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第十章 終わりと始まり
10-11. ユウリの決断
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「ユウリっ!」
四人の王子たちに支えられる様にして執務室へ入ると、名前を呼ばれて、突き飛ばされるように抱き締められる。
スミレ色の髪を撫でて、ユウリが破顔した。
「ナディア、ただいま」
「酷いことされてない?! 怪我は!? どうして貴女ばかり、こんな……ッ」
ぎゅうぎゅうとユウリを抱きしめながら、ナディアが次第に涙声になっていく。
「大丈夫だよ、ナディア。心配かけて、ごめん」
「ううう……」
「皆さん無事に帰ってきてくれて……良かったわ」
堪え切れず泣き出してしまったナディアに苦笑して、ヴァネッサが嘆息した。
ただじっと帰りを待つ方も、案外しんどいものだったのだ。
「気休めかも知れんが、レヴィ、これを皆に」
ロッシが調合した、疲労回復の効果があるというお茶を飲みながら、ふわりと漂うハーブの香りに皆やっと人心地つく。
一通りの経緯を報告し終えると、ナディアが今度は嬉し泣きを始めて、ユウリは困ったように彼女を宥めている。
「もう、これで全部終わったんだよね」
ソファに身を沈めながらリュカが漫然と呟くのに、ユージンが渋い顔をする。
「危険、と言う意味では、終わったんだろうな。だが、課題は山積みだ」
「法皇様の言ったこと? そんなの、教会に任せればいいんだよ!」
吐き捨てるように言うリュカは、少なからず、ずっと見て見ぬ振りをしていた法皇に憤りを感じていた。
確かに、皇帝を特定しなければ、あの魔導具を使って、クタトリアを止めることも出来なかっただろう。
だが、一歩間違えば、ユウリの命を奪っていたかもしれないのだ。
「そうよ、ユウリ! 危ない目にあったのも、何もかも、教会のせいじゃないの!」
「でも、私は《始まりの魔女》だよ」
怒りながら言うナディアに、ユウリはきっぱりと言い切った。
「《始まりの魔法》も《契約の地図》も扱うことのできる、《魔女》なんだよ」
執務室がしん、と静まり返る。それほど、ユウリの言葉は真っ直ぐ力強く、一片の迷いもなかった。
「ユウリが全部背負う必要ないんだ」
眉根を寄せて呟くヨルンに、ユウリは困ったように首を振った。
「今を平和に生きている世界中の人を、危険に晒したのは私の存在です。だから、いつまでも皆んなの背中に隠れて、守られているだけじゃダメだと思う」
「言うようになったな」
いつか自分がぶつけた苛立ちを返されて、ユージンが苦笑いする横で、リュカは呆れ顔でため息をついた。
「そーいうとこ、ユウリってば、ほんと頑固だよね」
「リュカさんほど拗らせてはないですけど」
「ちょ、ひど! 普通、その流れで俺をディスる!?」
ふふ、と笑いながら、ユウリの胸中には、ラヴレに念を押されたことが渦巻いていた。
あの後、法皇は今後の教会の動きを皆に伝えた。
法皇の名の下、歴史の公表を行うこと。それに伴う教会への不信も、仕方のないこと。
ただ、どうしても避けたいのは、それが再び争いの種になること。
それには、《始まりの魔女》の復活を告げることが、必要不可欠であること。
——ただし
それに付け加えるように、ラヴレは暗く告げる。
そうすれば、フィニーランド王と《始まりの魔女》の結末を知った民衆が、ユウリとヨルンの関係をどう捉えるかわからない、と。
「ユウリは、もう決めちゃったんだもんねぇ」
「あの、ヨルンさん、その……」
少し拗ねたようにいうヨルンに、ユウリはしどろもどろしていた。
そんな彼女の額にキスを落として、ヨルンは微笑む。
彼女が《始まりの魔女》である限り、仕方のないことだとわかっている。
それに、全ての人を思いやるユウリだからこそ、自分が惹かれ、愛したのだ。
けれど、だからといって、成りゆきに身を任せるという選択肢は、ヨルンにはなかった。
「ユージンのアドバイスが必要かな」
「?」
