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ニコライさんの出生

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 セノーテへと落ちた岩盤は奇跡的に階段状に折り重なり、天然の階段を作ってくれていた。
 お父様も飛び込もうとしたが、もちろん全員でそれを阻止していると、じいやが甲羅を外しながら天然の階段を登って来た。

「湧き水のようにまろやかで、とても美味い水でした。それにしても冷えますなぁ」

 じいやはそう言いながら、甲羅を日当たりの良い地面に置き、「私の体も乾かします」と甲羅の上に腰掛けた。あのじいやが冷えると言うことは、川の水よりもよほど冷たい水なのだろう。

「いきなり飛び込むなんて危ないですよ!」

 やんややんやと騒ぐニコライさんだが、肝心なことをまだ聞いていない。口を開こうとすると、ルーカス王が先に口を開いた。

「ニコライはね、前王、私の父の兄の子なんだよ」

 いつものように「え!?」などと言えないまま透き通るような声にときめいていると、その場の全員がルーカス王に注目する。ルーカス王もまた、ごく自然に話し続ける。

「私たちの国は、王が元気なうちに代替わりをするんだ。もちろんニコライの父親が王になると思われていたのだが……」

 ルーカス王が続けた説明はこうだ。

 ニコライさんの父親はしょっちゅう城を抜け出し、なおかつ放浪癖まであったそうだ。まるでどこかの紫色の目をした黒髪のお姫様のようで、その顔を思い浮かべてしまう。

 そろそろ代替わりを……という慌ただしさの中、ニコライさんの父親が結婚をすると言い始めたらしい。即位と結婚という祝い事の話で城内は持ち切りとなり、その準備を進めていた時に事件は起こったらしい。

「ニコライの父親はね、前代未聞のことを言ったんだ……」

 若干疲れた表情をしたルーカス王に対して、ニコライさんは楽しそうに笑っている。

 なんとニコライさんの父親は「結婚をするとは言ったが、王になるつもりはない」と言い、王位を放棄して婿入りすると騒いだらしい。
 ニコライさんの母親は家族で小さな商店を営んでおり、その母親の家族は恋人がいることも知らず寝耳に水だったことから、愛し合う二人の暴走に城内と城下町は大騒ぎとなったらしいのだ。

「結局二人の結婚を認める形となり、私の父が王となったんだ。……ニコライは父親譲りの自由さと、母親譲りの愛嬌と人懐っこい性格が遺伝してあぁなってしまって……あぁ見えて、人より優れている部分もあるのだが……」

 苦笑いのルーカス王に気付いていないのか、ニコライさんは「そんなに褒めないでください」と照れている。
 そんなニコライさんを、テックノン王国側の全員が溜め息を吐きながら見つめていた。

 ニコライさんの生家である小さな『テスラ商店』は、若い夫婦の力であれよあれよと言う間に『テスラ総合商社』となったらしい。
 けれどそれは城で働いていた人たちや、マークさんたちが近隣に移り住み、徹底的にサポートしたおかげでもあるらしい。

「ニコライの父と私の父の兄弟仲は良くてね。私たち従兄弟同士はしょっちゅう会い、まるで兄弟のように育ったんだ。けれど子どもの頃から年上のニコライを兄とは思えなくてね……」

 苦笑いのルーカス王の言葉に、私たちヒーズル王国民は「あー……」と頷いて納得し、それを見たテックノン王国民はそうだろうと言いたげにうんうんと何回も頷いていた。

「長年、兄の話を聞き続けていた私の父が、ついに我慢が出来なくなってね。予定よりも何年も早くに『王を辞める!』と言い出してしまってね。急に私が王になることになったんだ」

 ルーカス王のお祖父様である前々王は城で静かに隠居生活をしているそうだが、前王は城の者たちを巻き込みつつ城下町に移り住み、自由を謳歌して生き生きとしているらしい。
 ルーカス王もなかなか苦労をしているようだ。

「さて、ニコライ」

「なんですか?」

 ここでルーカス王の表情が変わった。最初に馬車から降りた時のような、少し苛立った表情でニコライさんを見つめる。

「私が聞いた国境の位置と違うのだが?」

「そうでした! ですが水が噴き出し大変だったんですよ! なので位置をずらしました。あ、報告を忘れていましたね」

 ふふふ、とニコライさんは笑うが、ルーカス王の表情はさらに険しくなっていく。

「そのおかげで新しく水場が出来たのは評価しよう。だがこの国境の入り口となった辺りには、代々王にしか伝わらないものがあったんだが」

 ニッコリと微笑むルーカス王は目が笑っていないし、ニコライさんはだんだんと青ざめていく。

「あの岩肌には、初代王が彫ったと言われる文字が刻まれていたんだ。……相当風化が進んでいたから、紙と石版に写しはとってあるが」

 その言葉を聞いたニコライさんは、安心したようにホッと息を漏らした。

「分かりやすく燭台などもあったはずなのだが?」

「……誰かのいたずらかと思い、特に気にせず爆破をしました……」

「本来なら死刑なのだが……さてどうしようか」

 また青ざめるニコライさんと、あまりにも楽しそうに微笑むルーカス王を見て、私は大声を張り上げた。

「待って! 死刑はやり過ぎよ! そもそも私が爆破と言い出したのだから、ニコライさんだけのせいじゃないわ! 死刑はやめて!」

 私の叫び声を聞いたルーカス王はこちらを向き、そして眩い笑顔でこう言った。

「はい。カレン姫の仰せのままに」

 呆気にとられていると、ルーカス王は驚くべきことを話し始めた。

「初代王の言葉はこうです。『もし、この地より南からの来訪者が現れた時は、誠心誠意敬いなさい。私たちは……』と、ここで文字は消えてしまっているのですが、途中に『あまり存在を知られないように』とも書かれていました」

 お父様たちと顔を見合わせ、私たちは困惑してしまった。

「だが私たちは元々シャイアーク国から来たのだが」

 お父様が口を開くとルーカス王は微笑んだ。

「関係ありません。私たちは初代王の言葉に従うまでです。それに個人的な話になりますが、シャイアーク王が森の民の皆さんにした仕打ちは許せません」

 そう言い、いろんな疑問が頭をよぎったり困惑する私たちを気にするでもなく「首と胴が離れずに良かったな」と、震えるニコライさんに話しかけていたのだった。
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