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見舞い
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「クジャ……クジャ大丈夫……?」
「……カレ……ン……」
────
国境からリトールの町へ走ったが、入り口にはペーターさんの姿が見えなかった。私たちは身構えたが、町の中では子どもたちが普通に遊んでいる。
「あー! おねーちゃーん!」
私に気付いた子どもたちがこちらに向かってパタパタと走って来る。あまりにも平和なその光景に、私たちは訳が分からず顔を見合わせる。
「みんな、ペーターさんはどこにいるか分かる?」
しゃがんで目線の高さを合わせて聞くと、子どもたちは元気に答えてくれた。
「うん! ナイショのおねーちゃんの看病をしてるの! ナイショだよ!」
全く内緒になっていない内容に苦笑いをしていると、「こっちだよ」と子どもたちはペーターさんの家へと案内してくれた。子どもたちが「ペーターさーん! お客さんだよー!」と玄関口で叫ぶと、強張った表情をしたペーターさんが出て来た。
「カレンちゃん!? モクレン殿!? ベンジャミン殿まで!?」
「クジャが呼んでいると聞いて来たの」
この町とヒーズル王国との距離感を知っているペーターさんは、オヒシバから聞いてここに来たことと、その到着までの速さを驚いている。何よりもお父様が現れたことに一番驚いているのだろう。
「とにかく中へ」
初めて訪れるペーターさんの家だったが、何の躊躇もなくリビングへと案内してくれた。一刻も早くクジャに会いたかったが、まずは席に座るように言われおとなしく着席した。
「クジャは?」
座って開口一番に私は尋ねた。
「今はカーラが側にいる。たまに目を覚ましては泣き叫び、そしてまた気を失う」
クジャと取引をしているカーラさんは、そのあまりのクジャの様子に店を休み、ずっとクジャの看病をしているようだ。
「ただ……モズ殿の怪我が酷い。モズ殿も寝たり起きたりを繰り返しているが、口の中を相当負傷しているようでな。起きても話すなと言って、無理やり休ませている」
その言葉に青ざめていると、お父様も口を開く。
「石を投げられたような傷だと聞いて来たが、シャイアーク国の仕業か?」
お父様の問いかけにペーターさんは首を振る。
「そんな話は全く聞こえて来ない。……おそらく、リーンウン国内でのことだろう」
お父様はシャイアーク国の侵略だと思っていたようで、森の民の時のように、私の友人の国がめちゃくちゃになるのを防ぐために来たのだと初めて言葉にした。けれどリーンウン国内でのことだろうと聞き、逆に狼狽えてしまった。
「姫さんの部屋に案内しよう」
ペーターさんの後ろを追い、家の奥にある部屋の扉を開けるとカーラさんが寝具の横に立っていた。疲れきった表情で、クジャとモズさんのおでこや頬などに濡れた手ぬぐいをあてがっている。
「……カレンちゃん!」
小声ではあるが、カーラさんは驚きの声を上げ目を丸くしている。私たちも寝具の横へと移動し、眠っている二人をそっと見ると、顔や腕には傷や変色した痕が見られる。モズさんはクジャを庇ったのか、クジャ以上に怪我をしていた。二人を見たじいやは静かに、そして冷静に言葉を発した。
「薬草を採取して参ります。町の入り口付近にもありましたので」
「あれか。私も行こう。カレンは二人の側にいると良い」
お父様もじいやと共に薬草の採取に行くと言うと、ペーターさんも行くと言い出し、三人で部屋を出て行った。
「カーラさんも少し休んで」
「あたしは大丈夫だよ。でもねぇ、クジャクさんの混乱が酷くて、何があったのかまだ分かっていないんだよ……」
クジャとモズさんの顔を交互に見ながらカーラさんは溜め息を漏らす。話を聞きたいが起こすわけにもいかず、私は椅子を持って来て座り、クジャの手をそっと握った。
