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宴の準備
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「お母様! ハコベさん! ナズナさん!」
全力で走り、息を切らしながら涙目で広場に到着した。広場には人が集まっているが……どういうわけか緊張感のカケラもなく皆で談笑をしている。
「あらカレン。どこに行っていたの?」
お母様は焦るわけでもなく、昨夜家出をした私に極々普通に話しかけてきた。
「どこって……そそそ、そんなことよりもお湯を沸かさないと! あと布も……」
軽くパニックになりながらそう言うと、お母様の天然砲が炸裂した。
「もう夕食の準備? 気が早いわよ」
そう言って周りの者たちとコロコロと笑っているが、どうにもおかしい。いつも以上に会話が噛み合っていない気がする。
「夕食じゃないわよ。産湯を沸かさないの? 準備はしておいたほうが良いんじゃない……?」
「うぶゆ……?」
そうつぶやき小首を傾げるお母様だが、周囲の者たちもまた不思議そうな顔をしている。
私もまた呆然としながら、産湯についての説明をした。
「そんなことをしたら溺れてしまうわ。……でもあっても良いかもしれないわね」
お母様は呑気にそう言い、普段住居に住んでいる老人たちは「湯を沸かす」と、まるでイベントを楽しむかのように住居へと向かった。
呆気にとられながらその背中を見送った私だが、ハッと我にかえって口を開いた。
「そうだわ! ハコベさんとナズナさんはどうしているの!? 誰か側にいるの? ここには病院はないし、まさか自宅出産なの? 出産なんて大変なのに……」
自分でも驚くほど早口でまくし立てると、違う意味で驚かれた。元いた世界では、病気でもないのに病院に行くのかと大人たちに逆に聞かれたのだ。
確かに森の民は森の中でずっと暮らしており、病院などもなかったと聞く。
やはり会話が噛み合っていないと思い、お母様に詳しく聞くことにした。
「……ということよ」
「……へぇぇぇ……」
以前、産まれた赤ん坊は手の平サイズということを聞いた。それだけ小さいということは、私が想像するよりもかなり負担のない出産らしい。
ただ、地味に続く腹痛……これも、前世で出産経験者から聞いた陣痛よりもかなり痛みは少ないようだが、お母様たちから聞くところによるとこれが堪えるらしいのだ。けれど半数以上の出産経験者は、終わってみると悪阻のほうがツラいらしい。
「お腹が痛み出したのなら、朝までには産まれるわ」
どうやら難産というのも、この世界では極めて稀なものらしい。産婆もおらず自力で産むという行為は日本人の感覚では不安を覚えるが、周囲の大人たちの顔を見ればそこまで心配はしなくて良さそうだ。
「遠出の狩りの途中で産気づいたら、木の上で産むくらいよ。そんなに心配はいらないわ」
お母様はそう笑うが、なかなかのパワーワードに絶句してしまった。
「……そういえばタデとヒイラギは?」
今一番大変な思いをしているのは出産間近のハコベさんとナズナさんだが、その旦那様たちはどうしているのかと思い、お母様に問いかけた。
すると、子どもが産まれることはとても喜ばしいことなので、今夜は国民総出で宴になると言われた。父親となる者が宴の準備をする習わしらしい。二人は宴の準備のため、あれこれと動いているらしい。
ちなみに本来であればもっと質素な宴を開き、森の中で獣や木の実などの森の恵みをいただくが、今回は森に獣はいないので、コッコや畑の野菜に頼るらしい。
「モクレンたちにも報せを送っているから、誰よりも早く戻って来ると思うわ」
そう言ってお母様が嬉しそうに笑っていると、辺りは騒然とし始めた。
「うちも産気づいたぞ!」
「なんだって!? ……うちもだ!」
偶然なのであろうが、あちらこちらで連鎖反応のように陣痛が始まったようだ。
新米パパたちが宴の準備をするということだが、大型の獣がいないこの国で、コッコの肉だけで宴を開催するとなればコッコがいなくなってしまう。
というよりも、想定外のことで皆がパニック状態になり始めている。
「みんな落ち着いて! どうせ宴になるのなら、みんなで準備をすればいいわ! お母様、出産経験者を集めて、何かがあっても大丈夫なようにここを任せるわ。とにかく何か料理を作り始めて。私は川に魚を獲りに行ってくるわ!」
私のこの号令により、民たちに少し落ち着きが戻った。お母様も女性たちに声をかけて人を集め、広場で料理の準備を始めた。
そしていくつかのグループに分かれ、ある者は森へ山菜などを採りに行ったり、またある者は畑に収穫に向かったりする中、私たちはポニーとロバに荷車を取り付け樽を積んで川へと向かった。
川へと到着するとすぐに川をせき止め、クレソンをたくさん摘み、魚を樽に放り込んでいく。今は魚の大きさにこだわっていられないので、文字通り手当り次第だ。
ワーワーと騒ぎながら魚を捕まえていたせいか炭焼小屋からヒゲシバが現れ、出産ラッシュが始まったことを伝えると大変驚いていたが、炭焼きが終わらないのでここに残ると言うではないか。一人でこの場で祝うと言ったのだ。
