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人間重機・改
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朝はあんなにニコニコとしていたのに、この数時間で何があったのだろうか?
「あら、お母様。どうしたの?」
お母様が不機嫌なことを気付かないように、知らぬ顔で普通に声をかけた。じいやたちは一心不乱に作業をしていると見せかけ、しっかりと聞き耳を立てていることだろう。
「少し聞きたいのだけど」
お母様は真顔のままそう言うが、お父様はその横で慌てふためいている。
「モクレンが『リーンウン国の女性は皆美しかった』と言うのだけれど、どんな生活をしていたのかしら? 詳しく教えてちょうだい」
その顔は無表情のはずなのに、心の中は烈火の如く怒り狂っているのが分かり、思わず身震いしているとお父様が慌てて口を挟んだ。
「違うのだ! 髪が綺麗だと……」
「それは私が汚いということかしら?」
あぁなるほど。大体の事情が分かった。
「お母様? お父様の説明をしっかりと聞いた?」
お父様の言葉には聞く耳を持たない感じであったが、私の言葉はすんなりとお母様に届いたようだ。お母様に少し表情が戻った。
「私たちが持って来たサイガーチやアワノキで髪を洗うとね、とてもサラサラになるの。ほら、私やお父様の髪を見て? じいやには毛がないから分からないでしょうけど」
そう笑って自分の髪を一束掴み、お母様に歩み寄る。いつもなら「なんですとー!」と騒ぐじいやは一瞬作業の手が止まったようだが、聞こえないフリに徹しているようだ。
「……あら、本当に綺麗……」
私の髪とお父様の髪を手に取り、お母様は自分の髪と見比べている。リーンウン国で栄養バランスの良いものを食べ、毎日サイガーチやアワノキの泡で髪を洗っていたので、私たちの髪は見違えるほど変わっているのだ。
「リーンウン国では、王家の人も普通の民たちもあの木の実を使っていたわ。お洗濯にも使えるのよ?」
「洗濯?」
ヒーズル王国では布がなかったことから、長いこと同じ服を着続けていた。それが森が再生し、糸を作り、その糸から布を作り始めた頃からようやく衣服を作れるようになったのだ。
基本的に洗濯は水洗いしかしないため、ヒーズル王国では落ちにくい汚れはなかなか落ちなかったが、リーンウン国でサイガーチやアワノキの実を使うと格段に汚れが落ちた。その話をするとお母様は目を輝かせ始めた。
「まぁ! すごい植物なのね! 私たちはどこでも同じ植物しか生えていないと思っていたけれど、まだ知らない植物もあるのね」
よし。お母様はいつものお母様に戻ったようだ。
「そうよ。クレソンとか、水中に生える植物もあったでしょう?」
「そういえばそうね」
お母様はそう言いながら胸の前でパチンと手を叩いた。
「私たちは今、生活していく上で出る汚れた水を浄化するものを作っているの。それは水中に生える植物の力を使うのよ」
先ほどイチビたちに説明したことをお母様にも説明すると、お母様は感動しているようだった。
「私たちは森の民として自然と共に生きてきたけれど、水の中の植物も自然の生きもので私たちに恵みを与えてくれるのね」
そう言って薄っすらと涙ぐんでいる。いつもよりも情緒が不安定に見えるのは、お父様としばらく離れていたせいだろう。
「そう! そうなのよお母様! だからね、その水中の植物を早く植えられるように、お父様の力が必要なのよ!」
お母様は涙ぐみながらお父様を見上げ、急に呼ばれたお父様はキリリと表情が引き締まった。その顔を見たお母様は涙が引っ込んだようで、ウットリとお父様を見つめている。
「モクレン……皆のためにその力を使って」
お母様はそう言いながらお父様の手を握る。
「あぁもちろんだ。私に任せろ。私はどうすれば良いのだ?」
お父様のやる気スイッチも入ったようだ。
「まずはここを……」
砂を掘り岩盤を露出させ、それを少し掘って棚田のようにする説明をするとお父様は一つ頷いた。
「レンゲ、一度広場に戻るぞ」
そう言ってお母様の手を引いて、珍しく迷うことなく真っ直ぐに広場に向かって歩いて行った。この場からその姿が離れると、ようやくじいやたちが騒ぎ始めた。
「さすが姫様ですな!」
「やっぱり聞こえないフリをしていたのね!」
私の両親の夫婦喧嘩に首を突っ込むと被害者が増えることから、皆は知らぬ存ぜぬの態度を貫いていたようだ。痛いほどにその気持ちが分かるので、私も本気で怒ることなくキャッキャとじいやたちと騒ぎあった。
皆も緊張の糸が切れたのか、笑顔で楽しそうに作業をしている。しばらくすると後ろから声をかけられた。
「皆の者、少し離れていろ」
その声に反応し全員がそちらを見ると、お父様は大きな板を両手に持っていた。取っ手を付けているのかまるで大型の盾のようだ。
言われるがまま無言で場所を開けると、お父様は動き出した。
「ふんっ!」
なんとその板を地面に立てるようにし、お父様は力技で前へと進む。お父様の通った後は見事に砂が移動し、次の作業がしやすくなっている。愛する妻に頼まれたお父様の力はとどまることを知らない。