クジャの手を握ってから少し経つと、クジャがうなされ始めた。言葉にならないうわ言を言いながら、目を瞑ったまま涙を流している。
「クジャ……クジャ大丈夫……?」
「……カレ……ン……」
声をかけるとクジャは薄っすらと目を開け、私の姿を見ると、小さな声で確かめるように私の名前を呼ぶ。
「えぇ、カレンよ」
するとクジャは痛む体を無理やり起こし、私に抱きつき泣き始めた。
「大丈夫よ、クジャ。心配はいらないわ。今日はね、頼もしい助っ人も、クジャを心配して来ているのよ」
あやすようにクジャの背中をさすりながらそう言うと、一瞬呆けたように泣き止み、そしてまた顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。泣き叫んでいるわけではないので、安心感から泣いているのかもしれない。そのクジャを抱き締め背中を撫でていると、部屋の扉が開いた。
「起きたのか」
ペーターさんがそう言いながら部屋に足を踏み入れると、お父様とじいやは何かを手にし、一緒に中に入って来た。
「カレンの友人となってくれたことに感謝する。父のモクレンだ。傷の手当てをさせてもらうぞ」
その言葉にクジャは泣き止み、カーラさんと共に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まっている。カーラさんは先ほど一度お父様を見たが、私の父だとは思っていなかったようだ。
お父様は、何かの植物をすり潰したようなものを柏の葉のような大きな葉に載せ、それを傷口に貼り付けると布を包帯のように巻きつける。植物特有の青臭さは無く、むしろ爽やかな香りでハーブの一種なのかもしれない。
じいやはモズさんの手当てをしているが、モズさんも目を覚ましたようだ。この薬草を煎じたものだと言うと、口に含ませ飲まずに吐き出すように言葉をかけている。
あまりにもテキパキと傷の処置をするお父様とじいやを見て、また私の知らない一面を知ったことに驚き、そしてただ二人の処置を見ることしか出来ない自分の不甲斐なさに落胆したのだった。
「……カレ……ン……」
────
国境からリトールの町へ走ったが、入り口にはペーターさんの姿が見えなかった。私たちは身構えたが、町の中では子どもたちが普通に遊んでいる。
「あー! おねーちゃーん!」
私に気付いた子どもたちがこちらに向かってパタパタと走って来る。あまりにも平和なその光景に、私たちは訳が分からず顔を見合わせる。
「みんな、ペーターさんはどこにいるか分かる?」
しゃがんで目線の高さを合わせて聞くと、子どもたちは元気に答えてくれた。
「うん! ナイショのおねーちゃんの看病をしてるの! ナイショだよ!」
全く内緒になっていない内容に苦笑いをしていると、「こっちだよ」と子どもたちはペーターさんの家へと案内してくれた。子どもたちが「ペーターさーん! お客さんだよー!」と玄関口で叫ぶと、強張った表情をしたペーターさんが出て来た。
「カレンちゃん!? モクレン殿!? ベンジャミン殿まで!?」
「クジャが呼んでいると聞いて来たの」
この町とヒーズル王国との距離感を知っているペーターさんは、オヒシバから聞いてここに来たことと、その到着までの速さを驚いている。何よりもお父様が現れたことに一番驚いているのだろう。
「とにかく中へ」
初めて訪れるペーターさんの家だったが、何の躊躇もなくリビングへと案内してくれた。一刻も早くクジャに会いたかったが、まずは席に座るように言われおとなしく着席した。
「クジャは?」
座って開口一番に私は尋ねた。
「今はカーラが側にいる。たまに目を覚ましては泣き叫び、そしてまた気を失う」
クジャと取引をしているカーラさんは、そのあまりのクジャの様子に店を休み、ずっとクジャの看病をしているようだ。
「ただ……モズ殿の怪我が酷い。モズ殿も寝たり起きたりを繰り返しているが、口の中を相当負傷しているようでな。起きても話すなと言って、無理やり休ませている」
