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お待ちかねの『アレ』の納品
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表面上は爽やかにニコリと笑い、内心は悪代官も真っ青なほどいやらしい笑みをこぼしている私にニコライさんは語りかけた。
「そうでした!注文された物を作って参りましたよ!出来上がった物を見ても何に使うのか全く分からなかったのですが……」
「一度見せてもらってもいいかしら?」
ようやく、ようやくアレが手に入る。私は自然な微笑みを携えウキウキしながら全員で外へと出た。カーラさんは「残念だけど一度店に戻るよ」と仕事に戻って行った。
食堂の側には屋根付きの二頭立ての立派な馬車が四台も並んでいた。身なりの良い御者たちは背筋を伸ばしたまま御者席に座っている。
「ちょっとニコライさん!私たちが飲み食いしてる間、この人たちはずっと待ってたの!?ちゃんと休ませてあげなきゃダメじゃない!」
「え?……いや、考えてみればそうですね……」
「まさかいつもこんなことをしているの!?同じ人間なんだから疲れたりお腹が空いたりするのは当たり前でしょう!?」
王国では適度に休憩をとりながら働いているので、主を待ったまま緊張感を維持している御者たちが辛くないかと思いつい怒ってしまった。御者たちもそれが当たり前だったのか、はたまた主が小娘に怒られている姿に驚いたのかあたふたとしている。空気を読んだマークさんが動き、食堂に人数分の飲み物と食事を注文し御者たちに中で休むように指示を出す。御者たちは私にわざわざ一礼をしてから中へと入って行った。
「ニコライさん、いい?人は大事にしないとダメよ?大事にしない主はいつか見限られるわよ」
箱入り息子だったのか、ニコライさんは俺様ではないけれど気が利くタイプではなかったらしくその場で猛省していた。同じくマークさんもニコライさんの隣で小さくなっている。
萎縮してしまった二人に普通のトーンで話しかけた。
「それでお願いした物はどこかしら?」
私の問いかけにマークさんは三台目の馬車に走る。荷物の積み下ろしは御者にやらせていたのかマークさんが辛そうに見えたので、じいやに声をかけ手伝ってもらった。
地面に置かれた金属製の物を見て、持って来たニコライさんも含め全員が不思議そうな顔をしている。ステンレスで作られたそれは私の知る鉄製の物よりも見た目の重量感はないが、細部を確認すると頼んだ通りの出来になっている。ペダルを踏むと難儀だったであろう部分はしっかりと回転をする。
「カレン嬢、これは何なのですか?もし数が必要であればと思い、こちらも十台作って参りました。必要でなければ用途をお伺いして他所に売るつもりなのですが……」
「実はね、まだ完成じゃないのよ。騙したつもりはないんだけれど、ごめんなさい」
ニコライさんに謝りつつ、イチビたち四人にそれぞれ購入してきて欲しい物を、またはブルーノさんから借りてきて欲しい物を伝える。四人は脱兎のごとく走り出し、ほんの数分で戻って来てくれた。そしてその場で加工を頼む。
イチビに頼んだ板を指定した形に何枚も加工してもらい、シャガに頼んだかなり太い鉄の針金を、ハマスゲが借りてきたニッパのような物で切断しその両側を金槌で等間隔に板に打ち付けていく。一通り出来たらそれをニコライさんが作った物にはめ込む。
取り付けた板はドラム状となり、ペダルを踏むとそのドラム部分が勢い良く回る。
「完璧よ!」
「カレン嬢、私にはまだ分からないのですが……」
喜ぶ私とは対象的にその場の全員が困惑気味のようだ。なのでオヒシバに頼んだ片手ほどのムギンの藁をドラム部分にあてがいペダルを踏んだ。穂の付いていない藁ではあったが、じいやたちはそれで理解したらしく歓声を上げる。
「姫様!これで皆がまた楽になりますぞ!」
じいやは興奮しているが、やはりニコライさんには縁のない物のようでさっぱり分からないという表情をしている。
「これはね足踏式の脱穀機なのよ」
信じられないことに、この世界では未だに脱穀をちまちまと手作業でしていたのだ。良くて金属を櫛状にした『千歯扱き』のような物を使うか、ヒーズル王国やリトールの町のような裕福ではない場所では布の上で穂先を棒で叩いて脱穀していたのだ。
「農作業で使う道具なのよ。これがあれば作業がかなり楽になるの。こちらは五台買わせていただくわ。残りは多分この町で全部売れるはずよ」
農作業などしたことのないニコライさんやマークさんには、これがどれだけすごい道具なのか分からないらしく金貨二枚で良いと言う。想像してたよりもあまりの安さに驚いたが、他の町では金貨五枚か大金貨一枚で売ってみるつもりだと言う。
「ニコライさん……まだ分かってないと思うけれど、この道具の反響はすごいと思うわよ?」
はぁ……、と気の抜けた返事をするので、近くを歩いていた人を呼び止め私が脱穀機の説明をする。説明を聞くや否や歓喜の声を上げ、その声を聞いた人がまた集まる。もう一度説明をしたあとに私は大きな声で言った。
「この脱穀機だけれど、金貨二枚ですって!」
それを聞いた町の人は我先にとニコライさんに詰め寄り、喧嘩が起きそうになったので急きょ私が提案した抽選方式によりようやく落ち着いたのだった。