「うおおぉぉぉ!」
まさかの人間ブルドーザーの出現にイチビたちは歓喜の雄叫びを上げ、士気の上がった皆の作業スピードはとてつもなく上がったのだった。
「あら、お母様。どうしたの?」
お母様が不機嫌なことを気付かないように、知らぬ顔で普通に声をかけた。じいやたちは一心不乱に作業をしていると見せかけ、しっかりと聞き耳を立てていることだろう。
「少し聞きたいのだけど」
お母様は真顔のままそう言うが、お父様はその横で慌てふためいている。
「モクレンが『リーンウン国の女性は皆美しかった』と言うのだけれど、どんな生活をしていたのかしら? 詳しく教えてちょうだい」
その顔は無表情のはずなのに、心の中は烈火の如く怒り狂っているのが分かり、思わず身震いしているとお父様が慌てて口を挟んだ。
「違うのだ! 髪が綺麗だと……」
「それは私が汚いということかしら?」
あぁなるほど。大体の事情が分かった。
「お母様? お父様の説明をしっかりと聞いた?」
お父様の言葉には聞く耳を持たない感じであったが、私の言葉はすんなりとお母様に届いたようだ。お母様に少し表情が戻った。
「私たちが持って来たサイガーチやアワノキで髪を洗うとね、とてもサラサラになるの。ほら、私やお父様の髪を見て? じいやには毛がないから分からないでしょうけど」
そう笑って自分の髪を一束掴み、お母様に歩み寄る。いつもなら「なんですとー!」と騒ぐじいやは一瞬作業の手が止まったようだが、聞こえないフリに徹しているようだ。
「……あら、本当に綺麗……」
私の髪とお父様の髪を手に取り、お母様は自分の髪と見比べている。リーンウン国で栄養バランスの良いものを食べ、毎日サイガーチやアワノキの泡で髪を洗っていたので、私たちの髪は見違えるほど変わっているのだ。
「リーンウン国では、王家の人も普通の民たちもあの木の実を使っていたわ。お洗濯にも使えるのよ?」
「洗濯?」
ヒーズル王国では布がなかったことから、長いこと同じ服を着続けていた。それが森が再生し、糸を作り、その糸から布を作り始めた頃からようやく衣服を作れるようになったのだ。
基本的に洗濯は水洗いしかしないため、ヒーズル王国では落ちにくい汚れはなかなか落ちなかったが、リーンウン国でサイガーチやアワノキの実を使うと格段に汚れが落ちた。その話をするとお母様は目を輝かせ始めた。
「まぁ! すごい植物なのね! 私たちはどこでも同じ植物しか生えていないと思っていたけれど、まだ知らない植物もあるのね」
よし。お母様はいつものお母様に戻ったようだ。
「そうよ。クレソンとか、水中に生える植物もあったでしょう?」
「そういえばそうね」
お母様はそう言いながら胸の前でパチンと手を叩いた。
「私たちは今、生活していく上で出る汚れた水を浄化するものを作っているの。それは水中に生える植物の力を使うのよ」
先ほどイチビたちに説明したことをお母様にも説明すると、お母様は感動しているようだった。
「私たちは森の民として自然と共に生きてきたけれど、水の中の植物も自然の生きもので私たちに恵みを与えてくれるのね」
そう言って薄っすらと涙ぐんでいる。いつもよりも情緒が不安定に見えるのは、お父様としばらく離れていたせいだろう。
「そう! そうなのよお母様! だからね、その水中の植物を早く植えられるように、お父様の力が必要なのよ!」
お母様は涙ぐみながらお父様を見上げ、急に呼ばれたお父様はキリリと表情が引き締まった。その顔を見たお母様は涙が引っ込んだようで、ウットリとお父様を見つめている。
「モクレン……皆のためにその力を使って」
お母様はそう言いながらお父様の手を握る。
「あぁもちろんだ。私に任せろ。私はどうすれば良いのだ?」
お父様のやる気スイッチも入ったようだ。
「まずはここを……」
砂を掘り岩盤を露出させ、それを少し掘って棚田のようにする説明をするとお父様は一つ頷いた。
「レンゲ、一度広場に戻るぞ」
そう言ってお母様の手を引いて、珍しく迷うことなく真っ直ぐに広場に向かって歩いて行った。この場からその姿が離れると、ようやくじいやたちが騒ぎ始めた。
「さすが姫様ですな!」
「やっぱり聞こえないフリをしていたのね!」
私の両親の夫婦喧嘩に首を突っ込むと被害者が増えることから、皆は知らぬ存ぜぬの態度を貫いていたようだ。痛いほどにその気持ちが分かるので、私も本気で怒ることなくキャッキャとじいやたちと騒ぎあった。
皆も緊張の糸が切れたのか、笑顔で楽しそうに作業をしている。しばらくすると後ろから声をかけられた。
「皆の者、少し離れていろ」
その声に反応し全員がそちらを見ると、お父様は大きな板を両手に持っていた。取っ手を付けているのかまるで大型の盾のようだ。
言われるがまま無言で場所を開けると、お父様は動き出した。
「ふんっ!」
なんとその板を地面に立てるようにし、お父様は力技で前へと進む。お父様の通った後は見事に砂が移動し、次の作業がしやすくなっている。愛する妻に頼まれたお父様の力はとどまることを知らない。
「うおおぉぉぉ!」
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