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第五章 記憶
5-7. 教会での密会
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薄暗い回廊を、フードを深く被り、燭台の光だけで歩いていく人物。
ある一室の前まで来ると、扉に嵌め込まれた金具を控え目に鳴らす。
「こんな時間に、珍しい」
「ああ、やっぱりここでしたか」
中から出てきた見知った赤髪に、フードをとって、ラヴレは安堵の声を漏らした。
彼の同期であるこの赤髪の男は、魔物討伐や警備を担当する教会騎士団を指揮している。遅くまで詰所で作業していることは聞いていたが、こんな夜中にまだいてくれたことは幸運だった。
「アントン、相談があります」
「お前がここまで来るってことは、そうだろうな。入れ、今の時間は誰もいない」
促されて、ラヴレは辺りを気にしながら詰所の中へ入る。
どかりと木製の椅子に腰掛けたアントンの真横にあるデスクへ、ラヴレは二つの小瓶を置いた。
一つは、ユウリが森で拾った小瓶。一つは、液体に浸かった蛇目が漂う、少し大きめの小瓶。
アントンが、ギョッとするのがわかる。
「おい。これは、洒落になってないぞ」
「私が、洒落でこんなことするとでも?」
「ああ」
「……まあ、確かに、しそうですけど……今回は違います」
ラヴレは一連の襲撃を彼に告げた。
「クタトリアの紋章、か。また、厄介なものが絡んできたな」
「これは、あまり公にしたくありません。教会内部分裂が起きかねない」
「報告書に記載しなかった理由は、それか」
「それもありますが……」
ラヴレは、彼の上司ですら、警戒していた。
ユウリとカウンシルには、法皇様の命ではない、と断言したが、その確証はどこにもない。
「……まあ、賢明な判断だろう。それでお前は、俺に何を頼みに来たんだ」
「この小瓶の中身を、調べていただけますか? 後は、その出所も」
「で、どうする」
自分の予想が外れて欲しいと願う一方、あながち悪い線ではないと思っているラヴレにとって、敵が何の目的を持っているのかを知ることが先決なのではないかと考えた。
「まず、敵の繋がりを知りたいのです」
「わかった。教会内、いや、幹部の誰が奴らに協力しているのか、ということか」
「貴方は、話が早くて助かります」
ようやく緊張を解いて微笑んだラヴレに、アントンは無表情のまま、ふんっと鼻を鳴らす。
彼はラヴレの同期をとして教会に配属され、同年に二人揃って幹部会へと抜擢された。
史上最年少、しかも教会内最速の出世とあって、他の同期からの妬みも酷く、必然的に二人で行動することが増えると、お互いに正反対の性格にも関わらず、意外と気が合うということを発見したのだ。
二つの小瓶を掴んで鞄にしまい込んだ彼に、ラヴレは礼を述べた。
「では、よろしくお願いしますね」
「おい」
部屋を出ようとするラヴレを、アントンが呼び止める。
「《魔女》に、本当の歴史を教えたのか」
「……はい」
ラヴレは振り返らずに答えた。
「……問題のない、一部分だけを」
何かを思案するように、アントンは暗闇に溶けていくその背中を見送った。
ある一室の前まで来ると、扉に嵌め込まれた金具を控え目に鳴らす。
「こんな時間に、珍しい」
「ああ、やっぱりここでしたか」
中から出てきた見知った赤髪に、フードをとって、ラヴレは安堵の声を漏らした。
彼の同期であるこの赤髪の男は、魔物討伐や警備を担当する教会騎士団を指揮している。遅くまで詰所で作業していることは聞いていたが、こんな夜中にまだいてくれたことは幸運だった。
「アントン、相談があります」
「お前がここまで来るってことは、そうだろうな。入れ、今の時間は誰もいない」
促されて、ラヴレは辺りを気にしながら詰所の中へ入る。
どかりと木製の椅子に腰掛けたアントンの真横にあるデスクへ、ラヴレは二つの小瓶を置いた。
一つは、ユウリが森で拾った小瓶。一つは、液体に浸かった蛇目が漂う、少し大きめの小瓶。
アントンが、ギョッとするのがわかる。
「おい。これは、洒落になってないぞ」
「私が、洒落でこんなことするとでも?」
「ああ」
「……まあ、確かに、しそうですけど……今回は違います」
ラヴレは一連の襲撃を彼に告げた。
「クタトリアの紋章、か。また、厄介なものが絡んできたな」
「これは、あまり公にしたくありません。教会内部分裂が起きかねない」
「報告書に記載しなかった理由は、それか」
「それもありますが……」
ラヴレは、彼の上司ですら、警戒していた。
ユウリとカウンシルには、法皇様の命ではない、と断言したが、その確証はどこにもない。
「……まあ、賢明な判断だろう。それでお前は、俺に何を頼みに来たんだ」
「この小瓶の中身を、調べていただけますか? 後は、その出所も」
「で、どうする」
自分の予想が外れて欲しいと願う一方、あながち悪い線ではないと思っているラヴレにとって、敵が何の目的を持っているのかを知ることが先決なのではないかと考えた。
「まず、敵の繋がりを知りたいのです」
「わかった。教会内、いや、幹部の誰が奴らに協力しているのか、ということか」
「貴方は、話が早くて助かります」
ようやく緊張を解いて微笑んだラヴレに、アントンは無表情のまま、ふんっと鼻を鳴らす。
彼はラヴレの同期をとして教会に配属され、同年に二人揃って幹部会へと抜擢された。
史上最年少、しかも教会内最速の出世とあって、他の同期からの妬みも酷く、必然的に二人で行動することが増えると、お互いに正反対の性格にも関わらず、意外と気が合うということを発見したのだ。
二つの小瓶を掴んで鞄にしまい込んだ彼に、ラヴレは礼を述べた。
「では、よろしくお願いしますね」
「おい」
部屋を出ようとするラヴレを、アントンが呼び止める。
「《魔女》に、本当の歴史を教えたのか」
「……はい」
ラヴレは振り返らずに答えた。
「……問題のない、一部分だけを」
何かを思案するように、アントンは暗闇に溶けていくその背中を見送った。
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