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第一部 《鬼手》と《影虎》
撃ち合い(三)
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何を言うのだ、とでも言いたげに目を見張る晃政に、隆二は口端だけ上げてにやついた笑いをする。
「俺にやられるような、そんな刀で、あの人らが殺されたとあっちゃあ、やっぱり後味が良くねぇ」
まるで、道を塞ぐ雑兵のようにただ斬り捨てられたわけでなく、同じように、確りと胸の内に信じた何かを持っていたと、それがぶつかり合った結果だったのだと、そう証明して欲しかった。
「《影虎》——おめぇが信じた志の元、純粋にその刀を振るうなら、俺を斬れ」
そう言って、隆二は口を噤んだ。握り込んだ拳を、身体の前に構えると、ぞっとするような気を含んだ瞳で晃政を見据えた。
それを受け留めているのか、流れに身を任せるようにじっと構えていた晃政が、ふ、と溜息をつく。
「それで、お主の気が晴れるなら」
それを合図に、とと、と流れるように踏み込み間合いを詰める。
その速さに、風がひゅ、と鋭い音を立てた。
左薙で振るわれた刀を躱し、続けて一呼吸で繰り出される刺突からの右切上が、紙一重でさっとさらしに傷を作る。
晃政がわずかに息を整えた瞬間、隆二の拳がその頰を擦り、熱が走る。
二、三歩後方へ飛び退さり、互いに体勢を立て直すと、瞬きする間も惜しんで、再度、双方踏み込み、剣戟と打撃が交わった。
「《鬼手》」
「おう、なんだ《影虎》」
隆二の手に巻きつけたさらしに、血が滲んでいる。
びりびりと痺れる己の手をちらりと見て、晃政が苦笑する。
「鬼のように強い無手、というのは本当らしいな」
「は! そんなところ騙ってどうするってんだ」
ぎゅっと半身の構えをとって、隆二は可笑しそうに笑った。
晃政も、柄を握る手に二度ほど力を込め、正眼に構える。
「お主のような男、斬るのは惜しいな」
晃政のその言葉に、にやりと口端を上げると、隆二は一気に踏み込む。
晃政は、動かない。
ただ、隆二をじっと見つめて、眼前に迫る拳を待つ。
隆二の狙いは、腕、そして、そのまま胴。
力任せに叩き込めば、しばらく刀を持つ手には力が入らないだろう。
ただ、単純にそれを打たせてもらえるとは思っていない。
あと一歩、というところで、ぐ、と身を沈め、一気に跳躍する。
その勢いのまま繰り出した、蹴りが空を切った。
「ッ、そこだ!」
左手を地面に着くと、そのまま蹴りの遠心力を利用して、身体を反転させる。とん、とついた右足をばねに伸び上がりながら、左脚、右手とその気配のする方へと叩き込む。
晃政の刀に、一瞬だけ拳が掠るが、手ごたえはあまりない。隆二が舌打ちする。
——これに、ついてくるか
体勢を整えようとするが、隆二の左足が地面に届くのが僅かに遅かった。
す、と流れる雨粒のように動いた切先が、光った。
右肩から左脇に、冷たい感覚が走る。直後、真っ赤な鉄を押し当てられたような熱に、隆二は蹌踉めく。
「ふ……っ」
半身の構えを取りながら、ゆっくりと己の体を見て、隆二は息をついた。どくどくと流れ出る緋色が、腹のさらしを濡らしている。
「御免」
晃政の声が左下からしたかと思うと、腹のさらしが弾け飛んだ。
ば、と吹き出る血が、晃政の顔を濡らす。
「迷いなく……腹ァ、さばきやがって……」
ごふ、と咳き込む。けれど、隆二は笑っていた。
斬られながらも、白い歯を見せて、膝をつく。
「《鬼手》……確かに鬼神のごとき闘いぶりであった」
「言ってろ……」
ごしゃ、と音を立てて、隆二の身体が河原の砂利に倒れ込んだ。じわりじわりと、紅が流れていく。
——迷わず、か
その紅を見下ろしながら、晃政は目を細める。
幾度となく迷った。
幾度となく揺れた。
けれど、決めていたのだ。
《影虎》と呼ばれ始めた、あの頃から。
ただひたすらに、無心で剣を振るうことが、己の志だと。
どれだけの葛藤があったとしても、手にした刃を振るい続けることが、それまでに斬り捨てた相手への誠意だと。
人斬りが不要となったとされる明治、廃刀令によって違法となった刀を隠し持ちながらも、晃政は刀を振るい続ける。
《影虎》として、そして、柄本晃政という人間として。
己が正しいと思う剣を、振るい続ける。
