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第九章 真実の歴史
9-6. 封印の真相
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散乱した書物や文献、砕け散った硝子やクリスタル、倒された家具。
それらが、床を埋め尽くしていた。
「……フィニーランド」
イェルディスは、その中央の長椅子に上半身を投げ出すように倒れこんでいる友人の名を呼ぶ。
今日ようやく、数日前に一部の教会幹部と教会騎士団によって行われた封印魔法の詳細が、全教会関係者へと伝達されたのだ。
——《始まりの魔女》の封印
地方へと視察へ出ていたイェルディスは、その事実を知って、激しく抗議した。
幹部会で承認すべき事案を、一部の者達で行うことは言語道断だと。
そこで、実際現場にいた幹部が、彼に衝撃の言葉を告げた。
——貴方のご友人は、心を操られていたのです。
だから、早急に対応すべきだった、と。
そうして、イェルディスは南の王国へと直ぐさま足を運んだのだ。
「……イェル」
「なんて顔をしているんだ、お前は」
ほんの数日しか経っていないのに、フィニーランドは窶れ果てていた。涙に濡れた跡の残る頰は痩け、赤く充血した目はあまり焦点が定まっていない。
「聞いたぞ。あの女が」
「イェル!」
その言葉が誰を示したのか気付いた瞬間、フィニーランドはイェルディスの胸ぐらを掴み上げていた。
「あの人を、そんな風に呼ぶのは許さない」
「フィニー、お前……魔法は切れているんじゃないのか」
「違うんだ……何もかも」
フィニーランドは、脱力して長椅子に座り込む。
彼女の願いを知るイェルディスだからこそ全てを話すのだ、と前置きして、彼は真実を語った。
《始まりの魔女》は、心を操る魔法なぞ使っていなかった。
彼と《魔女》は、本当に心から愛し合っていたのだ。
ただ、彼女は恐れていた。
世界の平和を保つために存在する、強大な力を持つ《魔女》を手に入れたフィニーランド自身を、いつか妬む者が現れる。
だからこそ、彼女は人間になりたがったのだと。
「……最悪の形で、ことが露見した。噂のことなんて、知らなかったんだ。あそこで何を言っても、誰も本当の事を信じはしなかっただろう」
イェルディスは、フィニーランドの憔悴の本当の意味を理解する。
「《魔女》は、お前を守ったのか」
「……噂が、真実であったかのように振舞って。俺が、共犯者として断罪されるのを防ぐために、あたかも心を操られていたかのように錯覚させる、偽りの魔法まで使って」
封印された《始まりの魔女》は《最果ての地》の神殿に送られ、四大国王達は教会本部へと集った。
実しやかに囁かれていた噂が真実だったとして、幹部会で法皇に語られる、事実と反する真相。
フィニーランドは、否定したかった。
彼らの愛を偽りなどと言わせたくなかった。
——けれど同時に、《始まりの魔女》の決意を無駄に出来なかった。
今ここで、フィニーランドが事実を告げたとしても、ひとところに力が集中する事を嫌う教会が《魔女》の封印を解くとは思えない。
だが、三国王達は己を責めて、フィニーランドに手を貸すだろう。
平穏な世界に、再び争いの種を生むことになってしまう。
彼女もそれがわかって、一人罪を被って封印される事を選んだのだ。
「あんまりじゃないか。俺に何も、選ばせてはくれなかった」
彼に残された道は、ただ一つ。
消えぬままの愛の熱に苛まれながら、受け入れ、ひとり生き続ける事。
それが、世界平和を願った、愛する人の最期の願い。
「あれから、寝ずに探したんだ。彼女を人間にする方法を、闇雲に。いつか、二人で生きていける道があるかも知れないって……でも」
「フィニー、すまない」
イェルディスは、震えるフィニーランドの肩を抱いた。彼の研究が完成すれば、それも夢ではないかもしれない。しかし、もう時間がなかった。
「落ち着いて、聞いてくれ」
「イェル……?」
友人の顔に悲痛な色が浮かぶのに、フィニーランドは不安げな表情で呟く。
教会幹部会で、密かに決まった事。
教会外には極秘事項のそれを、イェルディスは、伝えなければならなかった。
「教会は、《始まりの魔女》を消滅させる気だ」
「なん……だって……」
「世界の均衡を揺るがす脅威を、そのままにしておける訳が無い。封印魔法だって、あの《始まりの魔女》に、どれだけの間有効なのか、わからないんだ」
だから、消え去ってしまうほうがいい。
そう、幹部会で決定した。
「そんな……」
「フィニー。気をしっかり持ってくれ」
絶望に沈んだ銀の双眸を見返すイェルディスは、一つの希望を持っている。
白銅色の瞳が強い光を宿し、はっきりとした声でフィニーランドに告げた。
「このまま《魔女》を逝かせることはしない」
最期に愛する者に抱き締めてもらうことも出来ぬまま逝ってしまう、人間になりたかった《始まりの魔女》。
あまりに、哀れではないか。
「今、あの人を助けることは出来ないけれど、また生まれてきてもらうことは不可能じゃない」
「え……」
「完全にというわけにはいかないかもしれないが……それでも、いいか」
イェルディスの問いに、生気を取り戻した顔でフィニーランドは頷く。
「彼女が、生きていてくれるのなら」
例え今世で会えなくても、もしかしたら、自分達の血を継いだ子孫の元で。
