297 / 364
壺
しおりを挟む
昨夜は引っ越し作業を終えた後、いつもの広場で揃って夕食を食べた。けれど今日からは、住居に住む者たちが各々食事を作って食べることが多くなるだろう。
新居の台所付近には、地下室への扉がある。暑い日にはその扉を開ければ、屋上に取り付けられた採風塔から風が入り、天然のエアコンとなる。つまり地下室は涼しいのだ。
今までは常温で保管していた野菜や果実も、その地下室へ入れておけば冷えたものを食べられるのだ。
「これも運びましょう。あぁそれも一緒に」
木箱に野菜や果実を詰め、さらに暖炉用の薪や、料理にも使えるようにと炭もまとめる。
ヒゲシバの作る炭は上質で、叩くと備長炭を思わせる金属音のような音が聞こえるのだ。これは売ったら高値になること間違いなしだろう。
「じゃあタデ、お父様とじいやをよろしく」
スイレンはタデにそう声をかけている。残り僅かな浄化設備の作業を三人に任せ、スイレンは新たな住居を建てるために人を引き連れ、先に住居の方へと向かった。
タデの家への食材などの配達は、私やイチビたちでやることにした。ヒイラギも作業があるからだ。
「みんなありがとう」
「助かるよ」
ハコベさんとナズナさんは、イチビたちに声をかけ労っている。
「任せてください」
イチビたちも笑顔で荷物を運んでいる。二人の家に荷物を運んだら、次はおババさんたちご老人のシェアハウスへと荷物を運ぶのだ。
────
「ありがとう。ここまで運んでくれたなら、もう大丈夫よ。おババさんたちの方をお願いするわ」
玄関まで荷物を運んでもらったハコベさんは、イチビたちに優しく微笑んで声をかけた。荷物も小分けにしているので、ハコベさんやナズナさんでも難なく運べるだろう。
けれど私は今、場違いなのを自覚するほどに猛烈にウズウズとしている。
「二人にお願いがあるの」
「「え?」」
不思議そうな顔をした姉妹はハモったが、私のお願いを聞いてくれた。
────
「ふっふっふ……ようやくコレを使える日が来たわ!」
ハコベさんとナズナさんの家の裏に持って来たのは、休日に子どもたちと共に作った焼き物の数々だ。
「「壺?」」
ハコベさんとナズナさんは、小首を傾げながらそう言う。けれどただの壺ではない。手作り感満載の、不格好な素焼きの壺だ。
「えぇ、紛れもなく壺よ。この大きな壺に小さな壺を入れて……」
ぶつけて割らないように注意しながら、壺の中に壺を入れる。そして二つの壺の間には、そこら中にある砂を詰める。
上部までみっちりと砂を詰めたところで、わたしはハッとした。
「……重い……」
私の小さな体には、砂が入った分その重さが辛い。
「三人で運べば……」
「ダメよ!」
私の様子を見ていたハコベさんが、苦笑いで言いかけたのを遮った。
「タデに絶対に『ハコベに重いものを運ばせるなんて!』と怒られてしまうわ。ヒイラギもきっとそう!」
その言葉を聞いた二人は「タデに似ている」と笑っている。いや、笑っている場合ではないのだ。この壺を早く台所へ運びたいのだ。
「どうしました? 何かお困りごとですか?」
ここでかゆいところに手が届く男、イチビが現れた。
「私たちの住居にも食材を運ぼうと思っていたのですが、三人の姿が見えましたので」
他の三人はおババさんたちの手伝いをしているが、一足先にイチビが住居に一人で食材を運ぼうとし、玄関ではなく台所脇にある裏口から入れてしまおうと来たところ、私たちを見つけたらしい。
「イチビ、この壺を中まで運んでもらっても良いかしら?」
困り顔でそう言えば、イチビは「お任せください」と軽々と壺を持ってくれた。
指定した場所に壺を置いてもらい、砂の部分に水を入れていく。火事になるのが心配で、飲み水ではない消火用の水を、全住居のかまどの近くに置いてもらったので、そこから水を使わせてもらった。
その作業を見ていた全員から何をしているのか問いかけられた。
「冷蔵庫よ……えぇと、何と言ったら良いかしら……? 中に入れたものを冷やす装置ね」
笑顔で振り向けば、全員が驚きの表情をしている。
「これは乾燥した土地で有効なものなのよ……多分」
美樹の家には年季の入った冷蔵庫があったが、ある日図書館で読んだ本に、この電気を使わない冷蔵庫が書かれていた。
当然興味が湧いて、自宅の庭の片隅に置かれていた植木鉢で試してみたが、見事に失敗したのを思い出す。
「私の前世の国は湿気が多くて、ほとんど冷えなかったの」
外側の壺の表面から砂に含ませた水が蒸発すると、気化熱によって中の壺の中が冷やされることを説明すると感嘆の声が漏れた。
「だから乾燥している場所で、なおかつ空気の通り道に置くと良いのだけれど、今日はそのお試しも兼ねているの。もちろん地下に置いたものも冷えるから、みんなもいろいろ試してみて後で教えてちょうだい」
そう言うと、イチビは自分たちの家にも置きたいと言い出した。
その前にナズナさん宅の分を作り、ハコベさん宅とは少し違う場所にイチビに置いてもらった。どの場所に空気の通り道があるのかまだ把握しきれていないからだ。
作業を終えたイチビは、後は自分でやりますと壺を探しに物置に向かった。
今までは、せいぜい水に入れるくらいしか冷やす方法が無かっただけに、この実験が成功すれば民たちはもっと食べる幸せを得ることが出来るわね!
