317 / 366
ニコライさんの出生
しおりを挟む
セノーテへと落ちた岩盤は奇跡的に階段状に折り重なり、天然の階段を作ってくれていた。
お父様も飛び込もうとしたが、もちろん全員でそれを阻止していると、じいやが甲羅を外しながら天然の階段を登って来た。
「湧き水のようにまろやかで、とても美味い水でした。それにしても冷えますなぁ」
じいやはそう言いながら、甲羅を日当たりの良い地面に置き、「私の体も乾かします」と甲羅の上に腰掛けた。あのじいやが冷えると言うことは、川の水よりもよほど冷たい水なのだろう。
「いきなり飛び込むなんて危ないですよ!」
やんややんやと騒ぐニコライさんだが、肝心なことをまだ聞いていない。口を開こうとすると、ルーカス王が先に口を開いた。
「ニコライはね、前王、私の父の兄の子なんだよ」
いつものように「え!?」などと言えないまま透き通るような声にときめいていると、その場の全員がルーカス王に注目する。ルーカス王もまた、ごく自然に話し続ける。
「私たちの国は、王が元気なうちに代替わりをするんだ。もちろんニコライの父親が王になると思われていたのだが……」
ルーカス王が続けた説明はこうだ。
ニコライさんの父親はしょっちゅう城を抜け出し、なおかつ放浪癖まであったそうだ。まるでどこかの紫色の目をした黒髪のお姫様のようで、その顔を思い浮かべてしまう。
そろそろ代替わりを……という慌ただしさの中、ニコライさんの父親が結婚をすると言い始めたらしい。即位と結婚という祝い事の話で城内は持ち切りとなり、その準備を進めていた時に事件は起こったらしい。
「ニコライの父親はね、前代未聞のことを言ったんだ……」
若干疲れた表情をしたルーカス王に対して、ニコライさんは楽しそうに笑っている。
なんとニコライさんの父親は「結婚をするとは言ったが、王になるつもりはない」と言い、王位を放棄して婿入りすると騒いだらしい。
ニコライさんの母親は家族で小さな商店を営んでおり、その母親の家族は恋人がいることも知らず寝耳に水だったことから、愛し合う二人の暴走に城内と城下町は大騒ぎとなったらしいのだ。
「結局二人の結婚を認める形となり、私の父が王となったんだ。……ニコライは父親譲りの自由さと、母親譲りの愛嬌と人懐っこい性格が遺伝してあぁなってしまって……あぁ見えて、人より優れている部分もあるのだが……」
苦笑いのルーカス王に気付いていないのか、ニコライさんは「そんなに褒めないでください」と照れている。
そんなニコライさんを、テックノン王国側の全員が溜め息を吐きながら見つめていた。
ニコライさんの生家である小さな『テスラ商店』は、若い夫婦の力であれよあれよと言う間に『テスラ総合商社』となったらしい。
けれどそれは城で働いていた人たちや、マークさんたちが近隣に移り住み、徹底的にサポートしたおかげでもあるらしい。
「ニコライの父と私の父の兄弟仲は良くてね。私たち従兄弟同士はしょっちゅう会い、まるで兄弟のように育ったんだ。けれど子どもの頃から年上のニコライを兄とは思えなくてね……」
苦笑いのルーカス王の言葉に、私たちヒーズル王国民は「あー……」と頷いて納得し、それを見たテックノン王国民はそうだろうと言いたげにうんうんと何回も頷いていた。
「長年、兄の話を聞き続けていた私の父が、ついに我慢が出来なくなってね。予定よりも何年も早くに『王を辞める!』と言い出してしまってね。急に私が王になることになったんだ」
ルーカス王のお祖父様である前々王は城で静かに隠居生活をしているそうだが、前王は城の者たちを巻き込みつつ城下町に移り住み、自由を謳歌して生き生きとしているらしい。
ルーカス王もなかなか苦労をしているようだ。
「さて、ニコライ」
「なんですか?」
ここでルーカス王の表情が変わった。最初に馬車から降りた時のような、少し苛立った表情でニコライさんを見つめる。
「私が聞いた国境の位置と違うのだが?」
「そうでした! ですが水が噴き出し大変だったんですよ! なので位置をずらしました。あ、報告を忘れていましたね」
ふふふ、とニコライさんは笑うが、ルーカス王の表情はさらに険しくなっていく。
「そのおかげで新しく水場が出来たのは評価しよう。だがこの国境の入り口となった辺りには、代々王にしか伝わらないものがあったんだが」
ニッコリと微笑むルーカス王は目が笑っていないし、ニコライさんはだんだんと青ざめていく。
