上 下
107 / 114
第十章 終わりと始まり

10-8. 消滅の儀式ふたたび

しおりを挟む
 アトヴァルが、まるで暇つぶしでもするかのように語らう、思い出と呼ぶには禍々しすぎる過去に、ユウリは横たわったまま身震いする。
 詠唱が進むにつれ、パリパリと、ユウリを覆うクリスタルが解かれていく。
 けれど、どうやっても、力が入らない。
 アトヴァルは続ける。

「優秀な裏切り者の『不死』の術でこの身体を手に入れてから、長かった。同志が出来ては消え、出来ては消え……」

 平坦ながら、哀愁でも漂うかのような声音を聴きながら、ユウリは意識がぼんやりとしてくるのを感じる。
 身体から、魔力が抜け出ていく。ゆらゆらと溢れ出るのを止められない。
 その行き先を目で追うと、そこにはアトヴァルが恍惚の表情で立っていて、揺らめきを飲み込んでいた。

(いやだ、いやだ……!)

「ふむ。抵抗するのは構わないが、長引くだけだぞ」

 ユウリは、体から流れ出ていく魔力を掴んで必死で戻そうとする。しかし、指の隙間から水が溢れ落ちるように、細くゆるゆると放出する魔力が止められないのだ。

 苦痛に歪むユウリの顔を、満足げに眺めるアトヴァルが、ピクリと片眉を上げた。
 パリパリと魔法の発動が始まったかと思うと、空間が歪み、伸びて、軽い破裂音とともに、その広間に人が雪崩れ込んでくる。

「ユウリ!」「ユウリさん!」
「ほお……」

 聞こえた声に、アトヴァルが面白そうに目を細めた。
 複雑に座標を変えたはずなのに、彼らは真っ直ぐにこの《最果ての地》へやって来た。

 ——ラヴレか

 あの男が目論見に気付いて、『アントン』の痕跡を辿ったのだろう。 
 倒れるユウリに駆け寄ろうとする四大王国の王子達の前に、アトヴァルは立ちはだかる。
 ラヴレが、ぎり、と唇を噛み締めながら、その姿を睨みつけた。

「アントン、貴方、やはり」

 同期として、ともに歩んで来た男が、金色を靡かせて笑っている。
 ラヴレは、目にするまで半信半疑だった。
 教会へ配属され、幹部会へ抜擢され、行動をともにし、なんなら共通の趣味さえあった。

「我が名は、アトヴァル=クタトリアス。クタトリア帝国最後の皇帝にして、新クタトリア帝国最初の皇帝となる者」
「な……」

 数百年前に死んだはずの皇帝の存在に、王子達が絶句する。

 アントンだった男を見据えて、ラヴレは拳を握りしめた。
 全て仕組まれていたということなのか。
 けれど、ラヴレがヴォローニ家の秘密をアントンに全て打ち明けたのは、先日が初めてだった。
 驚いた様子のアントンは、ラヴレの使命を知っていたそぶりは感じられなかった。

「イェルディスも詰めが甘かった。研究資料に、走り書きなぞ残すものではない」

 ラヴレの疑問に答えるように、アトヴァルは朗らかに言い放った。

「こんな身になってから、時間は掃いて捨てるほどあったからな。調べることは、造作もなかったぞ」

 魔法に関しては天才的知識と技術を誇り、転生魔法を成し遂げた男が、フィニーランド王と繋がっていた。ならば、ただ《魔女》を転生させるだけはなかったはずだ。
 その繋がりに気づいたアトヴァルは、名前を変え、色を変え、立場も様々に、イェルディスの子孫達——ヴォローニ家の側に居続けた。

「アラン、アクラヴ、アディア、アルシュ……お前には、お前の家には馴染みの深い名前ではないか」

 ラヴレは愕然とする。歴代の『色を持つもの』の手記に、近しい者として出てくる名前に一致する。
 それが、全て、この男だというのか。

 ——なんということだ

 最大の敵であるはずの男に、ヴォローニ家自ら情報を渡していたなんて。
 あれ程慎重に、隠し、守って来た秘密は、とうの昔に秘密の体を成してなかった。
 全てがこの男の手中——その掌で踊らされていた事実を突きつけられて、ラヴレは体液が沸き返るような感覚に襲われる。

「ヨルン君。少し待ってもらえますか」
「学園長……」

 ゆらり、と前に歩み出たラヴレに、今にも攻撃を仕掛けようとしていたヨルンが道を譲る。
 それほど、ラヴレの表情は憤激と怨恨に塗れていた。

 ——私が、気付きさえすれば

 気付く機会など、幾らでもあった。
 もっと詳しく、過去を調べていれば。
 たった一つでも、画像が残っていれば。
 やたらとピンポイントで狙ってくる、その理由に疑問を持っていれば。

 多くを巻き込み、みすみす《始まりの魔女》まで奪われた。
 ラヴレは、自分が許せそうになかった。
 それ以上に、心を許した、ほんの少し前であれば親友とでも呼んでいた男を憎んだ。