新居の台所付近には、地下室への扉がある。暑い日にはその扉を開ければ、屋上に取り付けられた採風塔から風が入り、天然のエアコンとなる。つまり地下室は涼しいのだ。
今までは常温で保管していた野菜や果実も、その地下室へ入れておけば冷えたものを食べられるのだ。
「これも運びましょう。あぁそれも一緒に」
木箱に野菜や果実を詰め、さらに暖炉用の薪や、料理にも使えるようにと炭もまとめる。
ヒゲシバの作る炭は上質で、叩くと備長炭を思わせる金属音のような音が聞こえるのだ。これは売ったら高値になること間違いなしだろう。
「じゃあタデ、お父様とじいやをよろしく」
スイレンはタデにそう声をかけている。残り僅かな浄化設備の作業を三人に任せ、スイレンは新たな住居を建てるために人を引き連れ、先に住居の方へと向かった。
タデの家への食材などの配達は、私やイチビたちでやることにした。ヒイラギも作業があるからだ。
「みんなありがとう」
「助かるよ」
ハコベさんとナズナさんは、イチビたちに声をかけ労っている。
「任せてください」
イチビたちも笑顔で荷物を運んでいる。二人の家に荷物を運んだら、次はおババさんたちご老人のシェアハウスへと荷物を運ぶのだ。
────
「ありがとう。ここまで運んでくれたなら、もう大丈夫よ。おババさんたちの方をお願いするわ」
玄関まで荷物を運んでもらったハコベさんは、イチビたちに優しく微笑んで声をかけた。荷物も小分けにしているので、ハコベさんやナズナさんでも難なく運べるだろう。
けれど私は今、場違いなのを自覚するほどに猛烈にウズウズとしている。
「二人にお願いがあるの」
「「え?」」
不思議そうな顔をした姉妹はハモったが、私のお願いを聞いてくれた。
────
「ふっふっふ……ようやくコレを使える日が来たわ!」
ハコベさんとナズナさんの家の裏に持って来たのは、休日に子どもたちと共に作った焼き物の数々だ。
「「壺?」」
ハコベさんとナズナさんは、小首を傾げながらそう言う。けれどただの壺ではない。手作り感満載の、不格好な素焼きの壺だ。
「えぇ、紛れもなく壺よ。この大きな壺に小さな壺を入れて……」
ぶつけて割らないように注意しながら、壺の中に壺を入れる。そして二つの壺の間には、そこら中にある砂を詰める。
上部までみっちりと砂を詰めたところで、わたしはハッとした。
「……重い……」
私の小さな体には、砂が入った分その重さが辛い。
「三人で運べば……」
「ダメよ!」
私の様子を見ていたハコベさんが、苦笑いで言いかけたのを遮った。
「タデに絶対に『ハコベに重いものを運ばせるなんて!』と怒られてしまうわ。ヒイラギもきっとそう!」
その言葉を聞いた二人は「タデに似ている」と笑っている。いや、笑っている場合ではないのだ。この壺を早く台所へ運びたいのだ。
「どうしました? 何かお困りごとですか?」
ここでかゆいところに手が届く男、イチビが現れた。
「私たちの住居にも食材を運ぼうと思っていたのですが、三人の姿が見えましたので」
他の三人はおババさんたちの手伝いをしているが、一足先にイチビが住居に一人で食材を運ぼうとし、玄関ではなく台所脇にある裏口から入れてしまおうと来たところ、私たちを見つけたらしい。
「イチビ、この壺を中まで運んでもらっても良いかしら?」
困り顔でそう言えば、イチビは「お任せください」と軽々と壺を持ってくれた。
指定した場所に壺を置いてもらい、砂の部分に水を入れていく。火事になるのが心配で、飲み水ではない消火用の水を、全住居のかまどの近くに置いてもらったので、そこから水を使わせてもらった。
その作業を見ていた全員から何をしているのか問いかけられた。
「冷蔵庫よ……えぇと、何と言ったら良いかしら……? 中に入れたものを冷やす装置ね」
笑顔で振り向けば、全員が驚きの表情をしている。
「これは乾燥した土地で有効なものなのよ……多分」
美樹の家には年季の入った冷蔵庫があったが、ある日図書館で読んだ本に、この電気を使わない冷蔵庫が書かれていた。
当然興味が湧いて、自宅の庭の片隅に置かれていた植木鉢で試してみたが、見事に失敗したのを思い出す。
「私の前世の国は湿気が多くて、ほとんど冷えなかったの」
外側の壺の表面から砂に含ませた水が蒸発すると、気化熱によって中の壺の中が冷やされることを説明すると感嘆の声が漏れた。
「だから乾燥している場所で、なおかつ空気の通り道に置くと良いのだけれど、今日はそのお試しも兼ねているの。もちろん地下に置いたものも冷えるから、みんなもいろいろ試してみて後で教えてちょうだい」
そう言うと、イチビは自分たちの家にも置きたいと言い出した。
その前にナズナさん宅の分を作り、ハコベさん宅とは少し違う場所にイチビに置いてもらった。どの場所に空気の通り道があるのかまだ把握しきれていないからだ。
作業を終えたイチビは、後は自分でやりますと壺を探しに物置に向かった。
今までは、せいぜい水に入れるくらいしか冷やす方法が無かっただけに、この実験が成功すれば民たちはもっと食べる幸せを得ることが出来るわね!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,937
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる