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第五章 記憶
5-6. 帝国の影
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クタトリア帝国は、世界の人類の起源である。
初代皇帝は人類の始祖であるとされ、その国家の歴史は長い。
数百年に渡った『帝国時代』と呼ばれる、《始まりの魔女》以前の時代。
その時代には、『魔法』が存在しなかった。
その代わりに、現在の魔法学のはしりである機械工学や科学によって、人々の生活が成り立っていた。
ある日、《最果ての地》に降臨した《始まりの魔女》は、四人のクタトリア人に魔力を与え、帝国の領土を四分割することによって、四つの王国を作り上げた。
それとともに、何の力も持たない民衆にも魔力を分け与え、魔法を生み出すことによって、豊かな生活と、世界の平和を実現したのだった。
——これが、世界に広く周知される歴史
***
ラヴレの祖先が、その使命とともに密かに伝えた事実。
それは、かつて世界を支配した国の、正しい歴史だった。
「祖先の手記には、クタトリア帝国、いわゆる『帝国時代』は、途方もなく酷い、悪政の時代だったと記述されています。帝国は、圧倒的な軍事技術や科学で侵攻、略奪を繰り返し、その領土を広げ、独裁国家となりました。民衆は力によって虐げられ、貧しく飢えに苦しみ、上流の一部の者達だけが贅沢で豊かな暮らしをおくる。それが、『帝国時代』と呼ばれる時代の真相です」
「なぜそれが、本当だと……今伝えられている歴史が、真実でないと言えるんですか?」
ユージンの疑問も、もっともだ。
一個人の書き残した手記が、全世界の数多ある書物に勝る理由は。
「これは……教会との、共通認識であるからです」
「は……?」
「教会は、故意に『帝国時代』の実情を後世に残さなかったんですよ」
何故だかわかりますか、と問われて、皆口を噤む。
「四大王国に対して中立の立場を持つ教会は、有志とともに《魔女》が作ったとされています」
「まさか……」
「……ええ。その有志の中に、皇帝クタトリアス家の流れを汲むものも含まれていました。平和と平等を愛する《魔女》が、その理想を守ることを約束した彼らを赦し、平和を監視する役目を与えた」
中立を絶対として設立した組織に、独裁者の血を引くものがいる。彼らに敵意が向くことを恐れ、だからこそ教会は、無駄な争いを避けるために、この事実を歴史に残したくなかったのだ。
「実は、教会の地下深くには、最後の皇帝アトヴァルの石碑が安置されているんですよ」
「それは……俺たちに言っちゃっていいことなの、学園長」
リュカが呆然と発した言葉に、ラヴレは緩やかに笑う。まるで、未だに核心には触れていないのだとでもいうように。
「貴方達の祖先、初代四大王国王の四人は、反乱軍を率いた将軍でした。帝国の圧倒的な軍事力によって《最果ての地》へと追い詰められた彼らの前に、《始まりの魔女》は降臨し、帝国を討つ手助けをします。そうして、現在伝えられているように、四大王国は生まれました」
《始まりの魔女》と、四大王国の王達によって滅ぼされたクタトリア帝国。
《魔女》に赦され、平和と平等のため、中立を守る教会の設立に携わったクタトリアス家。
何故だか、酷く違和感を感じる。
「学園長。あの紋章をもう一度見せてもらえますか?」
ラヴレは応えて、立体投影の魔法を唱えた。浮き出た紋章を見て、ユウリは慌ててスカートのポケットを探る。
コロンと彼女の掌に納まる小瓶についた、金の紋章。
「それは……」
「森で、見つけました。あと、オーガになっちゃった人も、これに似た小瓶を持っていました」
「クタトリアの、紋章……」
「やはり、そうですか」
「では、クタトリアは、ずっと《始まりの魔女》を狙っていたっていうんですか!?」
