上 下
36 / 114
第四章 壊れる日常

4-3. ナディア奔走

しおりを挟む
 青髪の長身が、カウンシル塔へ続く通路に人影を認めて声を掛ける。

「そこで何をしているんですか」

 びくりと肩が震え、くりくりとしたスミレ色の瞳が恐る恐る声の主を仰ぎ見た。

「君は確か、ユウリ殿のご友人……」
「ナディア、ですわ。 ご機嫌いかが、フォン様……でよろしかったかしら?」

 ええ、と短く答える彼の視線は、先程の質問を再度問いかけるようにナディアを鋭く射ぬく。

 彼はフォン=バイヤーと言って、ここカウンシル塔の『門(ゲート)』管理を始めとするセキュリティ全般を請け負っている警備室の責任者だ。
 彼の屈強な容姿と厳密な入塔管理から、カウンシル塔への入塔許可取得は、別名『青の審査』とも呼ばれている。
 そんな人物を前に、誤魔化せるはずがないとわかって、ナディアは溜息をつくと正直に答えた。

「執務室にいるユウリに、会いに来たのですわ」
「入塔許可は出来かねます」

 まだ本題にすら入っていないのに、フォンはナディアの意図することを即座に汲み取って、次に来る提案をはねつける。
 真っ向から拒否されてもなお、彼女は何かを思い悩むように瞳を伏せ、意を決したように顔を上げた。

「どうしても、会わないといけないの」
「お呼びしましょうか」

 ナディアは首を振る。
 ユウリは、多分来ない。

 彼女の部屋でのお茶会の後、ナディアはユウリの態度がよそよそしくなったことに気づいた。
 しかも、実技の授業を欠席しているようで、座学の時間が終わると逃げるように執務室へ行ってしまうユウリを、ある日無理やり掴まえて尋ねてみると、

『ナディアのせいじゃないんだけど、ちょっと今は合わせる顔がない』

 などと言う曖昧な返事が返ってきて、呆然としている間に振り切られてしまった。

 あのお茶会で、自分はとんでもなく失礼なことをしてしまったのでは、と考えて、ナディアはふと違和感を覚える。

 楽しく話も弾んだはずのお茶会。 
 始終にこやかで、自分が取り寄せたお茶もユウリの焼いてくれたタルトも美味しくて。

 けれど彼女は、そこでした会話を何一つ覚えていなかった。
 そして、その後、自分の部屋のベッドで目覚めたところは鮮明に覚えている。——いつ戻って横になったかも分からないのに。

 ナディアは、お茶会の最中に何かあったのだと確信した。
 ユウリか、それとも他の誰かが、禁止されている記憶操作の魔法を使わなければならなかった。
 それが許されるのは、危険が迫った時もしくは、学園の秩序を守る時。
 ナディアは推理する。
 あの時、自分は何かに近づいてしまったのではないか。
 学園長命令でカウンシルに守られる少女。最高権力まで用いて、徹底的に隠される真実。
 そこまでしなければならないほどの秘密を、あの小さくて柔らかな体が抱えているかと思うと、胸が詰まる。
 そして、悔しくなる。
 ナディアがもっと強ければ、彼女を守れるのだろうか。
 どんなに隣にいてもひとりで闘おうとする張り詰めたその心が、和らぐのだろうか。
 自分の力がないばかりに、友人だと言ってくれたユウリの全てを受け止めることを許されない。
 それが、ひどく悔しい。

 だから、ナディアはユウリに会わなければいけなかった。
 会って、伝えなければいけない。

「授業が終わってから、また彼女の部屋に行ってみますわ」
「そうですか。もし伝言が必要でしたら、いつでも自分に言ってください 警備室か、警備団とこの辺りを回っていますから」
「ありがとうございます、フォン様」

 そう言って、ナディアが駆けていくのを、フォンは訝しげに眺める。それは、大抵の授業が行われる本講堂とは完全に反対方向だった。

 ナディアは、医務塔へと走っている。
 未だ止んでいない嫌がらせで、以前より減ったといっても、ユウリは定期的に医療品を貰いにオットーを訪ねていた。
 そこで待てば、顔を合わせられるかもしれない。
 そう期待しながらナディアが医療塔の扉に手をかけた時、ざわりと周りの木々が揺れた。
 森の方に目をやると、竜巻でも起きたかのように、木々がうねり、粉塵が巻き上がっている。

(何かしら)

 不安になったナディアは、念の為防御障壁を張って、その現象へ向かっていった。
 森の入り口付近にやってくると、パキと薄氷を踏みつけたような音がして。

(な、なんなの、この魔力は!)

