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第九章 真実の歴史
9-7. 消滅の儀式ー1
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教会奥深く、地下に位置する部屋の石畳に、漏れ出した地下水が規則的に雫を落としている。
ごく小さな明り取りの窓から僅かに漏れ入る光が、金色を輝かせた。
「上手くいったようだな」
「は! 首尾は整いました」
「では、参ろうか」
細められた金の双眸が、溶けるように闇へと消えていく——。
***
「そんなことは……無理に決まっています!」
「頼む、アルカディ! お前にしかこんなこと頼めない」
食い下がるイェルディスに、同期の男はそれでも出来ないと断り続けた。
「聞いていただろう、これは、意図的に仕組まれていたとしか思えない」
教会と《北の街》周辺で流れていた噂——イェルディスの地方視察は、その噂の広がりを確認するためだった。
ところが、地方では噂どころか、《始まりの魔女》とフィニーランド王の関係を祝福するような雰囲気ばかりで、噂はむしろ、教会関係者や四大王国王をターゲットにして、《魔女》への不信感を植え付けるように、ごく一部でしか蔓延っていなかった。
だからこそ、イェルディスは、視察の報告が終わる前に行われた《魔女》封印に徹底的に抗議したのだ。
「それは……考えすぎではないですか」
「俺は、フィニーランドが嘘をついているとは思えない」
そうだ、あの男にそんな器用な真似はできない。それに、イェルディスはこの目で見た。
頬を染めて微笑む《魔女》、喪って窶れ果てた友人。
あれは、魔法によって操られているとも、ましてや演技だとも思えなかった。
「ほんの数時間でいいんだ。俺が、魔導具と魔法陣を設置する間だけ、人払いを」
——そうすれば、消滅の儀式に、転生魔法を組み込むことが出来る
切羽詰まった表情のイェルディスに、アルカディは揺れていた。
彼は、クタトリアス家四男——最後の皇帝アトヴァルの末弟だ。
彼もまた、『帝国時代』の悪政——実の兄によってもたらされた混沌を嘆いていた一人だった。独裁者としては極めて優秀な兄が恐ろしく、そして人から外れていくことが哀れで、彼が敗れたことを知って、密かに安堵したのだ。
だからこそ、クタトリアス家を代表して《始まりの魔女》から赦しを得て、彼女への絶対の忠誠を誓っていた。この平和の中に、兄のようなものを生み出さぬため、帝国時代に忘却し、蝕んできた魔力の扱いを、誰よりも勉強研究して報いようとした。
イェルディスもそれを知るから、露見すれば失脚どころではない危険な頼みごとをするのに、彼を選んだ。
ただ、アルカディは、この一連の出来事の意図を知っていた。
今真摯に訴える同僚——彼もまた、魔力の扱いに長け、魔法の才能がある。得意分野に秀でているアルカディとは違い、彼は魔法全般において、類い稀ない才能を発揮していた。
もしかしたら、この男ならば、過去の亡霊達を抑えることができるかもしれない。
「日が、登りきるまで。長くて、それが限界です」
「……恩に着る、アル」
——私には、止めることが出来なかったけれど
急ぎ部屋を出て行くイェルディスを見送って、アルカディは僅かな希望が胸に宿るのを感じた。
ごく小さな明り取りの窓から僅かに漏れ入る光が、金色を輝かせた。
「上手くいったようだな」
「は! 首尾は整いました」
「では、参ろうか」
細められた金の双眸が、溶けるように闇へと消えていく——。
***
「そんなことは……無理に決まっています!」
「頼む、アルカディ! お前にしかこんなこと頼めない」
食い下がるイェルディスに、同期の男はそれでも出来ないと断り続けた。
「聞いていただろう、これは、意図的に仕組まれていたとしか思えない」
教会と《北の街》周辺で流れていた噂——イェルディスの地方視察は、その噂の広がりを確認するためだった。
ところが、地方では噂どころか、《始まりの魔女》とフィニーランド王の関係を祝福するような雰囲気ばかりで、噂はむしろ、教会関係者や四大王国王をターゲットにして、《魔女》への不信感を植え付けるように、ごく一部でしか蔓延っていなかった。
だからこそ、イェルディスは、視察の報告が終わる前に行われた《魔女》封印に徹底的に抗議したのだ。
「それは……考えすぎではないですか」
「俺は、フィニーランドが嘘をついているとは思えない」
そうだ、あの男にそんな器用な真似はできない。それに、イェルディスはこの目で見た。
頬を染めて微笑む《魔女》、喪って窶れ果てた友人。
あれは、魔法によって操られているとも、ましてや演技だとも思えなかった。
「ほんの数時間でいいんだ。俺が、魔導具と魔法陣を設置する間だけ、人払いを」
——そうすれば、消滅の儀式に、転生魔法を組み込むことが出来る
切羽詰まった表情のイェルディスに、アルカディは揺れていた。
彼は、クタトリアス家四男——最後の皇帝アトヴァルの末弟だ。
彼もまた、『帝国時代』の悪政——実の兄によってもたらされた混沌を嘆いていた一人だった。独裁者としては極めて優秀な兄が恐ろしく、そして人から外れていくことが哀れで、彼が敗れたことを知って、密かに安堵したのだ。
だからこそ、クタトリアス家を代表して《始まりの魔女》から赦しを得て、彼女への絶対の忠誠を誓っていた。この平和の中に、兄のようなものを生み出さぬため、帝国時代に忘却し、蝕んできた魔力の扱いを、誰よりも勉強研究して報いようとした。
イェルディスもそれを知るから、露見すれば失脚どころではない危険な頼みごとをするのに、彼を選んだ。
ただ、アルカディは、この一連の出来事の意図を知っていた。
今真摯に訴える同僚——彼もまた、魔力の扱いに長け、魔法の才能がある。得意分野に秀でているアルカディとは違い、彼は魔法全般において、類い稀ない才能を発揮していた。
もしかしたら、この男ならば、過去の亡霊達を抑えることができるかもしれない。
「日が、登りきるまで。長くて、それが限界です」
「……恩に着る、アル」
——私には、止めることが出来なかったけれど
急ぎ部屋を出て行くイェルディスを見送って、アルカディは僅かな希望が胸に宿るのを感じた。
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