともあろうかと、リーンウン国から仕入れておいて良かったです。クジャク嬢には『お前のためじゃない、カレンたちのためにじゃ!』としつこく言われましたがね」
テヘヘとニコライさんは笑うが、友人であるクジャとはあの時以来会っていない。もう少しこの国が落ち着いたなら、次はリーンウン国との国境作りだ。
「ではでは! 皆さん着替えましょう! ペーターさんのお宅を、着替えの場所として貸していただけることになりましたから」
ニコライさんがそう言うと、ちょうどペーターさんの声が聞こえた。
「おーい、まだか?」
「……え!?」
門へと向かって来たペーターさんだが、なぜか普段着ではなく、マークさんのような執事風の格好をしている。
「私も遊びに……いや、見学に行くことになった。カレンちゃんたちが来る前に、この服を持って来てもらった」
ここにもウッキウキの遠足気分の人がいる。自由人となったペーターさんを止めることは、もはや誰にもできないのだ。
改めてテックノン王国行きのメンバーを確認し、あまりの不安さから久しぶりに白目をむいたのは言うまでもない。
ルーカス王に会えるのは純粋に嬉しい。ただあまりにも急だったため、髪や肌のお手入れどころではなかったし、心の準備もできていないのだ……。たった一夜ではどうにもならないこともある。
「モクレン、そろそろ行くぞ」
まだ朝食も食べていないというのに、タデが迎えに来たようだ。
昨夜お父様の話を聞いたタデは、ニコライさんとの約束を果たすか家庭をとるかで悩んでいたが、ハコベさんに「数日くらい行ってきたら良いでしょう」と正論を言われ、行くことを決意したようだ。
だがニコライさんはタデが行くことを知らない。それどころか、なぜか皆が盛り上がり、独身代表としてオヒシバが行くことも知らない。
さらに言うならば、じいやは納品の管理のためにヒーズル王国に残るのだ。この先、不安しかない。
私だけが食事が喉を通らない状態だったが、なんとか朝食を済ませ、荷車の上の木箱に腰かけた。
お父様とお母様は「旅だ!」とはしゃいでいるし、スイレンはブツブツと「学べること……」とつぶやいている。
タデはハコベさんに発破をかけられ、やる気が溢れすぎている状態だし、オヒシバは黒王と松風から尻尾攻撃を食らい睨み合っている。
あぁ……本当に不安しかないわ……。
────
「もうすぐ着きますぞ」
納品係兼お見送りのじいやの声で、ハッと我にかえった。もう移民の町に到着してしまうようだ。
「モクレン様ー! カレン嬢ー!」
ニコライさんの元気な声も聞こえ、今は開きっぱなしの門をため息まじりにくぐり抜けた。
「突然だが、私とこのオヒシバも同行させてもらう」
誰よりも先に荷車から降りたタデが、張り切ってニコライさんに宣言している。突然の申し出はニコライさんの方なのに……そう思いながら私も荷車から降りると、前方にいたニコライさんは「分かりました!」と、声は元気なのだが様子がおかしいのだ。
いや、常日頃から様子がおかしい人ではあるが、涙目で両手でお尻を押さえている。
「……ニコライさん? どうしたの?」
あまりにも不思議な光景に声をかけると、ニコライさんは「聞いてくださいよー!」とまくし立てる。
「昨日ちょっとここにお邪魔しただけなのに、ルーカス王にもサイモン大臣にも怒られてしまったんですよ! あんなに怒られたのは久しぶりだったんですが、一番怖いマークが怒ったんです!」
はて? マークさんに怖い印象を持ったことはない。
「マークが『また勝手なことをしてー!』とか『どれだけ心配したと思ってるんですかー!』と怒鳴りながら、マークの体力が尽きるまでお尻をペンペンと叩かれたんです! 子どもの頃からマークにたまに怒られていましたが、マークのお尻ペンペンは、誰よりも容赦がないんです!」
思わず笑ってしまった。自業自得ではあるが、この年齢でお尻ペンペンをされる人もなかなかいないだろう。
その話を聞いて豪快に笑っていたお父様だったが、ニコライさんに問いかけた。
「一応聞くが、そんなニコライがここにいるということは、テックノン王国へ行っても良いのだな?」
「もちろんです! ルーカス王にも急すぎると怒られましたが、招待したのなら丁重にもてなすようにと言われています!」
お尻を押さえたままピョンピョンと飛び跳ねるニコライさんだが、「ですが」と続けた。
「城の者たちなどはこの国の存在を知っていますが、城下町の人たちには秘密の国ですからね。あ、城下町もご案内しようと思っているんですよ」
その言葉を聞いたスイレンは、「文化や風習」とブツブツとつぶやきながらも目を輝かせている。
なぜかルーカス王に良い感情を持っていないようだが、テックノン王国へと行き、ブルーノさんに言われたことを学ぼうとやる気が出ているらしい。
