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第九章 真実の歴史
9-1. 初代四大王国国王
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現在から遡ること数百年。
クタトリア帝国が滅び、四大王国が築かれてしばらく。
彼ら四大王国王と《始まりの魔女》は、四つの国境が交差する場所に作られた広大な庭園の中心部に、定期的に集っていた。
この四大王国中央庭園は、王達の交流の場であり、また、四大王国の平等と平和の象徴として広く知られ、世界平定後の連日の会議は、もっぱら中心部に作られた東屋と庭園管理局で行われている。
「フィニー!」
漆黒のフード付きローブを纏った女性が駆けてきて、銀の長髪を高く結い上げた青年が、それを抱きとめた。
はらりと落ちたフードの下から現れたのは、ウェーブがかった漆黒の髪に縁取られた輪郭に、陶器のように白く滑らかな肌。血色の良い唇が、嬉しそうに弧を描く。《始まりの魔女》と呼ばれるその人だ。
「やあ、《魔女》」
「うふふ、ご機嫌いかが」
「とても良いよ。美しい貴女に会えて」
「まあ、嬉しい」
二人の世界を作っているそれを、三人の青年がじっとりと睨めつけていた。
「相変わらず、フィニーしか目に入っていないな、《魔女》は」
「本当にねぇ」
「ふん」
紺の短髪の青年が面白くなさそうに溜息を吐くと、淡藤色の髪を顎で切り揃えた端正な相貌の青年がくつくつと笑いを堪える。その向かいに座る深緑の襟足を束ねた青年は、そんな周りに興味なさそうな様子でティーカップに口をつけていた。
「あら、貴方達も忘れていないわよ。ご機嫌よう、ガイア、パリア、ノーラン」
「はいはい。露骨なんだから」
フィニーと呼ばれた青年の膝の上に落ち着いた《魔女》を無視して、紺の短髪の青年——西の王国を治めるガイア=バストホルムは、本日の議題を切り出した。
「先日話し合った俺のところの状況なんだが、うちは技術者が多い。やはり予定通り、機械工学に直結する産業は、こちらでもらっていいか」
ティーカップを置きながら、深緑の髪の青年——北の王国の王ノーラン=スチュアートは頷く。
「そうだな、それならこちらは研究者と研究設備が集中してる分、科学、研究部門をいただこう」
「そっか、北は昔っから堅苦しかったもんねぇ。俺のところは、楽しいこと全部もーらい」
淡藤色の髪の青年——パリア=メイユールが治める東の王国は、娯楽施設の密集する地域として有名だった。元上流階級の異端児であり、それ故反乱軍を率いることになったパリアだったが、それでもやはり、貴族の嗜みには目がないようだ。
「まぁ、貴方達、そうポンポンと決めちゃって。フィニーの分も、残してあげて」
「いいんだよ、《魔女》。俺のところは土地さえあれば、やっていけるし」
「まぁああ! 聞いた? 何て欲のないこと! そんなところが大好き!」
「……やってろ」
投げやりにいうガイアに微笑む銀髪のおっとりとした青年は、フィニーランド = ブルムクヴィスト。南の王国を取り仕切る王だ。
《始まりの魔女》は、穏やかでいつもにこにことしている彼が一番のお気に入りのようで、他の王達が呆れるほど、構い倒している。いや、寧ろいちゃついている、と言っても過言ではない。
一頻りフィニーランドを愛でた後、《魔女》はくるりと他の三人に向き直り、急に真面目な顔になった。
「では、決めてしまいましょうか。異論はない?」
「ああ、頼む」
ノーランが頷くと、《魔女》は四人が囲む中央のテーブルを見て瞬きをする。
すると、テーブルを覆い隠すほど大きな羊皮紙がばさりと広がった。
僅かな魔力を帯びていて、《魔女》にしか扱うことの出来ない不思議な地図。
そこには、世界の平和と平等を維持するために、世界地図と様々な決まりごとが記されており、四大王国が結んだ協定も、ここに描き記されることによって、強制力を持つようになる。
普段は教会に保存されているそれは、《契約の地図》と呼ばれていた。
「では、ガイアは機械工学を、ノーランは科学と研究、パリアは娯楽、フィニーランドは豊かな土地を。《始まりの魔女》の名の下、これを《契約の地図》に記し、協定を終結する」
紅い炎が瞳に宿り、広げられた《魔女》の両手から光の粒が溢れて、その地図へと注がれていく。四人はいつ見ても、その厳かな光景に見惚れてしまう。