《魔女》の理想を守ることを約束したその裏で、教会深部へと入り込み、機会を伺っていたとでもいうのだろうか。
だがしかし、先程の違和感の正体が見えてきた。
「その目的は、はっきりとはわかりません。けれど、数百年に渡って暴虐の限りを尽くした独裁者の一族が、そう簡単に心を入れ替えるのだろうか、という疑問は、払拭できません」
「確かに……」
「私は今一度、教会へ調査を依頼します」
教会、という単語に、誰もが複雑な表情を浮かべる。
以前なら、教会ほど安心な中立機関はなかった。
けれど、ラヴレの話の後では、同じ感情を持つことが出来るわけがない。
「貴方方がおっしゃりたいこともわかりますが、教会すべてに、彼らの息がかかっているわけではありませんよ。それに、これらを使用した者達が、本当にクタトリアに通づるのかという証拠もありません」
「確かに、もし教会内部でクタトリアの本当の歴史が知られているのであれば、彼らに罪を擦りつけることも可能ですね」
ヨルンの推察に、ラヴレは頷く。その可能性は、彼も考えていないわけではなかった。
「だから、今は、教会に頼る他ないでしょう。先程も言ったように、教会は、ユウリさんがあの時逃げおおせた《魔女》であるのかということに、確信は持っていません。今の貴女でしたら、それを隠すことも容易なはずです」
「……はい」
ユウリには、記憶と共に思い出した完全な《始まりの魔法》と制御できるようになった魔力がある。
カウンシルの五人があれ程苦戦したオーガや、禁術である反魔法を、一瞬にして消し去ったそれがあれば、大抵のことには対処できるだろうと、ラヴレは言った。
そうして、思い出したかのように付け加える。
「クタトリアにしろ、それを隠れ蓑にした第三者にしろ、彼らは《始まりの魔女》を手に入れて、もう一度世界を牛耳ろうとしているのではないかと……私は、それを恐れています」
皆の胸中を表すかのように、すっかり暗くなってしまった森の陰から、冷たい夜風がさあっと吹き抜けた。
初代皇帝は人類の始祖であるとされ、その国家の歴史は長い。
数百年に渡った『帝国時代』と呼ばれる、《始まりの魔女》以前の時代。
その時代には、『魔法』が存在しなかった。
その代わりに、現在の魔法学のはしりである機械工学や科学によって、人々の生活が成り立っていた。
ある日、《最果ての地》に降臨した《始まりの魔女》は、四人のクタトリア人に魔力を与え、帝国の領土を四分割することによって、四つの王国を作り上げた。
それとともに、何の力も持たない民衆にも魔力を分け与え、魔法を生み出すことによって、豊かな生活と、世界の平和を実現したのだった。
——これが、世界に広く周知される歴史
***
ラヴレの祖先が、その使命とともに密かに伝えた事実。
それは、かつて世界を支配した国の、正しい歴史だった。
「祖先の手記には、クタトリア帝国、いわゆる『帝国時代』は、途方もなく酷い、悪政の時代だったと記述されています。帝国は、圧倒的な軍事技術や科学で侵攻、略奪を繰り返し、その領土を広げ、独裁国家となりました。民衆は力によって虐げられ、貧しく飢えに苦しみ、上流の一部の者達だけが贅沢で豊かな暮らしをおくる。それが、『帝国時代』と呼ばれる時代の真相です」
「なぜそれが、本当だと……今伝えられている歴史が、真実でないと言えるんですか?」
ユージンの疑問も、もっともだ。
一個人の書き残した手記が、全世界の数多ある書物に勝る理由は。
「これは……教会との、共通認識であるからです」
「は……?」
「教会は、故意に『帝国時代』の実情を後世に残さなかったんですよ」
何故だかわかりますか、と問われて、皆口を噤む。
「四大王国に対して中立の立場を持つ教会は、有志とともに《魔女》が作ったとされています」
「まさか……」