「あの岩肌には、初代王が彫ったと言われる文字が刻まれていたんだ。……相当風化が進んでいたから、紙と石版に写しはとってあるが」
その言葉を聞いたニコライさんは、安心したようにホッと息を漏らした。
「分かりやすく燭台などもあったはずなのだが?」
「……誰かのいたずらかと思い、特に気にせず爆破をしました……」
「本来なら死刑なのだが……さてどうしようか」
また青ざめるニコライさんと、あまりにも楽しそうに微笑むルーカス王を見て、私は大声を張り上げた。
「待って! 死刑はやり過ぎよ! そもそも私が爆破と言い出したのだから、ニコライさんだけのせいじゃないわ! 死刑はやめて!」
私の叫び声を聞いたルーカス王はこちらを向き、そして眩い笑顔でこう言った。
「はい。カレン姫の仰せのままに」
呆気にとられていると、ルーカス王は驚くべきことを話し始めた。
「初代王の言葉はこうです。『もし、この地より南からの来訪者が現れた時は、誠心誠意敬いなさい。私たちは……』と、ここで文字は消えてしまっているのですが、途中に『あまり存在を知られないように』とも書かれていました」
お父様たちと顔を見合わせ、私たちは困惑してしまった。
「だが私たちは元々シャイアーク国から来たのだが」
お父様が口を開くとルーカス王は微笑んだ。
「関係ありません。私たちは初代王の言葉に従うまでです。それに個人的な話になりますが、シャイアーク王が森の民の皆さんにした仕打ちは許せません」
そう言い、いろんな疑問が頭をよぎったり困惑する私たちを気にするでもなく「首と胴が離れずに良かったな」と、震えるニコライさんに話しかけていたのだった。
お父様も飛び込もうとしたが、もちろん全員でそれを阻止していると、じいやが甲羅を外しながら天然の階段を登って来た。
「湧き水のようにまろやかで、とても美味い水でした。それにしても冷えますなぁ」
じいやはそう言いながら、甲羅を日当たりの良い地面に置き、「私の体も乾かします」と甲羅の上に腰掛けた。あのじいやが冷えると言うことは、川の水よりもよほど冷たい水なのだろう。
「いきなり飛び込むなんて危ないですよ!」
やんややんやと騒ぐニコライさんだが、肝心なことをまだ聞いていない。口を開こうとすると、ルーカス王が先に口を開いた。
「ニコライはね、前王、私の父の兄の子なんだよ」
いつものように「え!?」などと言えないまま透き通るような声にときめいていると、その場の全員がルーカス王に注目する。ルーカス王もまた、ごく自然に話し続ける。
「私たちの国は、王が元気なうちに代替わりをするんだ。もちろんニコライの父親が王になると思われていたのだが……」
ルーカス王が続けた説明はこうだ。
ニコライさんの父親はしょっちゅう城を抜け出し、なおかつ放浪癖まであったそうだ。まるでどこかの紫色の目をした黒髪のお姫様のようで、その顔を思い浮かべてしまう。
そろそろ代替わりを……という慌ただしさの中、ニコライさんの父親が結婚をすると言い始めたらしい。即位と結婚という祝い事の話で城内は持ち切りとなり、その準備を進めていた時に事件は起こったらしい。
「ニコライの父親はね、前代未聞のことを言ったんだ……」
若干疲れた表情をしたルーカス王に対して、ニコライさんは楽しそうに笑っている。
なんとニコライさんの父親は「結婚をするとは言ったが、王になるつもりはない」と言い、王位を放棄して婿入りすると騒いだらしい。
ニコライさんの母親は家族で小さな商店を営んでおり、その母親の家族は恋人がいることも知らず寝耳に水だったことから、愛し合う二人の暴走に城内と城下町は大騒ぎとなったらしいのだ。
「結局二人の結婚を認める形となり、私の父が王となったんだ。……ニコライは父親譲りの自由さと、母親譲りの愛嬌と人懐っこい性格が遺伝してあぁなってしまって……あぁ見えて、人より優れている部分もあるのだが……」
苦笑いのルーカス王に気付いていないのか、ニコライさんは「そんなに褒めないでください」と照れている。
そんなニコライさんを、テックノン王国側の全員が溜め息を吐きながら見つめていた。
ニコライさんの生家である小さな『テスラ商店』は、若い夫婦の力であれよあれよと言う間に『テスラ総合商社』となったらしい。
けれどそれは城で働いていた人たちや、マークさんたちが近隣に移り住み、徹底的にサポートしたおかげでもあるらしい。