その言葉に青ざめていると、お父様も口を開く。
「石を投げられたような傷だと聞いて来たが、シャイアーク国の仕業か?」
お父様の問いかけにペーターさんは首を振る。
「そんな話は全く聞こえて来ない。……おそらく、リーンウン国内でのことだろう」
お父様はシャイアーク国の侵略だと思っていたようで、森の民の時のように、私の友人の国がめちゃくちゃになるのを防ぐために来たのだと初めて言葉にした。けれどリーンウン国内でのことだろうと聞き、逆に狼狽えてしまった。
「姫さんの部屋に案内しよう」
ペーターさんの後ろを追い、家の奥にある部屋の扉を開けるとカーラさんが寝具の横に立っていた。疲れきった表情で、クジャとモズさんのおでこや頬などに濡れた手ぬぐいをあてがっている。
「……カレンちゃん!」
小声ではあるが、カーラさんは驚きの声を上げ目を丸くしている。私たちも寝具の横へと移動し、眠っている二人をそっと見ると、顔や腕には傷や変色した痕が見られる。モズさんはクジャを庇ったのか、クジャ以上に怪我をしていた。二人を見たじいやは静かに、そして冷静に言葉を発した。
「薬草を採取して参ります。町の入り口付近にもありましたので」
「あれか。私も行こう。カレンは二人の側にいると良い」
お父様もじいやと共に薬草の採取に行くと言うと、ペーターさんも行くと言い出し、三人で部屋を出て行った。
「カーラさんも少し休んで」
「あたしは大丈夫だよ。でもねぇ、クジャクさんの混乱が酷くて、何があったのかまだ分かっていないんだよ……」
クジャとモズさんの顔を交互に見ながらカーラさんは溜め息を漏らす。話を聞きたいが起こすわけにもいかず、私は椅子を持って来て座り、クジャの手をそっと握った。
クジャの手を握ってから少し経つと、クジャがうなされ始めた。言葉にならないうわ言を言いながら、目を瞑ったまま涙を流している。
「クジャ……クジャ大丈夫……?」
「……カレ……ン……」
声をかけるとクジャは薄っすらと目を開け、私の姿を見ると、小さな声で確かめるように私の名前を呼ぶ。
「えぇ、カレンよ」
するとクジャは痛む体を無理やり起こし、私に抱きつき泣き始めた。
「大丈夫よ、クジャ。心配はいらないわ。今日はね、頼もしい助っ人も、クジャを心配して来ているのよ」
あやすようにクジャの背中をさすりながらそう言うと、一瞬呆けたように泣き止み、そしてまた顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。泣き叫んでいるわけではないので、安心感から泣いているのかもしれない。そのクジャを抱き締め背中を撫でていると、部屋の扉が開いた。
「起きたのか」
ペーターさんがそう言いながら部屋に足を踏み入れると、お父様とじいやは何かを手にし、一緒に中に入って来た。
「カレンの友人となってくれたことに感謝する。父のモクレンだ。傷の手当てをさせてもらうぞ」
その言葉にクジャは泣き止み、カーラさんと共に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まっている。カーラさんは先ほど一度お父様を見たが、私の父だとは思っていなかったようだ。
お父様は、何かの植物をすり潰したようなものを柏の葉のような大きな葉に載せ、それを傷口に貼り付けると布を包帯のように巻きつける。植物特有の青臭さは無く、むしろ爽やかな香りでハーブの一種なのかもしれない。
じいやはモズさんの手当てをしているが、モズさんも目を覚ましたようだ。この薬草を煎じたものだと言うと、口に含ませ飲まずに吐き出すように言葉をかけている。
あまりにもテキパキと傷の処置をするお父様とじいやを見て、また私の知らない一面を知ったことに驚き、そしてただ二人の処置を見ることしか出来ない自分の不甲斐なさに落胆したのだった。
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