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第四章 壊れる日常

4-6. 上空のキマイラ

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「なぜ、こんなところに、危険種キマイラが……」

 厳しい表情で呟くラヴレは、直ぐに詠唱を開始する。
 キマイラの双眸はそれを素早く見咎め、その鋭い牙を誇示するかのように咆哮した。
 ラヴレの放った呪縛魔法をかわすと、キマイラの口腔の中心が紅く閃光し、瞬く間にその熱量を増していく。

「障壁を!」

 ラヴレが叫ぶが早いか、キマイラから放たれた炎の塊をヨルンの防御障壁が弾く。
 次の反撃を待たずに、ユージンとリュカが素早く攻撃魔法を放った。
 それを避けるキマイラを横目に見ながら、ロッシとレヴィがすかさずユウリとナディアの側に跳躍する。

「無事ですか!」
「はい! 今障壁を、っ……!」

 握っていた魔力の制御が、ユウリの動揺とともに乱れ、ナディアが悲鳴をあげた。
 聞き慣れた破裂音と同時に質量を持った魔力に吹き飛ばされた三人を、思わず放った魔法で受け止めたラヴレとヨルンに影が落ちる。
 キマイラの一撃を既のところで受け止めたヨルンの防御障壁が、耐えきれれずに音を立てて弾け、衝撃でラヴレもろとも投げ出された。

「……っ!」

 ユージンが放った炎刃はキマイラの咆哮に消し飛ばされる。
 ヨルンが立て直す一瞬の隙に間近に迫る炎。
 その目前に、漆黒の髪が翻る。

「あぅっ!」
「ユウリ!」

 制御しきれない魔力を纏ったまま、炎の前に立ちはだかったユウリの身体は、弾け飛んだ。
 悲痛な声をあげて駆け出そうとするナディアの腕をリュカが掴むと、揺れた彼女の前髪を焦がすようにその鼻先を炎が横切る。

「じっとしてて!」

 繰り出される炎の咆哮に阻まれて跳躍できないヨルンと、その炎に応戦するロッシが詠唱し、木々がユウリの飛ばされた方向へと伸びていく。
 それをキマイラの尾である双頭の蛇が追従しているの気付き、レヴィとユージンが氷刃を繰り出した。
 爆撃の如く全てがある一点を目指す。

「させません!」

 叫ぶラヴレが放った呪縛魔法が、キマイラを絡め取り、尾の速度が落ちた。その隙をついて、ヨルンが間を置かずに風刃でキマイラの羽を攻撃する。

「ユージン、お願い!」
「任せろ!」

 雄叫びを上げてのたうつ巨体を、ユージンが放った雷が撃墜した。間髪をいれずに、レヴィが無数の氷刃を降らせ、キマイラの四肢に楔を打つ。

「リュカさん、止めを!」

 鼻筋に憤怒の皺を刻みつけながら開口しようとしたキマイラの喉笛を、リュカの魔法で地面から噴出した土槍が容赦なく貫く。断末魔のような炎を吹き出して、双頭蛇がもがき苦しむように暴れた。

「しぶといですね」

 ラヴレが呪縛を引き絞って、バツン、と胴が二つに分かれ、キマイラはその活動を停止する。

 それを確認してから、ロッシがドーム状に覆っていた木々の魔法を解くと、地面にうずくまる小さな影が現れた。
 ナディアが真っ先に駆け寄って、意味はないとわかっていながらも治癒魔法を唱え始める。

「ナディア……大丈夫だから」

 震えて上下する肩を優しく撫でて、ユウリが着け直した機械時計を握り締めると、ふわりと暖かな空気に包まれて、ナディアの焦げた前髪が戻った。
 くしゃくしゃに顔を歪めて抱きついてくるナディアを受け止めて、駆けてくるカウンシルメンバーを見る。

「全く、無茶をしますね」

 いつの間にか傍に跪いて眉間に皺を寄せるラヴレに、ユウリは苦笑した。

「制御できないなら、利用しようと思って」

 ユウリの暴走する魔力は、質量を持って膨れ上がる。それを、キマイラの炎を受け止めた。
 考えるより先に身体が動いていたユウリは、その反動まで想定できずに弾き飛ばされてしまったが、あちこちに擦り傷や切り傷が出来たものの、酷い怪我は負っていない。

「大丈夫、ユウリ」
「はい。死んでないですよ」
「おい」

 ヨルンに聞かれて軽口を叩くユウリの頭に、ユージンはいつもとは違ってコツンと撫でるような拳骨を落とす。
 何故か嬉しそうに、へらっと表情を緩めた彼女の側にしゃがみ込んだリュカとレヴィが溜息をついた。

「頭でも、打ちましたか」
「一応オットー先生呼んだ方がいいかもねぇ」
「ちょ、酷くないですか!? ユージンさんにも優しさがあったんだって、噛み締めてただけです!」
「もう一発くれてやろうか」
「遠慮しますぅ! あ、ロッシさん、木の防御、ありがとうございました」
「ああ」

 ロッシが頷くのを確認してから、ユウリは腰に巻きついたまましゃっくりを上げ続けるナディアの顔を覗き込む。

「ね、ナディア、私大丈夫だよ」
「うぅぅううう」
「ほら、もう泣き止んで……って、うわっ、ちょっと! 鼻水つけないでよぉ」

 ぐずぐずと彼女のスカートで顔を拭くナディアに、ユウリは呆れた声を出しながらも顔は笑っている。
 ヨルンがその頭に手を置いて、ようやく強張っていたその表情を緩めた。

「学園長、キマイラの処理はどうしますか」
「一旦、ここに留め置きましょう。直ぐに教会に連絡を入れて、危険種管理部に引き渡します」
「じゃあ、一応、封鎖檻魔法を施しておきますね」

 レヴィが詠唱すると、魔力を帯びた金属の檻が現れて、キマイラの周りを囲う。念には念を入れて、ユージンがそれを強化した。

「皆さん、魔力はまだありますよね? お片付け、お願いできますか」
「学園長、人使い荒すぎ……」

 有無を言わせぬラヴレの命に、リュカが辺りを見回して嘆く。
 木々は倒れ、土は抉れ、その真ん中に、真っ二つになったキマイラの死体の入った檻。
 かなりの被害規模に、これを元通りにするのは骨が折れそうだ。

「私もお手伝いします!」
「被害を広げるなよ」
「あ、ロッシさん酷い」

 よろしくお願いしますね、とその場を立ち去る折、ふと、キマイラの尾である双頭の蛇の一体に、ラヴレの目が止まる。
 注意深く目を凝らさないと判らないほどの違和感。

 蛇の片目の中に、何かが見える。

(この、紋章は……!)

 それは、教会奥深くの眠る棺に刻まれた見慣れた紋。

 まさかそんなはずはない、とかぶりを振るが、それは魔力の残滓を残してぼんやりと光っている。
 素早く呪文を唱え蛇の目玉を固めて抜き取ると、ラヴレは学園長室へと足を早めた。
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