上 下
295 / 366

みんな倒れる

しおりを挟む
 国境を抜け、珍しくほとんど砂嵐に遭遇することもなく、無事にいつもの小屋に到着した。
 雲一つない空を見上げ、天の川のような星空を見ながら夕食を食べ、寒さからシャガとハマスゲとくっついて眠った。

「姫様、あの植物を植えるには、浄化設備に水を貯めたほうが良いのでは?」

 まだ冷える早朝、完全に目覚めていない私は、シャガのその声に起こされた。

「……そうね、そうよね。水がないといけない植物ですものね」

 だんだんと頭がクリアになっていき、起き上がりながらそう言うとシャガが微笑んだ。

「先に私が戻ります。最低でも、一番上の設備には水を貯めておきます」

 シャガはキラリと光る笑顔を残し、朝食も食べずに颯爽と小屋から出て行ってしまった。

「……何も食べずに行くなんて……」

 思わず呟くと、ハマスゲがアポーの実を切り分けながら口を開いた。

「ジェイソンさんと筋肉の話で盛り上がりましたからね。鍛錬も兼ねて、走って行ったのでしょう。シャガは、私よりも筋肉があるジェイソンさんやオヒシバのような、前から見ても横から見ても分かるような、ぶ厚い筋肉を欲しがっているんですよ」

 ハハハ、とハマスゲは笑うが、私は目を見開いて動きが止まってしまった。

「……ダメよ! シャガはあのままが良いのよ! シャガ、早まったらダメよ!」

 シャガには細マッチョでいてもらいたい私は、ドタバタと小屋から出たが、そこにはもうシャガはいなかった。

────

 ポニーとロバに草を食べさせながら、私とハマスゲはのんびりと歩いて広場へと向かっている。
 ひとしきり筋肉について語り合ったが、個人的好みもあると前置きした上で、シャガのような細マッチョが前世の女子の間では人気があったなどと話していた。

「それにしても、姫様と二人というのも珍しいですね。オヒシバがいると本当に……」

 先ほどまでニコニコとしていたハマスゲが溜め息を吐いた。

「いつも暴走するのを止めるのがハマスゲですものね。それにしても、どうしてこの子たちを邪険にするのかしら?」

 苦笑いをしながら、いつもオヒシバが暴走する姿を思い浮かべていると、ポニーとロバは耳をこちらに向けている。

「あぁ、それは姫様のことが好きすぎて……あっ! 今のは聞かなかったことにしてください!」

 知りたくなかった事実に、耳と脳が拒否反応を示した。

「ポニー! ロバ! 少し急ぎましょうか。植物が萎れてきているわ。あら、少しずつデーツを植えてくれているのね」

 ハマスゲの言葉に全く触れず、私が真顔でポニーとロバに声をかけて走り出すと、ハマスゲは頭を抱えて青ざめていた。

────

「ただいま!」

 広場へ到着すると、糸を作っていたお母様たちや、作業をしていたヒイラギに浄化設備に向かうように声をかけられ、私たちは立ち止まることなくそのまま進む。

「あ! カレン! 大丈夫? 疲れてない?」

 私の姿を確認したスイレンが走り寄って来た。

「えぇ大丈夫よ。作業はどう?」

 スイレンに問いかけると、浄化設備となる棚田は残り二段となり、あとは川へと続く部分を仕上げれば完成だそうだ。お父様たちが現在も作業をしているらしい。
 順番に作って行った一段目以降には砂が多く入り込んでいて、先ほどまで砂を掻き出していたらしい。

「今ね、シャガとオヒシバが住居に行って、下水の確認をしながら水を出してくれてるの」

 各住居の台所や風呂場から水を流し、詰まりがないかを確認もしているようだ。
 言っているそばからチョロチョロと水が流れて来た。

「誰か土を運んでちょうだい」

 私の言葉に数名が走り出した。その間に私とハマスゲは荷車から水生植物を降ろし、蛇籠の隙間や水が溜まる部分に泥ごと植え付けていく。
 運んで来てもらった土は棚田周辺に撒いてもらい、湿性植物を植えていく。

 この浄化設備は、オーバーフローした水が下の段に流れるように作られている。水量が少ないのでゆっくりとだったが、三段目までは水が溜まったので、シャガとオヒシバに水を止めてもらうよう伝えに走ってもらった。

 かなりの量を採取したつもりだったが、こうやって植えたものを見てみるとまだまだ足りない。根が定着すれば自然と増えてくれるだろう。

「姫様、お戻りでしたか。どれ、じいも手伝いましょう」

 一足先に作業を終えたじいやがこちらに来てくれた。それと同時にシャガとオヒシバもこちらに向かって歩いて来ていた。
 私は大事なことを思い出し、叫びながら走った。

「シャガ! それ以上筋肉を付けたらダメよ! 私はシャガの体が好きなのよ! その体が良いの! 抱きついて眠るには、ハマスゲの体が好きだけれど!」

 その瞬間オヒシバが卒倒し、背後からはバタバタと人が倒れる音がした。振り向けば、あまりの光景にスイレンがパニックになるほどカオスな状況だった。

 ちなみに皆が倒れた原因は、私がシャガとハマスゲと良からぬことをしたと勘違いしたからだった。もちろんそんなことはないので、怒りながらしっかりと説明をさせてもらった。全く失礼しちゃうわ。

 そしてじいやが倒れた原因は他の者とは違い、植物が入っていると思って見た木箱の中に、イトミミズもどきがウネウネとダマになっているのを見て卒倒したらしい。ごめんなさいじいや、初めに言っておくべきだったわね……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...