上 下
70 / 114
第七章 ユウリとヨルン

7-3. ユージンの兄

しおりを挟む
「ユウリ! ここよ」

 講義室の扉が閉まる寸前に駆け込んできたユウリに、ナディアは確保していた席から手を振る。

「あああ、ナディア、ごめん! 流石に座学と実技二連ちゃんは厳しかったかも」
「でも、間に合ったじゃないの」
「めっちゃ走ったもん」

 ハンカチで汗を拭いながら、ユウリはナディアの隣に腰掛ける。その隣に男子生徒が立ち、ユウリに軽く会釈した。

「ここ、いいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「まあ、ウェズ様。御機嫌よう」

 その男子生徒へ挨拶したナディアの上流階級な振る舞いに、ユウリは少し驚く。

「ナディアってば、そうやってれば、ただの美少女なのに」
「あら。ただの、ではダメでしょう? 親友のユウリを世界一愛している美少女じゃないと」
「今! 自分で美少女って言った!」
「ふふふ」

 笑い声が聞こえて、慌ててユウリは隣に謝罪する。

「ご、ごめんなさい。うるさいですよね」

 ふと、その男子生徒の容姿が目に留まった。
 襟足だけ伸ばした紺色の髪を束ね、切れ長の紺の瞳が楽しそうに弧を描いている。その色は、ユウリのよく知る誰かを想像した。

「えっと、ウェズさんって、もしかして」
「上級Aクラス、ガイア王国第一王子ウェズ=バストホルムです。よろしく」
「あ、やっぱりユージンさんの……!」
「よろしくね、ユウリちゃん」
「よろしくお願いします……て、え、私の名前」
「弟から聞いたよ。今世紀最大に手のかかる《奨学生》だって」

 くすりと笑われて、ユウリは真っ赤になる。

「こちらこそ、弟さんにはお世話になっておりまして……」

 お世話、というか、常に拳骨をもらうほど迷惑をかけていることを思い出して、ユウリの言葉は尻すぼみになる。
 それを気にした様子もなく、ウェズは面白そうに瞳をくるくるさせた。

「ふふ、冗談、冗談。むしろ、俺こそ、今世紀最大に手のかかる第一王子だよね」

(あ、そこ笑っちゃうんだ)

 以前ナディアに聞いていたように、ウェズは、ユージンが次期王位継承者であることに、あまり関心がないようだった。むしろ、彼自身が自分の実力の低さを笑い飛ばしているようにも見える。
 ナディアの肘に脇腹を突かれて、ユウリは慌てていつの間にか始まっていた講義に目を向けた。

「……そういったわけで、本日は土魔法と光魔法の組み合わせを実施します。このように組み合わせた魔法でも、単独の属性魔法同様、基本である魔法がいくつかあります。何だかわかりますか? ええっと、じゃあ、バストホルム君、お願いできるかな」
「……はい。成長促進魔法です」
「それ以外に、何かないかね?」
「……」
「はあ。では、他の……」

 質問自体は、そう難しくない。初級の座学でも習う組み合わせ魔法で、ユウリでさえあと幾つか答えられるのに、当てられたウェズは、投げやるように一言だけ答え、教師の質問にも沈黙しながら、教科書に目を落としている。
 調子でも悪いのか、と覗き込もうとしたユウリは、ナディアに袖を引かれる。
 何を、と聞こうとして、周りの生徒がコソコソと話すのが耳に入った。

「出た、ウェズ様の必殺『黙秘』」
「ちぇっ、ほんとヤル気ないなら、講義出なきゃいいのに」
「点数ギリで必須単位だけ取って、上級居座ってんだよ」

 噂話から、ウェズが講義で発言しないのは、珍しくないことらしいことがわかる。

「やっぱり、ユージン様とは全然違いますわね」
「あの方が第一王子でしたら、反感もなかったでしょうに」
「あ、あの!」

 隣のナディアがぎょっとするが、ウェズの横顔が色を失くしたように見えて、ユウリは止められなかった。

「ん。何かね、ティエンル君」
「えっと、なんだか、体調が悪くなりまして……」
「おや、大丈夫かな? ええと、バストホルム君、答えないなら、彼女を連れて行って休ませてやってくれるかね」
「……はい」

 困ったように溜息を吐くナディアに手を合わせから、ユウリはウェズとともに教室を後にする。
 廊下を少し行くと談話室があり、ウェズは無言でユウリをそこへ座らせた。

「あの、余計なことしてごめんなさい」

 聞くに耐え難い噂話に、思わず声を上げてしまったが、彼は気にしていなかったのかもしれない。何よりユウリが踏み込むべき問題でもないのに、お節介が過ぎたと自己嫌悪に陥る。

「えと……もう大丈夫なので」
「ありがとう」
「え?」

 眉をハの字にして、困ったような、ともすれば泣き出しそうな笑顔で、ウェズはユウリを見ていた。

「俺、本当に勉強嫌いなんだ。ユウリちゃんが助けてくれて、サボるいい口実になったよ」
「た、助けるなんて、そんな」
「色々言われるのは、いつものことだから」
「そんなの、慣れることじゃないです!」

 ウェズの発言に自分を重ねてしまって、思いがけず大きな声が出てしまい、ユウリは少し焦る。

「君は……強いんだね」
「む、無神経に、ごめんなさい」
「……」
「え?」

 聞き返したユウリに、ウェズは弱弱しく微笑んだ。

「今度、ユージンと三人でお茶でもしようね」
「は、はい!」
「とりあえず、もう大丈夫みたいだから、俺は行くよ」
「ありがとうございました」

 ぽん、と肩に手を置いてから談話室を出ていくウェズは、そのまま消えてしまいそうな印象を受ける。

(覇気の塊みたいなユージンさんと、本当に正反対な人だ)

 柔弱なウェズの微笑みを思い浮かべて、ユウリは何故だか酷く切なくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

処理中です...