170 / 366
母は強し
しおりを挟む
水に対する盛り上がりが冷めやらぬ水路へと戻り、その端のほうで私たちはコソコソと話し合っている。
「オヒシバ、シャガ、お父様がごめんなさいね。本当に体は大丈夫?」
二人は今一度自分の体の確認をするが、強いていうならタンコブが出来ているくらいだと言う。岩の多いこの土地でその岩にぶつからなかったのは良かったが、どうやら二人はお互いの頭をぶつけたようである。
「それにしてもモクレン様の落ち込みようと言ったら……」
じいやの言葉に私たちは自然と水路を見るが、その時にふとスイレンと目が合った。人混みの中からスイレンはこちらに向かって来る。
「どうしたの? みんな真面目な顔をして?」
私たちの輪に入ったスイレンはキョトンとした顔でそう訊ねる。なので今までの出来事を話すとかなり驚いていた。
「そっか……お父様、オアシスを楽しみにしてたからね。僕もね、最初に水路を見た時はこんなはずじゃなかったって悔しかったんだ。けどね喜ぶ民の顔を見たら、まぁいいかって思えたんだけど……お父様はそう思えなかったんだね」
やはりスイレンはスイレンなりに悔しい思いをしていたようだ。けれどある意味お父様よりも大人な考えの出来るスイレンは途中で気持ちの切り替えが出来たようなのである。そんなスイレンは水路を見て呟く。
「さっきよりも時間が経ったから少し水が流れ始めているね。だけどオアシスを満たすには……どれくらい時間がかかるのか検討もつかないや」
「そうなのよねぇ……」
水路の底は湿り、僅かに水溜まりの出来ている箇所もあるがオアシスまではまだまだ遠い。それを見て私たちはしゃがみ込み同時に溜め息を吐く。そしてようやく落ち着いたばかりの、あの面倒くさい夫婦喧嘩が再燃したらどうしようかという話題に変わっていく。あまり他の者に聞こえないよう小声ではあるが夢中になって話していると横から声をかけられる。
「カレン、スイレン」
ふと横を見れば、今の今まで話題の中心だったお母様がシュンと項垂れるお父様の手を引っ張って来ていたようだ。どうやら話は聞かれてはいなかったようだ。焦りつつもホッと胸を撫で下ろしているとお母様はニコニコとしながら言葉を発する。
「みんなもこっちに来て」
お母様は私たちをそう誘導するが、その笑顔は本心なのかまた怒っているのかが判断出来ず、私たちは言われた通り金魚の糞のようにお母様の後に続く。じいややオヒシバ、シャガにも素早くアイコンタクトを取るが、お母様の笑顔がどの心理状態を表しているのか分からないようで皆不安げな表情で小さく小首を傾げる。
「みんなー! 聞いてちょうだい!」
一番人の集まる場所に着いたお母様は普通にニコニコとしたまま大きな声を張り上げる。皆は何事かと静まり返りお母様に注目する。
「モクレンったらね……」
そう話し始めたお母様は王妃という感じではなく、項垂れたままのお父様も国王の権威は見当たらない。その様子はあくまでも『森の民』の、ただのレンゲとモクレンとして話している。
「知らない者もいるでしょうけど、モクレンはみんなの為の憩いの場を作っていたの。本当ならこの水路は川のように流れるはずだったのですって。その水がその憩いの場を満たすのを見るのが楽しみだったようで……落ち込んでいるらしいのよ」
お母様は実にあっけらかんとそう言うと、民たちは大笑いを始めた。ヒイラギやタデは涙ぐみながら笑い「そんなことを気にしていたのか!」とお父様は民たちに野次を飛ばされている。
「カレンが考えてくれて、スイレンが計算をしてくれて、みんなが頑張ったおかげで水が流れたことを喜べば良いのに、本当にモクレンったら器の小さい男よね」
器が小さいと言われたお父様は顔を上げてショックを隠しきれない表情をしている。
「足りないのなら増やせば良いのに。こんなに簡単なことも分からないなんてモクレンったらまだまだね。明日からまた石管を作って作業をすれば良いじゃない。モクレンのその力と体力があればなんだって出来るでしょう? ひとまず今日は水を得ることが出来た宴をしましょう。たくさんの料理を作りましょう」
お母様はそう言って全てをまとめてしまった。そうだ。時間も材料もたくさんあるのだ。一度作ったノウハウもあるので作業は早く進むことだろう。明日からまた頑張れば良いのだ。お母様に「なんだって出来る」と言われたお父様もすっかり元気が戻り、いつものお父様となりやる気に満ち溢れている。お母様の演説のおかげで宴モードになった民たちは歓喜の声を上げながら民族大移動の如くぞろぞろと広場に戻っていく。
その場にはさっきまで深刻に話し合っていた私たちだけが取り残された。そしてオヒシバとシャガがお父様に投げ飛ばされた理不尽さもまたこの場に取り残され、私たちは何とも言えない表情で肩をポンポンと叩いて励ますことしか出来なかった。
「オヒシバ、シャガ、お父様がごめんなさいね。本当に体は大丈夫?」
二人は今一度自分の体の確認をするが、強いていうならタンコブが出来ているくらいだと言う。岩の多いこの土地でその岩にぶつからなかったのは良かったが、どうやら二人はお互いの頭をぶつけたようである。
「それにしてもモクレン様の落ち込みようと言ったら……」
じいやの言葉に私たちは自然と水路を見るが、その時にふとスイレンと目が合った。人混みの中からスイレンはこちらに向かって来る。
「どうしたの? みんな真面目な顔をして?」
私たちの輪に入ったスイレンはキョトンとした顔でそう訊ねる。なので今までの出来事を話すとかなり驚いていた。