光が収まると、羊皮紙はクルクルと丸まり、粒子となって消えていった。
「さ、これで経済分配は終わり。お昼にしましょ」
「あ、俺、国から色々持ってきたよ」
フィニーランドが短い呪文を唱えると、籠に盛られた旬の野菜や果物がふわふわとテーブルに乗る。
「わー美味そうだねぇ。管理局のキッチンに調理してもらおうか」
「そうだな。フィニー、持っていくの手伝うぞ」
パリアの提案に、ノーランとフィニーランドはそれらの食材を抱えて、管理局舎へと消えていった。
それを見届けてから、ガイアは、上機嫌にテーブルをセットする《始まりの魔女》に声を掛ける。
「《魔女》」
「なぁに、ガイア」
「貴女は、何処まで本気なんだ」
「何のことかしら?」
妖しく光る紅い瞳が緩やかに細められて、その感情を読み取れず、ガイアはたじろぐ。それでも、畏れを押し込めて、ずっと聞きたかったことを口にした。
「フィニーはいつだって、あんな調子だ。俺達が反乱軍を立ち上げた時も、最後まで反対していた。平和的解決は出来ないのかって。貴女が現れ、俺達に戦う力をくれた時も、一番最初にやったことと言えば、重症兵達の治癒だった」
「ふふふ、覚えてるわ。帝国軍がそこまでやってきているのに、迷わずそれに背を向けた。貴方達を、とても信頼しているのね」
《始まりの魔女》が《最果ての地》に降臨し、世界の惨状に打ちのめされ、反乱軍に手を貸した。そのお陰で、ここでこうして、フィニーランドが望んだように、平和な話し合いが持たれ、世界の均衡が保たれていく。
「貴女が、一時の戯れにあいつを側に置くのなら、もう止めてやってほしい。あいつが本気で貴女を愛してしまえば、その優しさで、どんなことでも受け入れてしまうから……俺は、あいつが傷つくのはもう見たくない」
「ふふふ」
《魔女》はガイアの訴えに、少女のような笑みを返した。咎められるのを覚悟で言ったガイアは、少々面喰らう。
「ガイア、貴方フィニーが大好きなのね」
「な……っ!?」
否定しようとしたガイアの唇に、《魔女》は指を当てて制す。
「貴方達が、真っ先に前線へ繰り出したあの時、私、彼に言ったの。貴方も行きなさいって。《始まりの魔法》があれば、治癒も直ぐに終わるからって」
それなのに、フィニーランドはそれを拒絶し、授けられたばかりの力を使い兵士達を治しながら、彼は涙していた。
「彼は、一人一人の兵士の名前を呼びながら、悪夢はもう終わるんだって、泣くの。家族に会えるよ、恋人に会えるよ、って、自分のことのように。私が生れ出た瞬間に流れ込んできた世界の全て、その何処にも、あんなに綺麗なものはなかったわ」
最後は少女のようにはにかむ《魔女》に、ガイアは勿論、パリアも驚く。
その表情は、まるで、ひっそりと咲く春の花を慈しむようで、彼女を人間の女性と錯覚してしまいそうになった。
「《魔女》、もしかして、ちゃんと恋してるの……?」
「恋? この感情を、貴方達はそんな名前で呼ぶの?」
パリアの質問にきょとんとする《魔女》に、ガイアはぽかんとした後、吹き出す。
「なぁに、ガイア。何でそんなに笑うの?」
「いや、悪かった。ありえないほどの力を持って《始まりの魔法》を使う《魔女》が、これほど人間臭いとは、少々予想外だった」
「そうかしら?」
「え、じゃあ、二人は恋人同士なの?」
パリアに聞かれて、《魔女》は考えるような仕草をした後、ポツリと呟いた。
「フィニーは、とってもとっても優しく、私を抱くの」
「は!?」
「壊れ物を扱うように、羽根が触れるように。何故かって、聞いたら、彼ね。『か弱い女性は、こうやって触れるんだよ』って」
「ガイア、俺達に今《魔女》に惚気られてんの?」
「どうしたらいいんだ、これは」
「もう! 真面目に聞いて!」
頰を膨らませて抗議する《魔女》に、それまでの威厳はない。彼女に対し、多少なりとも畏れを抱いていたガイアとパリアは、今はむしろ、親しみすら感じていた。
「こんな力を持った《魔女》なのに、それでも彼はそう言うのよ。もう、可愛すぎて、愛しすぎて、どうにかなってしまいそう」
「……真面目に聞いても、惚気だったな」
「うん、そうだね……」
「ふふふ。平和って、幸せね?」
苦笑する二人に微笑んだ《魔女》の瞳の奥の翳りに、彼らは気づかない。
彼女は、本当に心からフィニーランドを愛していた。