「……ええ。その有志の中に、皇帝クタトリアス家の流れを汲むものも含まれていました。平和と平等を愛する《魔女》が、その理想を守ることを約束した彼らを赦し、平和を監視する役目を与えた」
中立を絶対として設立した組織に、独裁者の血を引くものがいる。彼らに敵意が向くことを恐れ、だからこそ教会は、無駄な争いを避けるために、この事実を歴史に残したくなかったのだ。
「実は、教会の地下深くには、最後の皇帝アトヴァルの石碑が安置されているんですよ」
「それは……俺たちに言っちゃっていいことなの、学園長」
リュカが呆然と発した言葉に、ラヴレは緩やかに笑う。まるで、未だに核心には触れていないのだとでもいうように。
「貴方達の祖先、初代四大王国王の四人は、反乱軍を率いた将軍でした。帝国の圧倒的な軍事力によって《最果ての地》へと追い詰められた彼らの前に、《始まりの魔女》は降臨し、帝国を討つ手助けをします。そうして、現在伝えられているように、四大王国は生まれました」
《始まりの魔女》と、四大王国の王達によって滅ぼされたクタトリア帝国。
《魔女》に赦され、平和と平等のため、中立を守る教会の設立に携わったクタトリアス家。
何故だか、酷く違和感を感じる。
「学園長。あの紋章をもう一度見せてもらえますか?」
ラヴレは応えて、立体投影の魔法を唱えた。浮き出た紋章を見て、ユウリは慌ててスカートのポケットを探る。
コロンと彼女の掌に納まる小瓶についた、金の紋章。
「それは……」
「森で、見つけました。あと、オーガになっちゃった人も、これに似た小瓶を持っていました」
「クタトリアの、紋章……」
「やはり、そうですか」
「では、クタトリアは、ずっと《始まりの魔女》を狙っていたっていうんですか!?」
《魔女》の理想を守ることを約束したその裏で、教会深部へと入り込み、機会を伺っていたとでもいうのだろうか。
だがしかし、先程の違和感の正体が見えてきた。
「その目的は、はっきりとはわかりません。けれど、数百年に渡って暴虐の限りを尽くした独裁者の一族が、そう簡単に心を入れ替えるのだろうか、という疑問は、払拭できません」
「確かに……」
「私は今一度、教会へ調査を依頼します」
教会、という単語に、誰もが複雑な表情を浮かべる。
以前なら、教会ほど安心な中立機関はなかった。
けれど、ラヴレの話の後では、同じ感情を持つことが出来るわけがない。
「貴方方がおっしゃりたいこともわかりますが、教会すべてに、彼らの息がかかっているわけではありませんよ。それに、これらを使用した者達が、本当にクタトリアに通づるのかという証拠もありません」
「確かに、もし教会内部でクタトリアの本当の歴史が知られているのであれば、彼らに罪を擦りつけることも可能ですね」
ヨルンの推察に、ラヴレは頷く。その可能性は、彼も考えていないわけではなかった。
「だから、今は、教会に頼る他ないでしょう。先程も言ったように、教会は、ユウリさんがあの時逃げおおせた《魔女》であるのかということに、確信は持っていません。今の貴女でしたら、それを隠すことも容易なはずです」
「……はい」
ユウリには、記憶と共に思い出した完全な《始まりの魔法》と制御できるようになった魔力がある。
カウンシルの五人があれ程苦戦したオーガや、禁術である反魔法を、一瞬にして消し去ったそれがあれば、大抵のことには対処できるだろうと、ラヴレは言った。
そうして、思い出したかのように付け加える。
「クタトリアにしろ、それを隠れ蓑にした第三者にしろ、彼らは《始まりの魔女》を手に入れて、もう一度世界を牛耳ろうとしているのではないかと……私は、それを恐れています」
皆の胸中を表すかのように、すっかり暗くなってしまった森の陰から、冷たい夜風がさあっと吹き抜けた。
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