「ニコライの父と私の父の兄弟仲は良くてね。私たち従兄弟同士はしょっちゅう会い、まるで兄弟のように育ったんだ。けれど子どもの頃から年上のニコライを兄とは思えなくてね……」
苦笑いのルーカス王の言葉に、私たちヒーズル王国民は「あー……」と頷いて納得し、それを見たテックノン王国民はそうだろうと言いたげにうんうんと何回も頷いていた。
「長年、兄の話を聞き続けていた私の父が、ついに我慢が出来なくなってね。予定よりも何年も早くに『王を辞める!』と言い出してしまってね。急に私が王になることになったんだ」
ルーカス王のお祖父様である前々王は城で静かに隠居生活をしているそうだが、前王は城の者たちを巻き込みつつ城下町に移り住み、自由を謳歌して生き生きとしているらしい。
ルーカス王もなかなか苦労をしているようだ。
「さて、ニコライ」
「なんですか?」
ここでルーカス王の表情が変わった。最初に馬車から降りた時のような、少し苛立った表情でニコライさんを見つめる。
「私が聞いた国境の位置と違うのだが?」
「そうでした! ですが水が噴き出し大変だったんですよ! なので位置をずらしました。あ、報告を忘れていましたね」
ふふふ、とニコライさんは笑うが、ルーカス王の表情はさらに険しくなっていく。
「そのおかげで新しく水場が出来たのは評価しよう。だがこの国境の入り口となった辺りには、代々王にしか伝わらないものがあったんだが」
ニッコリと微笑むルーカス王は目が笑っていないし、ニコライさんはだんだんと青ざめていく。
「あの岩肌には、初代王が彫ったと言われる文字が刻まれていたんだ。……相当風化が進んでいたから、紙と石版に写しはとってあるが」
その言葉を聞いたニコライさんは、安心したようにホッと息を漏らした。
「分かりやすく燭台などもあったはずなのだが?」
「……誰かのいたずらかと思い、特に気にせず爆破をしました……」
「本来なら死刑なのだが……さてどうしようか」
また青ざめるニコライさんと、あまりにも楽しそうに微笑むルーカス王を見て、私は大声を張り上げた。
「待って! 死刑はやり過ぎよ! そもそも私が爆破と言い出したのだから、ニコライさんだけのせいじゃないわ! 死刑はやめて!」
私の叫び声を聞いたルーカス王はこちらを向き、そして眩い笑顔でこう言った。
「はい。カレン姫の仰せのままに」
呆気にとられていると、ルーカス王は驚くべきことを話し始めた。
「初代王の言葉はこうです。『もし、この地より南からの来訪者が現れた時は、誠心誠意敬いなさい。私たちは……』と、ここで文字は消えてしまっているのですが、途中に『あまり存在を知られないように』とも書かれていました」
お父様たちと顔を見合わせ、私たちは困惑してしまった。
「だが私たちは元々シャイアーク国から来たのだが」
お父様が口を開くとルーカス王は微笑んだ。
「関係ありません。私たちは初代王の言葉に従うまでです。それに個人的な話になりますが、シャイアーク王が森の民の皆さんにした仕打ちは許せません」
そう言い、いろんな疑問が頭をよぎったり困惑する私たちを気にするでもなく「首と胴が離れずに良かったな」と、震えるニコライさんに話しかけていたのだった。
11
お気に入りに追加
1,950
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。
長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍2巻発売中ですのでよろしくお願いします。
女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。
お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。
のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。
ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。
拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。
中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。
旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる