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国境到着

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「貴様! 何者だ!?」

 物騒な怒号が国境の建物の中から聞こえてくる。その怒号とほぼ同時に国境内から弓矢が放たれるが、じいやは高速バク転でいとも簡単にかわす。
 私とクジャ、それにモズさんは呆気にとられていたが、お父様がウズウズとし始めてしまったようだ。

「楽しそうだな。私も混ざろう」

 どこがどう楽しそうに見えるのか不明であるが、私が止める間もなくお父様も走り出す。そしてじいやに向かって飛んでいく弓矢を、手に持っていた枝で叩き落としている。
 残っている私たちも驚いているが、国境警備隊はもっと驚いたのだろう。今度は槍を手に、警備隊は国境から飛び出して来たのだ。

「つまらんのう……」

 じいやの、呟きではない大きな独り言が辺りに響く。じいやは小石を投げ、正確に相手の関節に当てるので警備隊は槍を落としてしまう。お父様は別の警備隊の槍をかわしつつ、力技で簡単にその槍を奪い取っている。
 時間にしてほんの数分で制圧してしまい、国境警備隊たちは地面に膝をつき、諦めの体勢になっている。

「レオナルド! 貴様、怠け癖を直せと言ったろう!? なんじゃこの体たらくは!」

 突如現れた不審者二名に、小石を投げられたくらいで武器の攻撃も食らっていないのに敗北し、絶望感が漂う国境警備隊員たちだったがその中の一人がバッと顔を上げる。私たちからは横顔しか見えないが、五十代くらいの、赤に近いオレンジの髪の細身の男性が声を上げる。

「……は? ……え? ……先……生?」

 かなり混乱しているらしく、地面に膝をついたまま動かない。

「おや? クジャク姫から聞いとらんのか?」

 そう言うとじいやはこちらを見る。呆然としていた私たちだったが、じいやの元へと走った。

「何回か話そうと思ったが……わらわが『稀代の森の民』と口にすると、レオナルドは思い出話しか話さんのじゃ。いつかリーンウン国に招待する時に、感動の再会になるようもう話そうとするのを止めたのじゃ」

「姫さん!? 無事だったのか!? なんで先生と一緒に!? 頼む! 説明をしてくれ!」

 急に視界に現れたクジャとモズさんを見たレオナルドさんは、さらに混乱状態となったらしく両手で頭を抱えている。そして、まだ状況が分かっていない他の警備隊員に「いつも話してる、死んでしまった伝説の鬼教官だ!」と自慢気に話すが、じいやは生きて目の前にいるので、本人も他の警備隊員も混乱が増すばかりである。
 ひとまず建物に入ろうということになり、シャイアーク国の国境である建物に案内された。

────

「本当に先生なのか? 本当は偽者なんじゃないのか?」

 ジェイソンさんとの再会の時のように、レオナルドさんもまた森の民は滅亡したと思っていたようである。偽者扱いされたじいやは「処すぞ」とデコピンの構えをすると、レオナルドさんはガクガクと震えながら「本物だ」と喜んでいる。デコピンの構えだけで人を震え上がらせるじいやは、どれほどの鬼教官だったのだろうか。
 そしてじいやが手早く森の民の今までの話を説明し、ようやく本題であるクジャたちの話をすることが出来た。

「あの時は俺たちも驚いたぜ。血まみれのモズさんと姫さんが『逃してくれ』なんて走って来るんだからな。姫さんたちがここを抜けた後、追っ手が来たようだぜ」

 『追っ手』という言葉に反応し、クジャの体に力が入るのが分かった。クジャが落ち着くように私はそっと抱きしめる。

「あちらの国境を抜けて来たら徹底的に痛めつけるつもりだったが、あちらの警備隊員が追い返したようだ」

 二つの国境の間は数十メートルの街道のようになっており、まだ盛んに行き来があった頃はここに露店が立ち並んでいたそうだ。今は使われていないその場所で、両国の国境警備隊員は人目を盗んで仲良く遊んでいるらしい。
 クジャたちに何があったのかをそこで聞き、追いかけたかったが、もしリーンウン国の国境を突破した追っ手が来た場合、シャイアーク国側に出ないようにここを守ることに決めたとレオナルドさんは話す。

「……わらわは父上たちの奇病を治すと決めたのじゃ。カレンが言うには父上と兄上よりも、ババ様と母上が危ないらしいのじゃ」

 お祖母様をババ様と呼ぶ表現が可愛らしいが、クジャは今にも泣きそうになっている。私は安心させるように、抱きしめる力を強める。

「……何としても城に戻る!」

 クジャは目に涙を溜めて伏せていた顔を上げる。それを聞いたレオナルドさんは吠えるように叫ぶ。

「よし! 俺も行くぜ! どうせカラスとハトも行くって言うぜ? 俺たちが姫さんを守ってやる!」

 カラスとハトというのは、リーンウン国の国境警備隊員の名前らしい。どうやら勝手に同行することに決めたようだが、お父様は「先程簡単に武器をとられたのに……」と呟き、じいやは「使い物になるのか……」と呆れている。そんな二人の声が聞こえていないレオナルドさんは、弓や剣などを装備し始めた。そして装備を終えると私に向かって言葉を発した。

「ところで小僧、いつまで姫さんに抱きついてるんだ?」

 どうやら私に対して凄んでいるようだが、今まで散々「ヒーズル王国の姫」や「カレン」などと会話に出ていたのだが、男装をしているせいか私がその姫だとは思っていなかったようだ。ただそう思っていたのはレオナルドさんだけであり、他の警備隊員はレオナルドさんを止めようとあたふたとし始めた。
 するとじいやはレオナルドさんの横へ移動し、こめかみに向かってデコピンをするとレオナルドさんは真横に吹っ飛んでしまった……。そして気を失っていたレオナルドさんをビンタで無理やり起こし、「私が仕える姫様に謝れ!」と怒鳴り散らしている。

 お父様以外の全員がガタガタと震えているが、私の知らないじいやの、鬼教官っぷりを垣間見てしまったのだった……。
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