——幸せに、生きてくれ
願いを込めたイェルディスは、力強く言う。
「《始まりの魔女》を、転生させよう」
それらが、床を埋め尽くしていた。
「……フィニーランド」
イェルディスは、その中央の長椅子に上半身を投げ出すように倒れこんでいる友人の名を呼ぶ。
今日ようやく、数日前に一部の教会幹部と教会騎士団によって行われた封印魔法の詳細が、全教会関係者へと伝達されたのだ。
——《始まりの魔女》の封印
地方へと視察へ出ていたイェルディスは、その事実を知って、激しく抗議した。
幹部会で承認すべき事案を、一部の者達で行うことは言語道断だと。
そこで、実際現場にいた幹部が、彼に衝撃の言葉を告げた。
——貴方のご友人は、心を操られていたのです。
だから、早急に対応すべきだった、と。
そうして、イェルディスは南の王国へと直ぐさま足を運んだのだ。
「……イェル」
「なんて顔をしているんだ、お前は」
ほんの数日しか経っていないのに、フィニーランドは窶れ果てていた。涙に濡れた跡の残る頰は痩け、赤く充血した目はあまり焦点が定まっていない。
「聞いたぞ。あの女が」
「イェル!」
その言葉が誰を示したのか気付いた瞬間、フィニーランドはイェルディスの胸ぐらを掴み上げていた。
「あの人を、そんな風に呼ぶのは許さない」
「フィニー、お前……魔法は切れているんじゃないのか」
「違うんだ……何もかも」
フィニーランドは、脱力して長椅子に座り込む。
彼女の願いを知るイェルディスだからこそ全てを話すのだ、と前置きして、彼は真実を語った。
《始まりの魔女》は、心を操る魔法なぞ使っていなかった。
彼と《魔女》は、本当に心から愛し合っていたのだ。
ただ、彼女は恐れていた。
世界の平和を保つために存在する、強大な力を持つ《魔女》を手に入れたフィニーランド自身を、いつか妬む者が現れる。
だからこそ、彼女は人間になりたがったのだと。
「……最悪の形で、ことが露見した。噂のことなんて、知らなかったんだ。あそこで何を言っても、誰も本当の事を信じはしなかっただろう」
イェルディスは、フィニーランドの憔悴の本当の意味を理解する。
「《魔女》は、お前を守ったのか」
「……噂が、真実であったかのように振舞って。俺が、共犯者として断罪されるのを防ぐために、あたかも心を操られていたかのように錯覚させる、偽りの魔法まで使って」
封印された《始まりの魔女》は《最果ての地》の神殿に送られ、四大国王達は教会本部へと集った。
実しやかに囁かれていた噂が真実だったとして、幹部会で法皇に語られる、事実と反する真相。
フィニーランドは、否定したかった。
彼らの愛を偽りなどと言わせたくなかった。
——けれど同時に、《始まりの魔女》の決意を無駄に出来なかった。
今ここで、フィニーランドが事実を告げたとしても、ひとところに力が集中する事を嫌う教会が《魔女》の封印を解くとは思えない。
だが、三国王達は己を責めて、フィニーランドに手を貸すだろう。
平穏な世界に、再び争いの種を生むことになってしまう。
彼女もそれがわかって、一人罪を被って封印される事を選んだのだ。
「あんまりじゃないか。俺に何も、選ばせてはくれなかった」
彼に残された道は、ただ一つ。
消えぬままの愛の熱に苛まれながら、受け入れ、ひとり生き続ける事。
それが、世界平和を願った、愛する人の最期の願い。
「あれから、寝ずに探したんだ。彼女を人間にする方法を、闇雲に。いつか、二人で生きていける道があるかも知れないって……でも」
「フィニー、すまない」
イェルディスは、震えるフィニーランドの肩を抱いた。彼の研究が完成すれば、それも夢ではないかもしれない。しかし、もう時間がなかった。
「落ち着いて、聞いてくれ」
「イェル……?」
友人の顔に悲痛な色が浮かぶのに、フィニーランドは不安げな表情で呟く。
教会幹部会で、密かに決まった事。
教会外には極秘事項のそれを、イェルディスは、伝えなければならなかった。
「教会は、《始まりの魔女》を消滅させる気だ」
「なん……だって……」
「世界の均衡を揺るがす脅威を、そのままにしておける訳が無い。封印魔法だって、あの《始まりの魔女》に、どれだけの間有効なのか、わからないんだ」
だから、消え去ってしまうほうがいい。
そう、幹部会で決定した。
「そんな……」
「フィニー。気をしっかり持ってくれ」
絶望に沈んだ銀の双眸を見返すイェルディスは、一つの希望を持っている。
白銅色の瞳が強い光を宿し、はっきりとした声でフィニーランドに告げた。
「このまま《魔女》を逝かせることはしない」
最期に愛する者に抱き締めてもらうことも出来ぬまま逝ってしまう、人間になりたかった《始まりの魔女》。
あまりに、哀れではないか。
「今、あの人を助けることは出来ないけれど、また生まれてきてもらうことは不可能じゃない」
「え……」
「完全にというわけにはいかないかもしれないが……それでも、いいか」
イェルディスの問いに、生気を取り戻した顔でフィニーランドは頷く。
「彼女が、生きていてくれるのなら」
例え今世で会えなくても、もしかしたら、自分達の血を継いだ子孫の元で。
——幸せに、生きてくれ
願いを込めたイェルディスは、力強く言う。
「《始まりの魔女》を、転生させよう」
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