 障壁にヒビが入る質量の魔力が、ナディアを襲う。
 目を凝らすと、前方の広場に人影が見えた。
 駆けよって行こうとして、ナディアは足を止め、瞠目する。

「ナディア……」

 真紅の眼をした彼女の友人が、その魔力の中心に立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛していたのに処刑されました。今度は関わりません。

かずきりり
恋愛
「アマリア・レガス伯爵令嬢!其方を王族に毒をもったとして処刑とする!」 いきなりの冤罪を突き立てられ、私の愛していた婚約者は、別の女性と一緒に居る。 貴族としての政略結婚だとしても、私は愛していた。 けれど、貴方は……別の女性といつも居た。 処刑されたと思ったら、何故か時間が巻き戻っている。 ならば……諦める。 前とは違う人生を送って、貴方を好きだという気持ちをも……。 ……そう簡単に、消えないけれど。 --------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

犬猿の仲だと思っていたのに、なぜか幼なじみの公爵令息が世話を焼いてくる

風見ゆうみ
恋愛
元伯爵令嬢だった私、ビアラ・ミゼライトにはホーリル・フェルナンディという子爵令息の婚約者がいる。とある事情で両親を亡くした私は、フェルナンディ子爵家から支援を受けて、貴族が多く通う学園ではあるけれど、成績次第では平民でも通える学園に通っていた。 ある日、ホーリルから呼び出された私は、彼から婚約を破棄し学費や寮費援助を打ち切ると告げられてしまう。 しかも、彼の新しいお相手は私の腐れ縁の相手、ディラン・ミーグス公爵令息の婚約者だった。 その場に居たミーグスと私は婚約破棄を了承する。でも、馬鹿な元婚約者たちが相手では、それだけで終わるはずもなかった―― ※完結保証です。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。 ※誤字脱字など見直して気をつけているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

騎士爵とおてんば令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
腕は立つけれど、貴族の礼が苦手で実力を隠す騎士と貴族だけど剣が好きな少女が婚約することに。 あれはそんな意味じゃなかったのに…。突然の婚約から名前も知らない騎士の家で生活することになった少女と急に婚約者が出来た騎士の生活を描きます。

偽りの婚約のつもりが愛されていました

ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。 だけど私は子爵家の跡継ぎ。 騒ぎ立てることはしなかった。 子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として 慎ましく振る舞ってきた。 五人目の婚約者と妹は体を重ねた。 妹は身籠った。 父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて 私を今更嫁に出すと言った。 全てを奪われた私はもう我慢を止めた。 * 作り話です。 * 短めの話にするつもりです * 暇つぶしにどうぞ

どうせ去るなら爪痕を。

ぽんぽこ狸
恋愛
 実家が没落してしまい、婚約者の屋敷で生活の面倒を見てもらっているエミーリエは、日の当たらない角部屋から義妹に当たる無邪気な少女ロッテを見つめていた。  彼女は婚約者エトヴィンの歳の離れた兄妹で、末っ子の彼女は家族から溺愛されていた。  ロッテが自信を持てるようにと、ロッテ以上の技術を持っているものをエミーリエは禁止されている。なので彼女が興味のない仕事だけに精を出す日々が続いている。  そしていつか結婚して自分が子供を持つ日を夢に見ていた。  跡継ぎを産むことが出来れば、自分もきっとこの家の一員として尊重してもらえる。そう考えていた。  しかし儚くその夢は崩れて、婚約破棄を言い渡され、愛人としてならばこの屋敷にいることだけは許してやるとエトヴィンに宣言されてしまう。  希望が持てなくなったエミーリエは、この場所を去ることを決意するが長年、いろいろなものを奪われてきたからにはその爪痕を残して去ろうと考えたのだった。

姉妹揃って婚約破棄するきっかけは私が寝違えたことから始まったのは事実ですが、上手くいかない原因は私のせいではありません

珠宮さくら
恋愛
アリーチェ・グランディは、楽しみにしていた親友の婚約パーティーの日に寝違えてしまったことがきっかけとなって、色んなことが起こっていくことになるとは想像もしなかった。 そう、思い返すと姉妹揃っての婚約破棄なんて、大したことではなかったかのようになっていくとは、寝違えた時は思いもしなかった。

処理中です...