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デリカシー

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 ブルーノさんたちはトーチを見つめたまま動かない。どうしようかと思っているうちに、木材や食材、テックノン王国へと納品するものが届いた。
 黒王と松風のおかげで、今までよりも短時間で行き来できることに感動してしまう。

「えぇと……このまま食事の用意をしましょう!」

 勢いで叫ぶと、ようやくブルーノさんたちが動いた。とは言っても、首がこちらに向いただけで口はまだ開いている。トーチに興味がありすぎるのだろう。

「……分かったわ。これを使って料理をしましょう。簡単な汁物でいいわね?」

 そう問いかければ、ブルーノさんたちは揃って首を縦に振る。その様子が面白い。

「水を汲んで来るから、申し訳ないのだけれどポニーたちに草を与えてもらって良いかしら? これはこのままにしていても大丈夫よ」

 半壊している監視小屋に走り、鍋を持って水場へ向かう。横目でブルーノさんたちを確認すると、黒王の荷車から牧草を降ろしてくれている。
 この場所は工事の影響か、クローバーの絨毯がまばらになってしまっているのだ。食欲旺盛なポニーたちや黒王たちのために、新鮮な草を運んでもらったのだ。

「……あら?」

 セノーテへの天然の岩石の階段を降り、生き物がいないかと観察をすると、水中の岩の陰などに小さな生き物を発見した。
 ただその生物はエビのようだが体が白く、他にも小魚のような生き物もいたが、体が白かったり目を確認できなかったりした。地球にも洞窟魚などがいる。光のないこの空間で長い年月を生きてきた証だろう。

 この突如現れたセノーテには感謝するが、食欲が湧かない生き物を捕らえようとは思わず、水だけを汲んだ。
 そこにヒゲシバと共に、ブルーノさんが鍋を持って加勢に来てくれた。この小さな生き物たちを紹介すると、ヒゲシバは未知の生物を怖がり、ブルーノさんは興味津々といった様子だ。

「ブルーノさん、また後でゆっくり観察しましょう。お料理を作らなきゃ」

「あ、あぁ……そうだね」

 名残惜しそうにしながらも、ブルーノさんはすぐに動いてくれた。

 鍋を持って戻って来ると、トーチの数が増えていた。ペーターさんが作ってみたらしい。おかげ様で三つの鍋を同時に調理が出来る。
 トーチの上に直接鍋を置くと、私以外の皆は火が消えないことに興奮している。消えないどころか、鍋を包み込むように炎が上がっているトーチもあるのだが。

 豪快な汁物と、火力が強すぎるがために、焦げめの野菜炒めを作ったところでお父様たちを呼びに走った。
 手作りのテーブルと椅子を並べ、簡単ではあるが料理を置いていくとお父様に問いかけられた。

「全てカレンたちが作ったのか?」

 お父様はこの簡易のテーブルと椅子が気になるらしい。

「えぇ。釘を一本も使わずにね」

 得意気に答えると、辺りに感嘆の声が漏れる中、お父様は余計なことは言わず「さすが私の娘だ」と言い、頭をポンポンされた。
 それに便乗するように、ペーターさんはトーチの説明を熱く語り始め、最後に「カレンちゃんに聞いたんだがな」と締めくくり辺りは笑いに包まれた。

 食事を終えると、セノーテの水や大地を極力汚さないように湿らせた布で鍋などを拭いていると、目につくものが落ちている。……バ糞だ。

「……たくさんね。エルザさん、アニーさん。私、バ糞を集めるわ。二人にはここを任せるわね」

 二人の返事も聞かず、近くにあったスコップを手にしバ糞へと駆け寄る。スコップですくい上げ、バ糞置き場へと運ぶことを繰り返していると、名前を呼ばれた。

「カレンちゃん」

「……なぁに? ……ああっ!!」

 一番大きな、黒王のバ糞を持ち上げた時だったのだ。何も考えず体ごと振り返ると、スコップからバ糞がこぼれ落ち、急に軽くなったスコップに慌てバランスを崩した。
 けれど私はスイレンよりもバランス感覚が優れている。自分を過信した私は無理に体勢を整えようとし……さらにバランスを崩したのだ……。

「……うわぁぁぁん!!」

 普段泣かない私の泣き声に、全員が、バたちすら集まって来てしまった……。

「どうしたカレン!? ……じい! 見ろ! 子どもの頃を思い出すな!」

「えぇ。木の実を採取に行く時に『獣が怖い!』と泣き叫び、ベーアの糞を体中に擦りつけておりましたね。見事に獣は寄って来ませんでしたな」

 二人はそう言って笑っているが、空気を読んだ他の者たちはなんとも言えない表情で、私とお父様たちを交互に見ている。
 ……そうだ。私はバランスを崩し、バ糞に尻もちをついたのだ。

「うわぁぁぁん! お父様もじいやも嫌いよ!」

「なぜだ!?」
「なぜです!?」

 お父様とじいやは地面にめり込みそうなほどに意気消沈しているが、その場の全員が二人に構わず、私に「帰るべきだ」と言ってくれた。
 ヒゲシバがテキパキとポニーとロバに荷車を取り付け、エビネが私の手を引いて荷車へ誘導してくれた。
 荷台にうつ伏せで寝転がると、何も悪くない黒王と松風は、少し離れた場所から悲しげな瞳でこちらを見ていた。

「さぁ戻りましょう」

 ヒゲシバのその言葉でポニーとロバは歩き出し、おいおいと泣く約二名以外、誰もが無言で私たちを見送ってくれた……。

────

 完全に不貞腐れ、荷台に突っ伏していた私だが、周囲の空気や音から広場に着いたのだと気付いた。

「あれ? ヒゲシバ? エビネ?」

 スイレンの声にピクリと反応はしたが、不貞腐れている私は突っ伏したまま動かずにいると、ヒゲシバとエビネの焦ったような気配を感じ、そしてスイレンの足音が近付いて来た。

「どうしたの? 何かあった……あ! カレン! うんち漏らしたの!?」

 そのスイレンの大声に、人が集まって来てしまった……。

「……うわぁぁぁん! スイレンも嫌いよ!」

「なんで!? 誰だって失敗はあるよ! 気にしたらダメだよ!」

 私はスイレンに謎の励ましを受け、集まって来た人たちに漏らしたと思われ、人生で一番傷ついた日となったのだった……。
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