だからこそ、どうしても、共に生きたいと願ってしまう。
——《始まりの魔女》ではなく、一人の女性として。
クタトリア帝国が滅び、四大王国が築かれてしばらく。
彼ら四大王国王と《始まりの魔女》は、四つの国境が交差する場所に作られた広大な庭園の中心部に、定期的に集っていた。
この四大王国中央庭園は、王達の交流の場であり、また、四大王国の平等と平和の象徴として広く知られ、世界平定後の連日の会議は、もっぱら中心部に作られた東屋と庭園管理局で行われている。
「フィニー!」
漆黒のフード付きローブを纏った女性が駆けてきて、銀の長髪を高く結い上げた青年が、それを抱きとめた。
はらりと落ちたフードの下から現れたのは、ウェーブがかった漆黒の髪に縁取られた輪郭に、陶器のように白く滑らかな肌。血色の良い唇が、嬉しそうに弧を描く。《始まりの魔女》と呼ばれるその人だ。
「やあ、《魔女》」
「うふふ、ご機嫌いかが」
「とても良いよ。美しい貴女に会えて」
「まあ、嬉しい」
二人の世界を作っているそれを、三人の青年がじっとりと睨めつけていた。
「相変わらず、フィニーしか目に入っていないな、《魔女》は」
「本当にねぇ」
「ふん」
紺の短髪の青年が面白くなさそうに溜息を吐くと、淡藤色の髪を顎で切り揃えた端正な相貌の青年がくつくつと笑いを堪える。その向かいに座る深緑の襟足を束ねた青年は、そんな周りに興味なさそうな様子でティーカップに口をつけていた。
「あら、貴方達も忘れていないわよ。ご機嫌よう、ガイア、パリア、ノーラン」
「はいはい。露骨なんだから」
フィニーと呼ばれた青年の膝の上に落ち着いた《魔女》を無視して、紺の短髪の青年——西の王国を治めるガイア=バストホルムは、本日の議題を切り出した。
「先日話し合った俺のところの状況なんだが、うちは技術者が多い。やはり予定通り、機械工学に直結する産業は、こちらでもらっていいか」
ティーカップを置きながら、深緑の髪の青年——北の王国の王ノーラン=スチュアートは頷く。
「そうだな、それならこちらは研究者と研究設備が集中してる分、科学、研究部門をいただこう」
「そっか、北は昔っから堅苦しかったもんねぇ。俺のところは、楽しいこと全部もーらい」
淡藤色の髪の青年——パリア=メイユールが治める東の王国は、娯楽施設の密集する地域として有名だった。元上流階級の異端児であり、それ故反乱軍を率いることになったパリアだったが、それでもやはり、貴族の嗜みには目がないようだ。
「まぁ、貴方達、そうポンポンと決めちゃって。フィニーの分も、残してあげて」
「いいんだよ、《魔女》。俺のところは土地さえあれば、やっていけるし」
「まぁああ! 聞いた? 何て欲のないこと! そんなところが大好き!」
「……やってろ」
投げやりにいうガイアに微笑む銀髪のおっとりとした青年は、フィニーランド = ブルムクヴィスト。南の王国を取り仕切る王だ。
《始まりの魔女》は、穏やかでいつもにこにことしている彼が一番のお気に入りのようで、他の王達が呆れるほど、構い倒している。いや、寧ろいちゃついている、と言っても過言ではない。
一頻りフィニーランドを愛でた後、《魔女》はくるりと他の三人に向き直り、急に真面目な顔になった。
「では、決めてしまいましょうか。異論はない?」
「ああ、頼む」
ノーランが頷くと、《魔女》は四人が囲む中央のテーブルを見て瞬きをする。
すると、テーブルを覆い隠すほど大きな羊皮紙がばさりと広がった。
僅かな魔力を帯びていて、《魔女》にしか扱うことの出来ない不思議な地図。
そこには、世界の平和と平等を維持するために、世界地図と様々な決まりごとが記されており、四大王国が結んだ協定も、ここに描き記されることによって、強制力を持つようになる。
普段は教会に保存されているそれは、《契約の地図》と呼ばれていた。
「では、ガイアは機械工学を、ノーランは科学と研究、パリアは娯楽、フィニーランドは豊かな土地を。《始まりの魔女》の名の下、これを《契約の地図》に記し、協定を終結する」
紅い炎が瞳に宿り、広げられた《魔女》の両手から光の粒が溢れて、その地図へと注がれていく。四人はいつ見ても、その厳かな光景に見惚れてしまう。
光が収まると、羊皮紙はクルクルと丸まり、粒子となって消えていった。
「さ、これで経済分配は終わり。お昼にしましょ」
「あ、俺、国から色々持ってきたよ」
