上 下
110 / 114
第十章 終わりと始まり

10-11. ユウリの決断

しおりを挟む
「ユウリっ!」

 四人の王子たちに支えられる様にして執務室へ入ると、名前を呼ばれて、突き飛ばされるように抱き締められる。
 スミレ色の髪を撫でて、ユウリが破顔した。

「ナディア、ただいま」
「酷いことされてない?! 怪我は!? どうして貴女ばかり、こんな……ッ」

 ぎゅうぎゅうとユウリを抱きしめながら、ナディアが次第に涙声になっていく。

「大丈夫だよ、ナディア。心配かけて、ごめん」
「ううう……」
「皆さん無事に帰ってきてくれて……良かったわ」

 堪え切れず泣き出してしまったナディアに苦笑して、ヴァネッサが嘆息した。
 ただじっと帰りを待つ方も、案外しんどいものだったのだ。

「気休めかも知れんが、レヴィ、これを皆に」

 ロッシが調合した、疲労回復の効果があるというお茶を飲みながら、ふわりと漂うハーブの香りに皆やっと人心地つく。
 一通りの経緯を報告し終えると、ナディアが今度は嬉し泣きを始めて、ユウリは困ったように彼女を宥めている。

「もう、これで全部終わったんだよね」

 ソファに身を沈めながらリュカが漫然と呟くのに、ユージンが渋い顔をする。

「危険、と言う意味では、終わったんだろうな。だが、課題は山積みだ」
「法皇様の言ったこと? そんなの、教会に任せればいいんだよ!」

 吐き捨てるように言うリュカは、少なからず、ずっと見て見ぬ振りをしていた法皇に憤りを感じていた。
 確かに、皇帝を特定しなければ、あの魔導具を使って、クタトリアを止めることも出来なかっただろう。
 だが、一歩間違えば、ユウリの命を奪っていたかもしれないのだ。

「そうよ、ユウリ! 危ない目にあったのも、何もかも、教会のせいじゃないの!」
「でも、私は《始まりの魔女》だよ」

 怒りながら言うナディアに、ユウリはきっぱりと言い切った。

「《始まりの魔法》も《契約の地図》も扱うことのできる、《魔女》なんだよ」

 執務室がしん、と静まり返る。それほど、ユウリの言葉は真っ直ぐ力強く、一片の迷いもなかった。

「ユウリが全部背負う必要ないんだ」

 眉根を寄せて呟くヨルンに、ユウリは困ったように首を振った。

「今を平和に生きている世界中の人を、危険に晒したのは私の存在です。だから、いつまでも皆んなの背中に隠れて、守られているだけじゃダメだと思う」
「言うようになったな」

 いつか自分がぶつけた苛立ちを返されて、ユージンが苦笑いする横で、リュカは呆れ顔でため息をついた。

「そーいうとこ、ユウリってば、ほんと頑固だよね」
「リュカさんほど拗らせてはないですけど」
「ちょ、ひど! 普通、その流れで俺をディスる!?」

 ふふ、と笑いながら、ユウリの胸中には、ラヴレに念を押されたことが渦巻いていた。

 あの後、法皇は今後の教会の動きを皆に伝えた。
 法皇の名の下、歴史の公表を行うこと。それに伴う教会への不信も、仕方のないこと。
 ただ、どうしても避けたいのは、それが再び争いの種になること。
 それには、《始まりの魔女》の復活を告げることが、必要不可欠であること。

 ——ただし

 それに付け加えるように、ラヴレは暗く告げる。

 そうすれば、フィニーランド王と《始まりの魔女》の結末を知った民衆が、ユウリとヨルンの関係をどう捉えるかわからない、と。

「ユウリは、もう決めちゃったんだもんねぇ」
「あの、ヨルンさん、その……」

 少し拗ねたようにいうヨルンに、ユウリはしどろもどろしていた。
 そんな彼女の額にキスを落として、ヨルンは微笑む。

 彼女が《始まりの魔女》である限り、仕方のないことだとわかっている。
 それに、全ての人を思いやるユウリだからこそ、自分が惹かれ、愛したのだ。
 けれど、だからといって、成りゆきに身を任せるという選択肢は、ヨルンにはなかった。

「ユージンのアドバイスが必要かな」
「?」

 キョトンとするユウリとは対照的に、ユージンはヨルンの企みを瞬時に悟って、呆れたように額に手を当てていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

春告竜と二度目の私

こもろう
恋愛
私はどうなってもいい。だからこの子は助けて―― そう叫びながらも処刑された王太子の元婚約者カサンドル。 目が覚めたら、時が巻き戻っていた。 2021.1.23番外編追加しました。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

婚約者を妹に取られましたが、社交パーティーの評価で見返してやるつもりです

キョウキョウ
恋愛
侯爵令嬢ヴィクトリア・ローズウッドは、社交界の寵児として知られ、彼女の主催するパーティーは常に好評を博していた。 しかし、婚約者ダミアン・ブラックソーンは、妹イザベラの策略により、突如として婚約破棄を言い渡す。これまでのパーティーの真の功労者はイザベラだと思い込まされたためだった。 社交界を取り仕切る知識も経験もないイザベラは、次々と失態を重ねていく。 一方、ヴィクトリアは軍事貴族の誉れ高きエドワード・ハーウッドと出会う。社交パーティーを成功させる手腕を求めていた彼との新たな婚約が決まり、二人で素晴らしいパーティーの数々を開催していく。 そして、真実を知ったダミアンが復縁を迫るが、既にヴィクトリアの心は、誠実で優しいエドワードへと向かっていた――。 ※設定ゆるめ、ご都合主義の作品です。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

本気の悪役令嬢 another!

きゃる
恋愛
君は、今度こそこちらを見てくれるかな? 今度こそこの想いを受け取ってくれる? それは、語られなかったもう一つの物語…… 『は? 何で私が運命に抗わなきゃならないの? 悪役令嬢で良いじゃない!! ヒロインを邪魔して攻略対象とくっつければ良いだけでしょう? 簡単じゃない!!』 そう思って頑張っていたのに、ヒロインの攻略対象達から好かれてしまった主人公。 『本気の悪役令嬢!』の主役であった悪役令嬢ブランカと、他のキャラクター達との恋物語。ご要望のあった全ルート攻略編です。『本気の悪役令嬢!』書籍版の裏話なども含んでいます。 貴女の好きなもう一人を選んで下さいね。 更新は不定期、書籍の内容に沿ったものに改変中です。 タイトル画と挿絵は一花八華様。 う、美し過ぎる……。

この記憶、復讐に使います。

SHIN
恋愛
その日は、雲ひとつない晴天でした。 国と国との境目に、2種類の馬車と数人の人物。 これから起こる事に私の手に隠された煌めく銀色が汗に湿り、使用されるのを今か今かとまっています。 チャンスは一度だけ。 大切なあの人の為に私は命をかけます。 隠れ前世の記憶もちが大切な人のためにその知識を使って復讐をする話し。 リハビリ作品です気楽な気持ちでお読みください。 SHIN

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

処理中です...