ここまでの事態になるとは思ってもいなかったニコライさんの溜め息に、私は苦笑いするしか出来なかった。
「そうでした!注文された物を作って参りましたよ!出来上がった物を見ても何に使うのか全く分からなかったのですが……」
「一度見せてもらってもいいかしら?」
ようやく、ようやくアレが手に入る。私は自然な微笑みを携えウキウキしながら全員で外へと出た。カーラさんは「残念だけど一度店に戻るよ」と仕事に戻って行った。
食堂の側には屋根付きの二頭立ての立派な馬車が四台も並んでいた。身なりの良い御者たちは背筋を伸ばしたまま御者席に座っている。
「ちょっとニコライさん!私たちが飲み食いしてる間、この人たちはずっと待ってたの!?ちゃんと休ませてあげなきゃダメじゃない!」
「え?……いや、考えてみればそうですね……」
「まさかいつもこんなことをしているの!?同じ人間なんだから疲れたりお腹が空いたりするのは当たり前でしょう!?」
王国では適度に休憩をとりながら働いているので、主を待ったまま緊張感を維持している御者たちが辛くないかと思いつい怒ってしまった。御者たちもそれが当たり前だったのか、はたまた主が小娘に怒られている姿に驚いたのかあたふたとしている。空気を読んだマークさんが動き、食堂に人数分の飲み物と食事を注文し御者たちに中で休むように指示を出す。御者たちは私にわざわざ一礼をしてから中へと入って行った。
「ニコライさん、いい?人は大事にしないとダメよ?大事にしない主はいつか見限られるわよ」
箱入り息子だったのか、ニコライさんは俺様ではないけれど気が利くタイプではなかったらしくその場で猛省していた。同じくマークさんもニコライさんの隣で小さくなっている。
萎縮してしまった二人に普通のトーンで話しかけた。
「それでお願いした物はどこかしら?」
私の問いかけにマークさんは三台目の馬車に走る。荷物の積み下ろしは御者にやらせていたのかマークさんが辛そうに見えたので、じいやに声をかけ手伝ってもらった。
地面に置かれた金属製の物を見て、持って来たニコライさんも含め全員が不思議そうな顔をしている。ステンレスで作られたそれは私の知る鉄製の物よりも見た目の重量感はないが、細部を確認すると頼んだ通りの出来になっている。ペダルを踏むと難儀だったであろう部分はしっかりと回転をする。
「カレン嬢、これは何なのですか?もし数が必要であればと思い、こちらも十台作って参りました。必要でなければ用途をお伺いして他所に売るつもりなのですが……」
「実はね、まだ完成じゃないのよ。騙したつもりはないんだけれど、ごめんなさい」
ニコライさんに謝りつつ、イチビたち四人にそれぞれ購入してきて欲しい物を、またはブルーノさんから借りてきて欲しい物を伝える。四人は脱兎のごとく走り出し、ほんの数分で戻って来てくれた。そしてその場で加工を頼む。
イチビに頼んだ板を指定した形に何枚も加工してもらい、シャガに頼んだかなり太い鉄の針金を、ハマスゲが借りてきたニッパのような物で切断しその両側を金槌で等間隔に板に打ち付けていく。一通り出来たらそれをニコライさんが作った物にはめ込む。
取り付けた板はドラム状となり、ペダルを踏むとそのドラム部分が勢い良く回る。
「完璧よ!」
「カレン嬢、私にはまだ分からないのですが……」
喜ぶ私とは対象的にその場の全員が困惑気味のようだ。なのでオヒシバに頼んだ片手ほどのムギンの藁をドラム部分にあてがいペダルを踏んだ。穂の付いていない藁ではあったが、じいやたちはそれで理解したらしく歓声を上げる。
「姫様!これで皆がまた楽になりますぞ!」
じいやは興奮しているが、やはりニコライさんには縁のない物のようでさっぱり分からないという表情をしている。
「これはね足踏式の脱穀機なのよ」
信じられないことに、この世界では未だに脱穀をちまちまと手作業でしていたのだ。良くて金属を櫛状にした『千歯扱き』のような物を使うか、ヒーズル王国やリトールの町のような裕福ではない場所では布の上で穂先を棒で叩いて脱穀していたのだ。
「農作業で使う道具なのよ。これがあれば作業がかなり楽になるの。こちらは五台買わせていただくわ。残りは多分この町で全部売れるはずよ」
農作業などしたことのないニコライさんやマークさんには、これがどれだけすごい道具なのか分からないらしく金貨二枚で良いと言う。想像してたよりもあまりの安さに驚いたが、他の町では金貨五枚か大金貨一枚で売ってみるつもりだと言う。
「ニコライさん……まだ分かってないと思うけれど、この道具の反響はすごいと思うわよ?」
はぁ……、と気の抜けた返事をするので、近くを歩いていた人を呼び止め私が脱穀機の説明をする。説明を聞くや否や歓喜の声を上げ、その声を聞いた人がまた集まる。もう一度説明をしたあとに私は大きな声で言った。
「この脱穀機だけれど、金貨二枚ですって!」
それを聞いた町の人は我先にとニコライさんに詰め寄り、喧嘩が起きそうになったので急きょ私が提案した抽選方式によりようやく落ち着いたのだった。
ここまでの事態になるとは思ってもいなかったニコライさんの溜め息に、私は苦笑いするしか出来なかった。
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