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スイレンの開花

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  どうしようどうしよう……今まで家からも出たことのない、ましてや外を知らないスイレンを連れて来てしまったんだ。具合が悪くなってしまったのかもしれない。慣れない環境にパニックになっているのかもしれない。私たちは早歩きから次第に小走りとなりながら大工さんの家へと着いた。

「スイレン!スイレン!大丈夫!?」

  一番身軽な私が先陣を切って家に入ると、大工さんは「しいー」と人差し指を口にあて私の所へ静かに歩いて来る。

「彼は弟なんだって?……ちょっと考えられないくらい物覚えが良すぎてね。測量を教えて欲しいとは言っても数学が出来なければ理解が出来ないと思って、少しだけ数学の話をしたんだ。驚いたことに彼は数々の数式を独自に編み出していたんだよ」

  私は数学とか数式って言葉だけで吐き気を催すのに……。スイレンったらじいやの言う通りすごいじゃない!

「ただ独学だったので計算に無駄があってね。無駄を省いた数式を教えるとすんなりと理解するんだよ。そして教えたばかりの数式で計算を完璧にこなす。こんなにすごい子は初めて見たよ。今は少し応用問題をやってもらっている」

  そ~っとスイレンを盗み見ると、石版ではない何かに必死に数字を書いている。

「……あれ?この世界って石版に字を書くんじゃないの??」

「あぁ……懐かしいな。二十年ほど前まではそうだったが、今では史実やよほど大事なことではない限り、黒く塗った木の板にチョークンという白い粉を固めたもので書くんだよ」

  じいやもそれを知らなかったらしく、いつの間にか私の後ろに立って驚いている。だよね、重い石版なんて持ち運びも大変だし。

「そしてヒイラギ君。彼はさすが森の民だよ。私も知らなかった木の特性を熟知している。お互いに知らなかった技術を伝えあっているところだ。今は私の工房で作業をしているよ」

  なんか私よりも二人のほうが救世主っぽくない?なんて苦笑いで思っているとペーターさんが質問する。

「ブルーノよ。森の民の皆さんをわざわざ呼んだのは何故だ?まだ買い物の途中なんだ」

「あぁそうだった」

  大工さんことブルーノさんは続ける。

「君たちは必要な物を手に入れたら帰ってしまうのだろう?そうしたらここに来るのはまた先になってしまう。スイレン君の集中力と学習能力があれば、明日明後日には完璧に測量を覚えると思うんだ。製図も含めてね。スイレン君は測量を覚えることが民の為になると言っていたのだが……もう数日ここに滞在しないかね?もちろん私の家に泊まって構わないよ」

  私はじいやとタデと顔を見合わせる。

「それに私自身もね、こんなにも知識を吸収する子は初めて見たんだよ。だから私の教えられる技術を教えたい欲に駆られてね」

  そうブルーノさんは笑う。

「……ねぇじいや?占いおババさんの言っていたことって……」

「私も同じことを考えておりました……」

「私は姫様とベンジャミン様に従います」

  こういう時って良い風が吹いているってことだよね?じゃあその風に身を委ねてみようか。

「分かりました。スイレンの指導をお願いします。私は本当に数字が嫌いで……少しの間お世話になります!」

  私が頭を下げると、じいやもタデも頭を下げる気配を感じた。ブルーノさんは笑いながらペーターさんに裏庭へと案内するように伝えた。

  私たちは一旦外に出て、ペーターさんの後ろを着いて裏庭に回る。ここに荷車を置かせてもらえるようだ。少し離れた場所にはたくさんの板や角材が見える。

「ねぇペーターさん?ここで木から板を作るの?」

「いや、製材所はまた別にあるよ。見たいのかね?」

「見たいけど……うーん……もうお金も残り少ないし……って、あ!カーラさんに今日は買い物しないって言わないと!」

  そして私たちはカーラさんの店へと戻った。大体の町の道は覚えたから、ここで案内をしてくれていたペーターさんとお別れする。ペーターさんは「何か困ったことがあったら声をかけてくれ」と、また町の入り口へと戻って行った。

「ねぇカーラさん?ペーターさんって何者?」

  なんとなく話題を振るとカーラさんは豪快に笑う。

「そうだよねぇ!知らない人からしたら謎な老人だよねぇ!ああ見えて齢《よわい》百七十歳、しかもこの町の町長だ!この町はのんびりとしていてやることが少ないからと、ああやって門番の真似事をして楽しんでいるのさ」

「百七十!?……ず……随分とお元気ですね……。ちなみに大工のブルーノさんは?」

「あの歩き方を見るとそんな年齢に感じないよねぇ!ブルーノさんはもう少し若くて確か……百二十歳くらいじゃなかったかねぇ?」

  若くないよ!とツッコミを入れることも出来ずに愛想笑いをする。そして今日は買い物をしないことを告げ、私たちは町の散策に出ることにした。だけどタデはヒイラギと一緒に技術を磨くと言い、ブルーノさんの家へと向かった。
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