「私たちから逃げ切れるつもりですか」
「余裕だな」
「剣術は貴方の足元にも及びませんが、魔法に関しては、私の方がずっと上手です」
「……初めは、お前の要望に応えてやろうか」

 そういいながら剣を抜いたアトヴァルは、ラヴレが詠唱を始めた途端、大股で間合いに踏み込んだ。

「学園長!」

 横薙ぎに振り払われた剣が、リュカの放った防御障壁にバチンとぶつかる。
 詠唱を終えたラヴレの掌から無数の光の刃が放たれるのをかわして、アトヴァルが体勢を立て直す。

「お前の生徒達は優秀だな」

 踏み込もうとする足首をロッシの蔦が巻き取ったのに、アトヴァルは笑みを零しながらそんなことを言った。
 言い終わる前に、ラヴレの光の槍が頰を掠める。
 つ、と流れ出る血を指で拭い取りながら、アトヴァルは心底楽しそうに笑っていた。

「生温いな。……殺す気で来ないと、知らんぞ」

 ひゅう、と風を切る音がしたかと思うと、目の前にアトヴァルが踏み込んでいる。
 すんでのところで飛び退さって、ラヴレは振り下ろされた切っ先を躱す。
 それでもアトヴァルは攻撃の手を止めず、剣を逆袈裟に振り上げ、手首を返すと、首筋を狙って一文字に振るう。そこから突きを繰り出し、あらゆる太刀筋でラヴレを攻める。

「く……っ」

 ラヴレも負けじと応戦していたが、遂に詠唱が途切れた。
 
「学園長!」

 ヨルンが、アトヴァルの剣戟けんげきにも負けない速度で氷刃と障壁を繰り返し、ラヴレから距離を取らせる。
 ユージンが立て続けに土壁を繰り出して、アトヴァルの足元を不安定にさせた。

「やるな、小僧ども」

 剣で土壁を突き崩したアトヴァルが、笑顔のまま、濛々とした土煙の中から現れる。
 ラヴレがつけた頬の傷以外、目立った傷は付いていなかった。

「みなさん、離れて!」

 叫ぶと同時に、ラヴレは自分の持てる魔力を最大限使って、その魔法を唱える。

「《グラヴィ》!」

 いつか、シーヴとグンナルが使った『失われた魔法』。
 圧縮された重量が、空間ごとアトヴァルの半身を消し去る——はずだった。

「がは……ッ」

 返された術を食らって、ラヴレが血を吐きながら、吹き飛ばされる。
 ロッシが素早く放った蔓がラヴレを受け止め、ヨルンが傍に駆けつけ治癒魔法を唱える。
 ユージンは信じられないものを見るようにアトヴァルを見据えた。
 『失われた魔法』を弾き返すほどの障壁を発現させたアトヴァルは、
 皇帝は笑う。

「これは、なかなか便利だな」

 その力は、《始まりの魔法》と酷似していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

悪役令嬢は可愛いものがお好き

梓弓
恋愛
『前世にプレイした乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました……。 例に漏れず、最終的には悪事を糾弾されて死亡するというキャラ。 でもそんなのはごめんです! ヒロインをいじめるつもりはありません。 引きこもります。 前世の趣味は、ゲーム、読書、モノ作りというインドアな乙女でしたから、問題無しです!』 悪役令嬢として生を受けた少女が、死亡フラグを回避するために引きこもります。 しかし、自分の趣味に邁進するにつれて何故か周りを巻き込んで行き、避けていたヒロインや攻略キャラとも関わりができてしまいます。 果たして、シオンに平穏な日々は訪れるのでしょうか……?

騎士爵とおてんば令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
腕は立つけれど、貴族の礼が苦手で実力を隠す騎士と貴族だけど剣が好きな少女が婚約することに。 あれはそんな意味じゃなかったのに…。突然の婚約から名前も知らない騎士の家で生活することになった少女と急に婚約者が出来た騎士の生活を描きます。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。

花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。 フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。 王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。 王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。 そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。 そして王宮の離れに連れて来られた。 そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。 私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い! そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。 ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。

どうせ去るなら爪痕を。

ぽんぽこ狸
恋愛
 実家が没落してしまい、婚約者の屋敷で生活の面倒を見てもらっているエミーリエは、日の当たらない角部屋から義妹に当たる無邪気な少女ロッテを見つめていた。  彼女は婚約者エトヴィンの歳の離れた兄妹で、末っ子の彼女は家族から溺愛されていた。  ロッテが自信を持てるようにと、ロッテ以上の技術を持っているものをエミーリエは禁止されている。なので彼女が興味のない仕事だけに精を出す日々が続いている。  そしていつか結婚して自分が子供を持つ日を夢に見ていた。  跡継ぎを産むことが出来れば、自分もきっとこの家の一員として尊重してもらえる。そう考えていた。  しかし儚くその夢は崩れて、婚約破棄を言い渡され、愛人としてならばこの屋敷にいることだけは許してやるとエトヴィンに宣言されてしまう。  希望が持てなくなったエミーリエは、この場所を去ることを決意するが長年、いろいろなものを奪われてきたからにはその爪痕を残して去ろうと考えたのだった。

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

処理中です...