196 / 366
恵み
しおりを挟む
私が感情的に泣きわめいたせいで、大人たちがギリギリ保っていた細い細い我慢の糸が切れてしまったのだろう。大人も子どもも、夫婦も友人も関係なく全員が声を上げて泣いた。ひとしきり泣いて落ち着く頃には全員が固まって座り込み、大小様々な墓石を眺めていた。
「……整備しないと森に飲まれてしまうわね……」
小さな声で呟くと大人たちは静かに首を振る。
「森の一部になることが森の民にとって最高の誉れなのだ。あとは自然に任せよう」
その言葉を聞き、森の民にとって死は恐れることではなくむしろ喜ばしいことなのだと悟る。森で産まれ森で生き、そして最後にはその森になるのだ。けれどどうしても身近な人の死は耐えられず悲しいことだ。あの昔話はあまり悲しんではいけないという教訓も含んでいるのかもしれない。泣いてしまった今日のこのことは私たちだけの秘密となった。
────
森へと入る時に持ってきたカゴの中はカッシとナーラの若木でいっぱいになっている。それでも炭焼きの場に植えるにはまだまだ足りないだろう。一度広場近くへと戻り若木を降ろし、そしてまた森へと足を踏み入れる。今日二度目となる若木の採取は、なんとなく墓とは逆方向に進み全員で固まりながら歩く。やはり大人たちは簡単に若木を見つけひょいひょいとカゴに入れていく。私は早々に探すのを諦め大人たちの後ろをついて歩いていたが、ある木の根元に釘付けになる。
「エノキ!?」
木の根元にはスーパーで見るような白いエノキのような細長いキノコが何本か生えていた。
「カレンたちはそう呼んでいたのか?」
私の言葉に反応した大人たちが集まってくる。森の民は『木の子ども』という意味で『木の子』から転じて『キッコ』と呼んでいるそうだ。私はそのキッコの中で食べられるものの一部の名前だと伝える。森の民は食べられるキッコか、食べられないキッコかくらいで他に名前はないと言う。
「ただな、キッコは危険なのだ」
やはりこの世界でも毒キノコならぬ毒キッコが多く、死亡例は聞いたことはないが腹を下すとお父様は語る。
「子どもの頃、興味に負けて何種類か食べたが大変な思いをした」
皆が止める中、お父様は煮て食べたり焼いて食べたりしたがそのどれもで腹を下し、その度にハコベさんが下痢止めの薬草で作った茶を飲ませていたらしい。
「私はもうキッコは懲りごりだが、どうしても食べたいのならじいやに聞くと良い。じいやの採るキッコは確実に食べられるぞ」
美樹もよく山でキノコ採りをしていたが、同じキノコでも地面に生えているものと木の幹に生えるものとでは若干色や大きさが違い、毒キノコに似ているものがあった。危険を回避する為によほど間違えようのないもの以外は採らないようにしていた。ご近所のキノコ採りの名人と一緒に山へ入る時だけは安心して採取出来たのだが。
「そうね、後でじいやに聞くわ。種類にもよるけれど、ミィソの汁に入れたり炒めたり食べ方はたくさんあるのよ」
ただ今までこの森でキッコを見たことがないのでまだ菌は少ないのだろう。地表に出てくるものがもう少し増え、頻繁に見かけるようになってからじいやに聞くことにしよう。
その後もカッシとナーラを採取し続けていると風に乗って春を思い起こさせる香りが漂って来る。もうすぐ森を抜けるのだろう。けれどお父様とタデは「臭い臭い」と騒ぐ。
「もう二人とも! ナーのおかげで油を作ることが出来たのよ! いい加減に慣れてちょうだい!」
そうなのだ。風に混ざる香りはナーの花の独特な香りだ。お母様とハコベさんはもう慣れたというと、お父様たちはしかめっ面をしながらも口を閉ざす。そのまま森を突き進むとナーの花畑の前へと出た。
「臭いが……」
「圧巻の光景だな……」
青空の下で黄色の絨毯が広がっている。お父様とタデは息を止めながらもその美しいコントラストに見入っている。花が終わった畑では種を採取したり新しく植え付けたりと民たちはてきぱきと作業をしている。畑作業の者たちも独特の香りに慣れ、むしろ最近は油を恵んでくれる植物だからと大事に扱っている。
「姫様ー!」
ナーの畑の中からエビネの声がする。手を振りながら向かって来るということは、私たちを見つけて声をかけただけではないようだ。
「どうかしたー?」
名指して呼ばれた私は声を張り上げ畑へと向かう。エビネはニコニコと笑いながら上を指さしているが、空はどこまでも高く青く雲はない。
「姫様、違いますよ」
合流したエビネはくすくすと笑っている。
「ほら、ここを見上げてください」
エビネの指の先を見ると、鼻呼吸から口呼吸に変えたお父様とタデ、それにお母様とハコベさんも「あ!」と声を上げた。
「花……よね?」
「えぇ。あちらの畑でも花芽が出ていますよ」
ナーの畑の横へと植えたデーツ並木に花が咲き始めたようである。クリーム色に近い黄緑の、ほうきのような花を見て、私は密かに思っていたことを皆に話すことにした。
「……整備しないと森に飲まれてしまうわね……」
小さな声で呟くと大人たちは静かに首を振る。
「森の一部になることが森の民にとって最高の誉れなのだ。あとは自然に任せよう」
その言葉を聞き、森の民にとって死は恐れることではなくむしろ喜ばしいことなのだと悟る。森で産まれ森で生き、そして最後にはその森になるのだ。けれどどうしても身近な人の死は耐えられず悲しいことだ。あの昔話はあまり悲しんではいけないという教訓も含んでいるのかもしれない。泣いてしまった今日のこのことは私たちだけの秘密となった。
────
