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カレンはお疲れ

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「………………」

 現在私は広場の地面にうつ伏せに倒れている。正確には動けない状態だ。その原因はもちろんお父様だ。

『は、は、は、は、は、……!』

『そうか! 楽しいか!』

 あまりのスピードに『速い』と言いたかった私は、揺れと恐怖で上手く言えずに『は』を連発していた。それをどう勘違いしたのか、私が喜んで笑っていると思ったお父様はたっぷりと恐怖を堪能させてくれた。
 森へと向かう真っ直ぐの道ですらそのスピードに恐怖を覚えたのに、森へと入ると立派な大木の枝から枝へと猿のように飛び回った。
 この時ばかりは植物の成長の早いこの土地を恨んだ……。

「……ということだ。皆で行こう」

 お父様は明日開通式があることを、お母様とスイレンとじいやに説明をしている。
 ちなみにスイレンは、真っ青になって倒れている私の首などに濡れた布を置いてくれている。こんなに優しい弟がいる私は幸せ者だ。

「でも着飾るって言っても……」

「今こそアレを使おう」

 困ったようなお母様の言葉に、お父様はウキウキとした様子で返答をしている。そのまま自宅へと入って行ったお父様の後ろを、お母様とじいやも追いかけている。
 あの巨大な岩を投げ、ここまでノンストップで走って、さらに森で生き生きと飛び回って来たのに、なぜお父様はあんなに元気なのだろう……。
 そんなことを考えながら突っ伏していると、お母様だけが外へと出て来た。

「カレン、スイレン。ハコベたちの住居へ行って、浴室を借りて来なさい。後で食事を持って私も行くから」

 今日の分の着替えを持って来てくれたようだ。スイレンがそれを受け取り、私に声をかける。

「カレン大丈夫? 背負おうか?」

「……しばらくは誰にも背負われたくないわ……」

 気合いと根性で起き上がったが、まだ目の前がグルグルと回る。スイレンの片腕にしがみつき、どうにかハコベさんたちの住居へと向かった。

────

「……それでタデたちは現場に残ったの。ごめんなさい」

「何を謝るの?」

「そうよ。しっかりと作業をするなんて素晴らしいことだわ」

 タデとヒイラギを現場に残して来たことを、体調が良さそうな奥様たちに伝えると、二人はとても誇らしげにしている。
 その流れで浴室を借りたいと話すと、なんと一番風呂に入れと言う。

「そんな……私もスイレンも汚れているのに……」

「だからよ。それだけ民たちのために作業をしたということでしょう? 私たちは作業をしていないもの。さぁどうぞ早く」

 ハコベさんにそう言われてしまえば、入らないわけにもいかずスイレンと共に浴室へと案内された。
 異性とはいえ、常に一緒に過ごしてきたスイレンと風呂に入ることには抵抗がない。気恥ずかしさはあるが。
 そもそもスイレンが性的なことに全く興味の欠片もない上に、辺りは日が暮れほとんど暗いので、こちらが気にするだけ無駄なのだ。

 やはりと言うか当然と言うべきか、私もそれなりに肉体労働をし、トドメにお父様ジェットコースターに乗ったせいか、湯船に浸かると疲れが取れるどころか一気に疲労感と倦怠感に襲われる。
 何度も湯船で眠りそうになりながら、スイレンに「寝ちゃダメだよ!」と頬をペチペチと叩かれ、どうにかこうにか風呂から上がった。

「二人ともこっちに」

 真っ暗な室内の中、暖炉に火が焚べられ優しい光が揺らめいている。ナーの油の簡易ランプにも火が灯され、食事用の小さなテーブルに置かれている。
 そのテーブルには料理が並んでいた。

「さぁ二人とも食べて」

「え……でも後でお母様が食事を持って来るって……」

「もう暗いし、いつ来るか分からないでしょう? お腹も空いているでしょう?」

 ハコベさんとナズナさんとスイレンがやり取りをしているが、私は座ったままうつらうつらとし始めている。

「ほら、姫。まだ眠ったら駄目よ。ちゃんと食べて」

「……固形物は無理……」

 突然ハコベさんに肩を揺すられ、半目の状態でなんとか答えると、汁物やモリノイモをすりおろしたものが目の前に置かれる。

「これを食べたら、このままここに寝ていいから」

 ナズナさんも笑いながらそう言い、なんとか私に食べさせようとする。とにかく眠りにつきたい私は姫、いや、女子らしからぬスピードでそれを平らげた。

「おやすみ……なさい……」

「もう~! カレンったら! だらしないよ!」

 倒れるようにその場に寝転がると、スイレンの小言と同時にお母様の声が聞こえて来た。

「遅くなってごめんなさい。え? 食事まで出してくれたの?」

 美樹もご近所さんの家で寝てしまい、お母さんが迎えに来るとこんな会話をしていたな……などと懐かしく思いながら、私は夢の中に落ちて行った。

 ただ、意識がなくなる寸前に「モクレンとじいやったら、熱い湯ではなくて水を浴びると水車に向かったのよ」と笑うお母様も、やはり只者ではないと思ったのだった……。
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