人斬り《影虎》——それは、決して過去の亡霊などではなかった。
明治の世に生き残る、数少ない本物の人斬りだった。
「俺にやられるような、そんな刀で、あの人らが殺されたとあっちゃあ、やっぱり後味が良くねぇ」
まるで、道を塞ぐ雑兵のようにただ斬り捨てられたわけでなく、同じように、確りと胸の内に信じた何かを持っていたと、それがぶつかり合った結果だったのだと、そう証明して欲しかった。
「《影虎》——おめぇが信じた志の元、純粋にその刀を振るうなら、俺を斬れ」
そう言って、隆二は口を噤んだ。握り込んだ拳を、身体の前に構えると、ぞっとするような気を含んだ瞳で晃政を見据えた。
それを受け留めているのか、流れに身を任せるようにじっと構えていた晃政が、ふ、と溜息をつく。
「それで、お主の気が晴れるなら」
それを合図に、とと、と流れるように踏み込み間合いを詰める。
その速さに、風がひゅ、と鋭い音を立てた。
左薙で振るわれた刀を躱し、続けて一呼吸で繰り出される刺突からの右切上が、紙一重でさっとさらしに傷を作る。
晃政がわずかに息を整えた瞬間、隆二の拳がその頰を擦り、熱が走る。
二、三歩後方へ飛び退さり、互いに体勢を立て直すと、瞬きする間も惜しんで、再度、双方踏み込み、剣戟と打撃が交わった。
「《鬼手》」
「おう、なんだ《影虎》」
隆二の手に巻きつけたさらしに、血が滲んでいる。
びりびりと痺れる己の手をちらりと見て、晃政が苦笑する。
「鬼のように強い無手、というのは本当らしいな」
「は! そんなところ騙ってどうするってんだ」
ぎゅっと半身の構えをとって、隆二は可笑しそうに笑った。
晃政も、柄を握る手に二度ほど力を込め、正眼に構える。
「お主のような男、斬るのは惜しいな」
晃政のその言葉に、にやりと口端を上げると、隆二は一気に踏み込む。
晃政は、動かない。
ただ、隆二をじっと見つめて、眼前に迫る拳を待つ。
隆二の狙いは、腕、そして、そのまま胴。
力任せに叩き込めば、しばらく刀を持つ手には力が入らないだろう。
ただ、単純にそれを打たせてもらえるとは思っていない。
あと一歩、というところで、ぐ、と身を沈め、一気に跳躍する。
その勢いのまま繰り出した、蹴りが空を切った。
「ッ、そこだ!」
左手を地面に着くと、そのまま蹴りの遠心力を利用して、身体を反転させる。とん、とついた右足をばねに伸び上がりながら、左脚、右手とその気配のする方へと叩き込む。
晃政の刀に、一瞬だけ拳が掠るが、手ごたえはあまりない。隆二が舌打ちする。
——これに、ついてくるか
体勢を整えようとするが、隆二の左足が地面に届くのが僅かに遅かった。
す、と流れる雨粒のように動いた切先が、光った。
右肩から左脇に、冷たい感覚が走る。直後、真っ赤な鉄を押し当てられたような熱に、隆二は蹌踉めく。
「ふ……っ」
半身の構えを取りながら、ゆっくりと己の体を見て、隆二は息をついた。どくどくと流れ出る緋色が、腹のさらしを濡らしている。
「御免」
晃政の声が左下からしたかと思うと、腹のさらしが弾け飛んだ。
ば、と吹き出る血が、晃政の顔を濡らす。
「迷いなく……腹ァ、さばきやがって……」
ごふ、と咳き込む。けれど、隆二は笑っていた。
斬られながらも、白い歯を見せて、膝をつく。
「《鬼手》……確かに鬼神のごとき闘いぶりであった」
「言ってろ……」
ごしゃ、と音を立てて、隆二の身体が河原の砂利に倒れ込んだ。じわりじわりと、紅が流れていく。
——迷わず、か
その紅を見下ろしながら、晃政は目を細める。
幾度となく迷った。
幾度となく揺れた。
けれど、決めていたのだ。
《影虎》と呼ばれ始めた、あの頃から。
ただひたすらに、無心で剣を振るうことが、己の志だと。
どれだけの葛藤があったとしても、手にした刃を振るい続けることが、それまでに斬り捨てた相手への誠意だと。
人斬りが不要となったとされる明治、廃刀令によって違法となった刀を隠し持ちながらも、晃政は刀を振るい続ける。
《影虎》として、そして、柄本晃政という人間として。
己が正しいと思う剣を、振るい続ける。
人斬り《影虎》——それは、決して過去の亡霊などではなかった。
明治の世に生き残る、数少ない本物の人斬りだった。
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