炭焼きを任せている以上、それはそれで仕方のないことなので、私たちはある程度の魚をヒゲシバに渡し、急いで帰路についた。
全力で走り、息を切らしながら涙目で広場に到着した。広場には人が集まっているが……どういうわけか緊張感のカケラもなく皆で談笑をしている。
「あらカレン。どこに行っていたの?」
お母様は焦るわけでもなく、昨夜家出をした私に極々普通に話しかけてきた。
「どこって……そそそ、そんなことよりもお湯を沸かさないと! あと布も……」
軽くパニックになりながらそう言うと、お母様の天然砲が炸裂した。
「もう夕食の準備? 気が早いわよ」
そう言って周りの者たちとコロコロと笑っているが、どうにもおかしい。いつも以上に会話が噛み合っていない気がする。
「夕食じゃないわよ。産湯を沸かさないの? 準備はしておいたほうが良いんじゃない……?」
「うぶゆ……?」
そうつぶやき小首を傾げるお母様だが、周囲の者たちもまた不思議そうな顔をしている。
私もまた呆然としながら、産湯についての説明をした。
「そんなことをしたら溺れてしまうわ。……でもあっても良いかもしれないわね」
お母様は呑気にそう言い、普段住居に住んでいる老人たちは「湯を沸かす」と、まるでイベントを楽しむかのように住居へと向かった。
呆気にとられながらその背中を見送った私だが、ハッと我にかえって口を開いた。
「そうだわ! ハコベさんとナズナさんはどうしているの!? 誰か側にいるの? ここには病院はないし、まさか自宅出産なの? 出産なんて大変なのに……」
自分でも驚くほど早口でまくし立てると、違う意味で驚かれた。元いた世界では、病気でもないのに病院に行くのかと大人たちに逆に聞かれたのだ。
確かに森の民は森の中でずっと暮らしており、病院などもなかったと聞く。
やはり会話が噛み合っていないと思い、お母様に詳しく聞くことにした。
「……ということよ」
「……へぇぇぇ……」
以前、産まれた赤ん坊は手の平サイズということを聞いた。それだけ小さいということは、私が想像するよりもかなり負担のない出産らしい。
ただ、地味に続く腹痛……これも、前世で出産経験者から聞いた陣痛よりもかなり痛みは少ないようだが、お母様たちから聞くところによるとこれが堪えるらしいのだ。けれど半数以上の出産経験者は、終わってみると悪阻のほうがツラいらしい。
「お腹が痛み出したのなら、朝までには産まれるわ」
どうやら難産というのも、この世界では極めて稀なものらしい。産婆もおらず自力で産むという行為は日本人の感覚では不安を覚えるが、周囲の大人たちの顔を見ればそこまで心配はしなくて良さそうだ。
「遠出の狩りの途中で産気づいたら、木の上で産むくらいよ。そんなに心配はいらないわ」
お母様はそう笑うが、なかなかのパワーワードに絶句してしまった。
「……そういえばタデとヒイラギは?」
今一番大変な思いをしているのは出産間近のハコベさんとナズナさんだが、その旦那様たちはどうしているのかと思い、お母様に問いかけた。
すると、子どもが産まれることはとても喜ばしいことなので、今夜は国民総出で宴になると言われた。父親となる者が宴の準備をする習わしらしい。二人は宴の準備のため、あれこれと動いているらしい。
ちなみに本来であればもっと質素な宴を開き、森の中で獣や木の実などの森の恵みをいただくが、今回は森に獣はいないので、コッコや畑の野菜に頼るらしい。
「モクレンたちにも報せを送っているから、誰よりも早く戻って来ると思うわ」
そう言ってお母様が嬉しそうに笑っていると、辺りは騒然とし始めた。
「うちも産気づいたぞ!」
「なんだって!? ……うちもだ!」
偶然なのであろうが、あちらこちらで連鎖反応のように陣痛が始まったようだ。
新米パパたちが宴の準備をするということだが、大型の獣がいないこの国で、コッコの肉だけで宴を開催するとなればコッコがいなくなってしまう。
というよりも、想定外のことで皆がパニック状態になり始めている。
「みんな落ち着いて! どうせ宴になるのなら、みんなで準備をすればいいわ! お母様、出産経験者を集めて、何かがあっても大丈夫なようにここを任せるわ。とにかく何か料理を作り始めて。私は川に魚を獲りに行ってくるわ!」
私のこの号令により、民たちに少し落ち着きが戻った。お母様も女性たちに声をかけて人を集め、広場で料理の準備を始めた。
そしていくつかのグループに分かれ、ある者は森へ山菜などを採りに行ったり、またある者は畑に収穫に向かったりする中、私たちはポニーとロバに荷車を取り付け樽を積んで川へと向かった。
川へと到着するとすぐに川をせき止め、クレソンをたくさん摘み、魚を樽に放り込んでいく。今は魚の大きさにこだわっていられないので、文字通り手当り次第だ。
ワーワーと騒ぎながら魚を捕まえていたせいか炭焼小屋からヒゲシバが現れ、出産ラッシュが始まったことを伝えると大変驚いていたが、炭焼きが終わらないのでここに残ると言うではないか。一人でこの場で祝うと言ったのだ。
炭焼きを任せている以上、それはそれで仕方のないことなので、私たちはある程度の魚をヒゲシバに渡し、急いで帰路についた。
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