「そっか……お父様、オアシスを楽しみにしてたからね。僕もね、最初に水路を見た時はこんなはずじゃなかったって悔しかったんだ。けどね喜ぶ民の顔を見たら、まぁいいかって思えたんだけど……お父様はそう思えなかったんだね」
やはりスイレンはスイレンなりに悔しい思いをしていたようだ。けれどある意味お父様よりも大人な考えの出来るスイレンは途中で気持ちの切り替えが出来たようなのである。そんなスイレンは水路を見て呟く。
「さっきよりも時間が経ったから少し水が流れ始めているね。だけどオアシスを満たすには……どれくらい時間がかかるのか検討もつかないや」
「そうなのよねぇ……」
水路の底は湿り、僅かに水溜まりの出来ている箇所もあるがオアシスまではまだまだ遠い。それを見て私たちはしゃがみ込み同時に溜め息を吐く。そしてようやく落ち着いたばかりの、あの面倒くさい夫婦喧嘩が再燃したらどうしようかという話題に変わっていく。あまり他の者に聞こえないよう小声ではあるが夢中になって話していると横から声をかけられる。
「カレン、スイレン」
ふと横を見れば、今の今まで話題の中心だったお母様がシュンと項垂れるお父様の手を引っ張って来ていたようだ。どうやら話は聞かれてはいなかったようだ。焦りつつもホッと胸を撫で下ろしているとお母様はニコニコとしながら言葉を発する。
「みんなもこっちに来て」
お母様は私たちをそう誘導するが、その笑顔は本心なのかまた怒っているのかが判断出来ず、私たちは言われた通り金魚の糞のようにお母様の後に続く。じいややオヒシバ、シャガにも素早くアイコンタクトを取るが、お母様の笑顔がどの心理状態を表しているのか分からないようで皆不安げな表情で小さく小首を傾げる。
「みんなー! 聞いてちょうだい!」
一番人の集まる場所に着いたお母様は普通にニコニコとしたまま大きな声を張り上げる。皆は何事かと静まり返りお母様に注目する。
「モクレンったらね……」
そう話し始めたお母様は王妃という感じではなく、項垂れたままのお父様も国王の権威は見当たらない。その様子はあくまでも『森の民』の、ただのレンゲとモクレンとして話している。
「知らない者もいるでしょうけど、モクレンはみんなの為の憩いの場を作っていたの。本当ならこの水路は川のように流れるはずだったのですって。その水がその憩いの場を満たすのを見るのが楽しみだったようで……落ち込んでいるらしいのよ」
お母様は実にあっけらかんとそう言うと、民たちは大笑いを始めた。ヒイラギやタデは涙ぐみながら笑い「そんなことを気にしていたのか!」とお父様は民たちに野次を飛ばされている。
「カレンが考えてくれて、スイレンが計算をしてくれて、みんなが頑張ったおかげで水が流れたことを喜べば良いのに、本当にモクレンったら器の小さい男よね」
器が小さいと言われたお父様は顔を上げてショックを隠しきれない表情をしている。
「足りないのなら増やせば良いのに。こんなに簡単なことも分からないなんてモクレンったらまだまだね。明日からまた石管を作って作業をすれば良いじゃない。モクレンのその力と体力があればなんだって出来るでしょう? ひとまず今日は水を得ることが出来た宴をしましょう。たくさんの料理を作りましょう」
お母様はそう言って全てをまとめてしまった。そうだ。時間も材料もたくさんあるのだ。一度作ったノウハウもあるので作業は早く進むことだろう。明日からまた頑張れば良いのだ。お母様に「なんだって出来る」と言われたお父様もすっかり元気が戻り、いつものお父様となりやる気に満ち溢れている。お母様の演説のおかげで宴モードになった民たちは歓喜の声を上げながら民族大移動の如くぞろぞろと広場に戻っていく。
その場にはさっきまで深刻に話し合っていた私たちだけが取り残された。そしてオヒシバとシャガがお父様に投げ飛ばされた理不尽さもまたこの場に取り残され、私たちは何とも言えない表情で肩をポンポンと叩いて励ますことしか出来なかった。
31
お気に入りに追加
1,971
あなたにおすすめの小説
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
転生幼女が魔法無双で素材を集めて物作り&ほのぼの天気予報ライフ 「あたし『お天気キャスター』になるの! 願ったのは『大魔術師』じゃないの!」
なつきコイン
ファンタジー
転生者の幼女レイニィは、女神から現代知識を異世界に広めることの引き換えに、なりたかった『お天気キャスター』になるため、加護と仮職(プレジョブ)を授かった。
授かった加護は、前世の記憶(異世界)、魔力無限、自己再生
そして、仮職(プレジョブ)は『大魔術師(仮)』
仮職が『お天気キャスター』でなかったことにショックを受けるが、まだ仮職だ。『お天気キャスター』の職を得るため、努力を重ねることにした。
魔術の勉強や試練の達成、同時に気象観測もしようとしたが、この世界、肝心の観測器具が温度計すらなかった。なければどうする。作るしかないでしょう。
常識外れの魔法を駆使し、蟻の化け物やスライムを狩り、素材を集めて観測器具を作っていく。
ほのぼの家族と周りのみんなに助けられ、レイニィは『お天気キャスター』目指して、今日も頑張る。時々は頑張り過ぎちゃうけど、それはご愛敬だ。
カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、Novelism、ノベルバ、アルファポリス、に公開中
タイトルを
「転生したって、あたし『お天気キャスター』になるの! そう女神様にお願いしたのに、なぜ『大魔術師(仮)』?!」
から変更しました。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる