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ピンチ到来

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 ヤンナギの枝を採取するのに夢中になっているうちに湿地帯の奥へと進んでいたらしく、足元の水分量が増えてきているのに気付いた。履物が泥まみれになっており、元の場所に戻ろうと顔を上げると近くでペーターさんも一所懸命に枝を採取していたが、じいやが立ったまま動いていないことに気付いた。

「じいや?」

 声をかけたが反応がない。それどころかこちらに背を向けて立っているが、毛の生えていない頭が青白く見える。顔面蒼白ならぬ後頭部蒼白だ。

「じいや大丈夫?」

 年齢は教えてくれないが、それなりの高齢であるはずのじいやが脳や心臓などの病気なのかと心配になり駆け寄る。じいやの服を掴みその顔を見れば、瞬きもせずに一点を見つめている。自然とじいやの視線の先を辿ると初めは気付かなかったが何かが動いているような気がする。何かと思い目を凝らして見ると、こげ茶色のうごめくものがいてようやくその正体が分かった。

「キャー!」

 私の叫び声を聞いたペーターさんや遠くにいたイチビたちが急いでこちらに来るが、じいやはまだ動く気配がない。ペーターさんたちは私たちの視線の先を見て理解したようだ。

「おぉ!スネックじゃないか。……ベンジャミン殿?」

 ペーターさんが発した「スネック」とは私から見たらヘビだ。そしてそのスネックを見たまま顔面蒼白で動かないじいやを不思議そうな顔をしてペーターさんは見ている。

「スネックは私たちの町に必要なんだ。捕まえよう」

 それを聞いたじいやは目をひん剥いて小刻みに顔を左右に動かしイヤイヤをしている。それを見たペーターさんは困惑気味にじいやに尋ねた。

「森にもスネックはいるだろう……?」

 すると後ろからシャガが助け舟を出した。

「ベンジャミン様はその昔、お顔の上をミズズが這って以来スネックがお嫌いなのです。巨大種のスネック以外のあのような小型種はミズズを思い出してしまわれるのです」

 そのシャガの言葉に今度は私が驚く。美樹として生きていた時は田舎だったこともあり、ヘビは普通に見慣れている。家の庭にも通学路にも、遊び場だった山や川辺のどこにでもヘビはいた。シャガは『小型種』と言ったが、目の前にいるスネックは体を真っ直ぐに伸ばしているわけではないが確実に一メートル以上ある。私の中で小型種と思えるのはせいぜい五十~六十センチほどのものだ。だとしたら巨大種とはどれ程の大きさなのだろうか。
 じいやは棒立ち、私は口をあんぐりと開けていると、ペーターさんは私たちを見て離れるように言う。

「……苦手なら仕方がない。君たちは大丈夫なんだな?あのスネックは群れで行動する。近くにたくさん居るはずだ。毒は無いが気を付けて、そして頭は落としてくれ」

 じいやは『群れ』と聞いた途端に私を小脇に抱え猛ダッシュで逃げた。体制の不安定さから舌を噛みそうで声も出せず必死にじいやにしがみついたが、軽々と片手で私を抱えながらかなりのスピードで走るじいやのパワーは計り知れない。かなり離れたところでようやくじいやは立ち止まったが、息一つ切れていないことに驚く。

 地面に降ろしてもらった私は元の場所を見ると、ペーターさんやイチビたちが地面に向かって刃物を振り下ろしている。正確にはスネックの頭にだろう。いつまで経っても終わる気配がなく、あの場所に留まらなくて良かったと心から思ってしまった。

 しばらくするとようやくスネックを殲滅したのかイチビたちの動きが変わる。そのままイチビたちを見ているとしゃがんで何かをした後にようやくこちらに向かって歩いて来た。
 みんなの片手には生えていた植物を結んでまとめられたヤンナギの枝があり、元々はそれを採取していたことを思い出す。そしてもう片方の手には同じようにまとめられた大量のスネックがいた。
 美樹のご近所さんが草刈り機で草を刈っている最中にうっかりヘビを真っ二つにしたことは何回か見たことがあるので普通の女子よりは耐性があるが、頭を落としたスネックが血を流しながらもまだ動いていて、特にその内の一匹がハマスゲの腕に絡みついているのはなかなかにエグい絵面だ。

「うわぁ……」

 なんとも言えない感想が口から漏れると同時に、後ろから重いものが地面に落ちる音がした。振り向くとなんとあのじいやが気絶していた。

「えぇ!?じいや!?大丈夫!?」

「よほど……苦手なんだろうなぁ……」

 ペーターさんはなんとも言えない表情をしてそう呟いた。イチビたちは「お可哀そうに……」とスネックを持ったまま嘆いている。揺すっても叩いてもじいやは目を覚ますことがなく、結局土が入った樽と一緒に荷車に載せられたが、そのじいやの横には頭の無いスネックが並べられていたことは言わないでおこうと誓った私だった。
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