森へと入る時に持ってきたカゴの中はカッシとナーラの若木でいっぱいになっている。それでも炭焼きの場に植えるにはまだまだ足りないだろう。一度広場近くへと戻り若木を降ろし、そしてまた森へと足を踏み入れる。今日二度目となる若木の採取は、なんとなく墓とは逆方向に進み全員で固まりながら歩く。やはり大人たちは簡単に若木を見つけひょいひょいとカゴに入れていく。私は早々に探すのを諦め大人たちの後ろをついて歩いていたが、ある木の根元に釘付けになる。
「エノキ!?」
木の根元にはスーパーで見るような白いエノキのような細長いキノコが何本か生えていた。
「カレンたちはそう呼んでいたのか?」
私の言葉に反応した大人たちが集まってくる。森の民は『木の子ども』という意味で『木の子』から転じて『キッコ』と呼んでいるそうだ。私はそのキッコの中で食べられるものの一部の名前だと伝える。森の民は食べられるキッコか、食べられないキッコかくらいで他に名前はないと言う。
「ただな、キッコは危険なのだ」
やはりこの世界でも毒キノコならぬ毒キッコが多く、死亡例は聞いたことはないが腹を下すとお父様は語る。
「子どもの頃、興味に負けて何種類か食べたが大変な思いをした」
皆が止める中、お父様は煮て食べたり焼いて食べたりしたがそのどれもで腹を下し、その度にハコベさんが下痢止めの薬草で作った茶を飲ませていたらしい。
「私はもうキッコは懲りごりだが、どうしても食べたいのならじいやに聞くと良い。じいやの採るキッコは確実に食べられるぞ」
美樹もよく山でキノコ採りをしていたが、同じキノコでも地面に生えているものと木の幹に生えるものとでは若干色や大きさが違い、毒キノコに似ているものがあった。危険を回避する為によほど間違えようのないもの以外は採らないようにしていた。ご近所のキノコ採りの名人と一緒に山へ入る時だけは安心して採取出来たのだが。
「そうね、後でじいやに聞くわ。種類にもよるけれど、ミィソの汁に入れたり炒めたり食べ方はたくさんあるのよ」
ただ今までこの森でキッコを見たことがないのでまだ菌は少ないのだろう。地表に出てくるものがもう少し増え、頻繁に見かけるようになってからじいやに聞くことにしよう。
その後もカッシとナーラを採取し続けていると風に乗って春を思い起こさせる香りが漂って来る。もうすぐ森を抜けるのだろう。けれどお父様とタデは「臭い臭い」と騒ぐ。
「もう二人とも! ナーのおかげで油を作ることが出来たのよ! いい加減に慣れてちょうだい!」
そうなのだ。風に混ざる香りはナーの花の独特な香りだ。お母様とハコベさんはもう慣れたというと、お父様たちはしかめっ面をしながらも口を閉ざす。そのまま森を突き進むとナーの花畑の前へと出た。
「臭いが……」
「圧巻の光景だな……」
青空の下で黄色の絨毯が広がっている。お父様とタデは息を止めながらもその美しいコントラストに見入っている。花が終わった畑では種を採取したり新しく植え付けたりと民たちはてきぱきと作業をしている。畑作業の者たちも独特の香りに慣れ、むしろ最近は油を恵んでくれる植物だからと大事に扱っている。
「姫様ー!」
ナーの畑の中からエビネの声がする。手を振りながら向かって来るということは、私たちを見つけて声をかけただけではないようだ。
「どうかしたー?」
名指して呼ばれた私は声を張り上げ畑へと向かう。エビネはニコニコと笑いながら上を指さしているが、空はどこまでも高く青く雲はない。
「姫様、違いますよ」
合流したエビネはくすくすと笑っている。
「ほら、ここを見上げてください」
エビネの指の先を見ると、鼻呼吸から口呼吸に変えたお父様とタデ、それにお母様とハコベさんも「あ!」と声を上げた。
「花……よね?」
「えぇ。あちらの畑でも花芽が出ていますよ」
ナーの畑の横へと植えたデーツ並木に花が咲き始めたようである。クリーム色に近い黄緑の、ほうきのような花を見て、私は密かに思っていたことを皆に話すことにした。
12
お気に入りに追加
1,950
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!
ハルノ
ファンタジー
過労死した主人公が、異世界に飛ばされてしまいました
。ここは天国か、地獄か。メイド長・ジェミニが丁寧にもてなしてくれたけれども、どうも味覚に違いがあるようです。異世界に飛ばされたとわかり、屋敷の主、領主の元でこの世界のマナーを学びます。
令嬢はお菓子作りを趣味とすると知り、キッチンを借りた女性。元々好きだった料理のスキルを活用して、ジェミニも領主も、料理のおいしさに目覚めました。
そのスキルを生かしたいと、いろいろなことがあってから騎士団の料理係に就職。
ひとり暮らしではなかなか作ることのなかった料理も、大人数の料理を作ることと、満足そうに食べる青年たちの姿に生きがいを感じる日々を送る話。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」を使用しています。
転生王女は現代知識で無双する
紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。
突然異世界に転生してしまった。
定番になった異世界転生のお話。
仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。
見た目は子供、頭脳は大人。
現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。
魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。
伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。
読んでくれる皆さまに心から感謝です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる