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地獄

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「カレン! ねぇカレン! 起きて!」

 スヤスヤと寝ているとスイレンに揺さぶられ目を覚ます。スイレンは私がいつ寝たのかを知らないのだろう。

「……無理……もう少し寝かせて……」

 寝返りをうちスイレンに背を向けるが、スイレンは泣きそうな声で叫ぶ。

「寝ている場合じゃないよ! なんだか外から聞いたことのない声が聞こえるんだ! お父様もお母様もいないし、獣に襲撃されているんじゃないかと思うんだ! 一人じゃ怖いし、カレン起きてよ!」

 必死なスイレンの言葉を聞き、仕方なく起き上がる。私もこんなにピュアな心を取り戻したいものだ。下手に前世の記憶があるせいで純粋さを失ってしまった。ましてや昨夜の、スイレンが眠った後のことをずっと見ていた私は特に。

「……収穫したオーレンジンはまだ物置にあったかしら……?」

 寝ぼけ眼でそうつぶやくと「オーレンジンどころじゃないでしょ!」と、珍しくスイレンが激怒している。まだ完全には目覚めていない私はスイレンに無理やり手を引かれ外へと連れ出された。

「……何これ……みんなどうしたの!? 獣にやられたの!?」

 スイレンは必死に叫ぶ。大人たちは皆地面に倒れ、微かなうめき声を上げている。あのお父様ですら倒れているのを見てスイレンは絶望的な顔をしている。

「……ただの二日酔いよ。スイレン、子どもたちを集めてちょうだい」

 私の言葉を聞いたスイレンは「え? え?」と混乱しているようだ。二日酔いという言葉の意味も分からないだろうし、この惨劇の原因を知らないからだ。はっきり言って二日酔いにならないほうがおかしいくらい大人たちは飲んだのだ。もちろん先に帰って行った者たちはお父様たちよりも飲んだ量は少ないが、帰った時点でかなり飲んでいたのを私は知っている。そしてあの酒は時間と共にアルコールが増すのだ。最後まで飲んでいたお父様とじいやはかなりきついだろう。

「カレン! 動けるのは僕たち子どもだけみたい! 何か知っているの!?」

 子どもたちを集めてくれたスイレンはまだそんな純粋なことを言っている。いや、スイレン以外の子どもたちですら大人たちを見て怯えている。

「……酒を飲みすぎるとこうなるのよ……。これでも私は最後まで面倒をみたのよ?」

 子どもたちが眠った後の話を私は始める。さすがに大人たちのあまりの失態は伏せたが、ジェイソンさんが吐いたものをそのままにも出来ずスコップを持って来て土をかぶせたり、子どもの私では大人を運ぶことが出来ず、かと言って冷え込む夜にそのまま放置することも出来ないので布団代わりにムギンの藁をせっせと運び数十人の大人たちにかぶせ、私が自宅に戻り寝たのは夜明け近くだったのだ。食器類はひっくり返り、大人たちは倒れその周りには藁が散乱しているのを見れば純粋な子どもたちは怯え心配するだろう。
 眠気と思い出しイライラで無表情に淡々と話しているが、最初は心配そうにしていたスイレンたちも最後まで話を聞いた今は私と同じ表情になっている。
 とはいえ美樹も二十歳の誕生日を過ぎた頃、ご近所のおじいちゃまたちに祝われつつ散々飲まされ二日酔いを経験している。大人たちは動くのも辛いのは分かっているのだ。

「……三つの班に分かれましょう。一つは大人たちに何か食べられるか聞いてちょうだい。食べれるようだったらアポーの実を切って渡して。もう一つは食べられない大人たちにオーレンジンを搾って飲ませて。最後の一つはジンガーを大量にすりおろして」

 ほとんどの大人たちは何も食べたくないだろう。けれど何か腹に入れなければそれはそれで辛いのだ。私は簡単な食事を作り始める。
 まずはキャロッチとオーニーオーンを畑から引っこ抜く。キャロッチは千切りに、キャロッチの葉とオーニーオーンはみじん切りにして水と一緒に鍋に入れる。そしてセウユと砂糖で味付けをして煮込む。火を起こすのが苦手だが、他の子たちが手伝ってくれたのでなんとか火を起こすことが出来た。
 煮えるまでに時間がかかるのでその間にムギン粉を用意し、水を多めに入れてベチャベチャの生地を作る。それを小さくちぎって鍋に放り込む。ほとんど噛まずに食べられるようにしたすいとん擬きを作っているのだ。
 すいとん擬きが完成したが、食器がないことに気付き子どもたち全員で食器やコップを洗浄する。それにすいとん擬きを盛り、すりおろしたジンガーを入れる。生姜は胃腸の動きを良くする作用があるのでジンガーもおそらく効くだろう。そして私たちは大人たちにそれを飲ませる。さながらナイチンゲールになったような気持ちになる。

「あら! おババさんまで!」

 たまたますいとん擬きを飲ませようと起こしたのは占いおババさんであった。それなりに酒を飲んだようで見事に酒臭い。

「歳はとりたくないものですな……」

 おババさんは苦笑いでそう言うが、若い頃は酒豪だったらしい。あまりに意外で驚く。

 その後はあまりの惨状に、お父様から全ての作業中止が言い渡され大人たちは家で寝たきり状態となった。私たち子どもだけで全ての後片付けをし、私がポニーとロバを引き連れ水を汲みに何往復もし、皆で最低限の野菜の収穫や水やりをした。その合間合間に各家を回り、大人たちに水を飲むように持って行ったのだ。そして夕食も子どもたちだけで作り、大人たちを無理やり起こす。

「まだ具合の悪い人もいるでしょうけど、食べないと余計に辛いわよ。少しでも食べてちょうだい」

 私は声を張り上げ大人たちに食事をさせる。

「……いや、今日はすまなかった……。しばらく酒は遠慮しよう……」

 さすがのお父様も覇気がない。

「あら? テックノン王国に負けない酒も作るつもりだったけど、諦めることにしましょうか」

 なんとなく呟いた一言だったがブルーノさんが反応した。

「カレンちゃん……あの酒の作り方を知っているのかい?」

「えぇ」

 私が肯定すると、復活を遂げた大人たちはざわめく。そして声を揃えてこう言ったのだ。

「是非とも作りましょう」

 と。私は今さら気付いたのだ。森の民は酒を飲む機会が少なかっただけで、実は酒豪の民だということに。私はもう苦笑いするしかなかったのだった。
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