フィニーランドが短い呪文を唱えると、籠に盛られた旬の野菜や果物がふわふわとテーブルに乗る。
「わー美味そうだねぇ。管理局のキッチンに調理してもらおうか」
「そうだな。フィニー、持っていくの手伝うぞ」
パリアの提案に、ノーランとフィニーランドはそれらの食材を抱えて、管理局舎へと消えていった。
それを見届けてから、ガイアは、上機嫌にテーブルをセットする《始まりの魔女》に声を掛ける。
「《魔女》」
「なぁに、ガイア」
「貴女は、何処まで本気なんだ」
「何のことかしら?」
妖しく光る紅い瞳が緩やかに細められて、その感情を読み取れず、ガイアはたじろぐ。それでも、畏れを押し込めて、ずっと聞きたかったことを口にした。
「フィニーはいつだって、あんな調子だ。俺達が反乱軍を立ち上げた時も、最後まで反対していた。平和的解決は出来ないのかって。貴女が現れ、俺達に戦う力をくれた時も、一番最初にやったことと言えば、重症兵達の治癒だった」
「ふふふ、覚えてるわ。帝国軍がそこまでやってきているのに、迷わずそれに背を向けた。貴方達を、とても信頼しているのね」
《始まりの魔女》が《最果ての地》に降臨し、世界の惨状に打ちのめされ、反乱軍に手を貸した。そのお陰で、ここでこうして、フィニーランドが望んだように、平和な話し合いが持たれ、世界の均衡が保たれていく。
「貴女が、一時の戯れにあいつを側に置くのなら、もう止めてやってほしい。あいつが本気で貴女を愛してしまえば、その優しさで、どんなことでも受け入れてしまうから……俺は、あいつが傷つくのはもう見たくない」
「ふふふ」
《魔女》はガイアの訴えに、少女のような笑みを返した。咎められるのを覚悟で言ったガイアは、少々面喰らう。
「ガイア、貴方フィニーが大好きなのね」
「な……っ!?」
否定しようとしたガイアの唇に、《魔女》は指を当てて制す。
「貴方達が、真っ先に前線へ繰り出したあの時、私、彼に言ったの。貴方も行きなさいって。《始まりの魔法》があれば、治癒も直ぐに終わるからって」
それなのに、フィニーランドはそれを拒絶し、授けられたばかりの力を使い兵士達を治しながら、彼は涙していた。
「彼は、一人一人の兵士の名前を呼びながら、悪夢はもう終わるんだって、泣くの。家族に会えるよ、恋人に会えるよ、って、自分のことのように。私が生れ出た瞬間に流れ込んできた世界の全て、その何処にも、あんなに綺麗なものはなかったわ」
最後は少女のようにはにかむ《魔女》に、ガイアは勿論、パリアも驚く。
その表情は、まるで、ひっそりと咲く春の花を慈しむようで、彼女を人間の女性と錯覚してしまいそうになった。
「《魔女》、もしかして、ちゃんと恋してるの……?」
「恋? この感情を、貴方達はそんな名前で呼ぶの?」
パリアの質問にきょとんとする《魔女》に、ガイアはぽかんとした後、吹き出す。
「なぁに、ガイア。何でそんなに笑うの?」
「いや、悪かった。ありえないほどの力を持って《始まりの魔法》を使う《魔女》が、これほど人間臭いとは、少々予想外だった」
「そうかしら?」
「え、じゃあ、二人は恋人同士なの?」
パリアに聞かれて、《魔女》は考えるような仕草をした後、ポツリと呟いた。
「フィニーは、とってもとっても優しく、私を抱くの」
「は!?」
「壊れ物を扱うように、羽根が触れるように。何故かって、聞いたら、彼ね。『か弱い女性は、こうやって触れるんだよ』って」
「ガイア、俺達に今《魔女》に惚気られてんの?」
「どうしたらいいんだ、これは」
「もう! 真面目に聞いて!」
頰を膨らませて抗議する《魔女》に、それまでの威厳はない。彼女に対し、多少なりとも畏れを抱いていたガイアとパリアは、今はむしろ、親しみすら感じていた。
「こんな力を持った《魔女》なのに、それでも彼はそう言うのよ。もう、可愛すぎて、愛しすぎて、どうにかなってしまいそう」
「……真面目に聞いても、惚気だったな」
「うん、そうだね……」
「ふふふ。平和って、幸せね?」
苦笑する二人に微笑んだ《魔女》の瞳の奥の翳りに、彼らは気づかない。
彼女は、本当に心からフィニーランドを愛していた。
だからこそ、どうしても、共に生きたいと願ってしまう。
——《始まりの魔女》ではなく、一人の女性として。
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