キョトンとするユウリとは対照的に、ユージンはヨルンの企みを瞬時に悟って、呆れたように額に手を当てていた。
四人の王子たちに支えられる様にして執務室へ入ると、名前を呼ばれて、突き飛ばされるように抱き締められる。
スミレ色の髪を撫でて、ユウリが破顔した。
「ナディア、ただいま」
「酷いことされてない?! 怪我は!? どうして貴女ばかり、こんな……ッ」
ぎゅうぎゅうとユウリを抱きしめながら、ナディアが次第に涙声になっていく。
「大丈夫だよ、ナディア。心配かけて、ごめん」
「ううう……」
「皆さん無事に帰ってきてくれて……良かったわ」
堪え切れず泣き出してしまったナディアに苦笑して、ヴァネッサが嘆息した。
ただじっと帰りを待つ方も、案外しんどいものだったのだ。
「気休めかも知れんが、レヴィ、これを皆に」
ロッシが調合した、疲労回復の効果があるというお茶を飲みながら、ふわりと漂うハーブの香りに皆やっと人心地つく。
一通りの経緯を報告し終えると、ナディアが今度は嬉し泣きを始めて、ユウリは困ったように彼女を宥めている。
「もう、これで全部終わったんだよね」
ソファに身を沈めながらリュカが漫然と呟くのに、ユージンが渋い顔をする。
「危険、と言う意味では、終わったんだろうな。だが、課題は山積みだ」
「法皇様の言ったこと? そんなの、教会に任せればいいんだよ!」
吐き捨てるように言うリュカは、少なからず、ずっと見て見ぬ振りをしていた法皇に憤りを感じていた。
確かに、皇帝を特定しなければ、あの魔導具を使って、クタトリアを止めることも出来なかっただろう。
だが、一歩間違えば、ユウリの命を奪っていたかもしれないのだ。
「そうよ、ユウリ! 危ない目にあったのも、何もかも、教会のせいじゃないの!」
「でも、私は《始まりの魔女》だよ」
怒りながら言うナディアに、ユウリはきっぱりと言い切った。
「《始まりの魔法》も《契約の地図》も扱うことのできる、《魔女》なんだよ」
執務室がしん、と静まり返る。それほど、ユウリの言葉は真っ直ぐ力強く、一片の迷いもなかった。
「ユウリが全部背負う必要ないんだ」
眉根を寄せて呟くヨルンに、ユウリは困ったように首を振った。
「今を平和に生きている世界中の人を、危険に晒したのは私の存在です。だから、いつまでも皆んなの背中に隠れて、守られているだけじゃダメだと思う」
「言うようになったな」
いつか自分がぶつけた苛立ちを返されて、ユージンが苦笑いする横で、リュカは呆れ顔でため息をついた。
「そーいうとこ、ユウリってば、ほんと頑固だよね」
「リュカさんほど拗らせてはないですけど」
「ちょ、ひど! 普通、その流れで俺をディスる!?」
ふふ、と笑いながら、ユウリの胸中には、ラヴレに念を押されたことが渦巻いていた。
あの後、法皇は今後の教会の動きを皆に伝えた。
法皇の名の下、歴史の公表を行うこと。それに伴う教会への不信も、仕方のないこと。
ただ、どうしても避けたいのは、それが再び争いの種になること。
それには、《始まりの魔女》の復活を告げることが、必要不可欠であること。
——ただし
それに付け加えるように、ラヴレは暗く告げる。
そうすれば、フィニーランド王と《始まりの魔女》の結末を知った民衆が、ユウリとヨルンの関係をどう捉えるかわからない、と。
「ユウリは、もう決めちゃったんだもんねぇ」
「あの、ヨルンさん、その……」
少し拗ねたようにいうヨルンに、ユウリはしどろもどろしていた。
そんな彼女の額にキスを落として、ヨルンは微笑む。
彼女が《始まりの魔女》である限り、仕方のないことだとわかっている。
それに、全ての人を思いやるユウリだからこそ、自分が惹かれ、愛したのだ。
けれど、だからといって、成りゆきに身を任せるという選択肢は、ヨルンにはなかった。
「ユージンのアドバイスが必要かな」
「?」
キョトンとするユウリとは対照的に、ユージンはヨルンの企みを瞬時に悟って、呆れたように額に手を当てていた。
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