「それでですね、その服装では色々と不都合がありますので、こちらに着替えてください。服の寸法が分からなかったので、複数持って来て良かったです」
そう言って笑いながらタデとオヒシバに話しかけているが、ニコライさんの荷物から出てきたものは見覚えのある服だった。
「これ……リーンウン国の服?」
「さすがカレン嬢です!」
クジャたちが着ているものよりも質素な、女中たちや兵士たちが着ていた普段着がそこにあった。
「皆さんの見た目は、リーンウン国の皆さんに似ていますからね。この国の存在を知らない者たちには、リーンウン国から来たということにします。こんなこともあろうかと、リーンウン国から仕入れておいて良かったです。クジャク嬢には『お前のためじゃない、カレンたちのためにじゃ!』としつこく言われましたがね」
テヘヘとニコライさんは笑うが、友人であるクジャとはあの時以来会っていない。もう少しこの国が落ち着いたなら、次はリーンウン国との国境作りだ。
「ではでは! 皆さん着替えましょう! ペーターさんのお宅を、着替えの場所として貸していただけることになりましたから」
ニコライさんがそう言うと、ちょうどペーターさんの声が聞こえた。
「おーい、まだか?」
「……え!?」
門へと向かって来たペーターさんだが、なぜか普段着ではなく、マークさんのような執事風の格好をしている。
「私も遊びに……いや、見学に行くことになった。カレンちゃんたちが来る前に、この服を持って来てもらった」
ここにもウッキウキの遠足気分の人がいる。自由人となったペーターさんを止めることは、もはや誰にもできないのだ。
改めてテックノン王国行きのメンバーを確認し、あまりの不安さから久しぶりに白目をむいたのは言うまでもない。
11
お気に入りに追加
1,950
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!
ハルノ
ファンタジー
過労死した主人公が、異世界に飛ばされてしまいました
。ここは天国か、地獄か。メイド長・ジェミニが丁寧にもてなしてくれたけれども、どうも味覚に違いがあるようです。異世界に飛ばされたとわかり、屋敷の主、領主の元でこの世界のマナーを学びます。
令嬢はお菓子作りを趣味とすると知り、キッチンを借りた女性。元々好きだった料理のスキルを活用して、ジェミニも領主も、料理のおいしさに目覚めました。
そのスキルを生かしたいと、いろいろなことがあってから騎士団の料理係に就職。
ひとり暮らしではなかなか作ることのなかった料理も、大人数の料理を作ることと、満足そうに食べる青年たちの姿に生きがいを感じる日々を送る話。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」を使用しています。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
恩恵沢山の奴隷紋を良かれと思ってクランの紋章にしていた俺は、突然仲間に追放されました
まったりー
ファンタジー
7つ星PTに昇格したばかりのPTで、サポート役をしていた主人公リケイルは、ある日PTリーダーであったアモスにクランに所属する全員を奴隷にしていたと告げられてしまいます。
当たらずとも遠からずな宣告をされ、説明もさせてもらえないままに追放されました。
クランの紋章として使っていた奴隷紋は、ステータスアップなどの恩恵がある以外奴隷としての扱いの出来ない物で、主人公は分かって貰えずショックを受けてしまい、仲間はもういらないと他のダンジョン都市で奴隷を買い、自分流のダンジョン探索をして暮らすお話です。
前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!
yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。
だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。
創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。
そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。
異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜
藤*鳳
ファンタジー
楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...??
神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!!
冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる