上 下
34 / 114
第四章 壊れる日常

4-1. 疑問

しおりを挟む
 良く晴れた日曜日、以前からお茶会をしたいと言っていたナディアを、ユウリは自室に招いた。

「ようこそ、ナディア!」
「お邪魔します……ってあら? なぁに、このいい匂い!」
「えへへ。ナディアが美味しいお茶買ってきてくれるっていうから、お礼に焼いたの」

 キッチンに備え付けられた小さなテーブルの上には、美味しそうなフルーツタルトが乗っている。ナディアは目を輝かせて、口元を両手で覆って頰を染めたまま、硬直した。

「……余りの嬉しさに、あらゆる体液が出てきそうになったわ」
「ナディアって、本当、黙ってれば可愛いのに……」

 いつもの過剰な愛情表現に呆れながら、ユウリはタルトを切り分ける。

「ヨルンさんがね、フィニーランド産の果物が届いたからって、分けてくれたの!」
「まぁ、素敵!」
「こんな高級フルーツ、触ったの初めてで、ちょっと緊張した……」
「ユウリが作ってくれたものなら、美味しいに決まってるわ!」
「ふふ、そうだといいけど。あ、お湯沸いたよ」

 ナディアは用意されていたポットに蒸気を上げている薬缶から湯を注ぐ。ポットが温まったら、その湯を捨て、適量の茶葉を入れて、再度湯を注ぎ、蒸らすための保温布を上からかけた。
 レヴィに教えてもらったという方法で淹れた紅茶は、茶葉の品質のおかげもあってか、とても美味しくて、甘酸っぱいタルトとよく合っている。

「私、ずっと聞きたいと思っていたのだけれど」

 優雅な仕草で紅茶を飲みながら、ナディアは唐突に切り出した。

「ユウリは、どこかの王族か貴族の出身なのかしら?」
「はいぃいい?! そんなわけないって、一緒にいたらわかるでしょ!?」

 そう? と小首を傾げるナディアに、ユウリは頭をブンブンと振りながら全否定する。

「無理無理、無理がありすぎるでしょ! 見て、この地味なデザインの服を! 見て、このボロい鞄を! 見て、この中古の食器を!」
「ユウリの持ち物は全部気品に満ち溢れていて、どんな骨董や芸術よりも素敵だわ」
「ナディアの目は節穴ですか」

 ため息をついて頭を抱えたユウリの耳に、ナディアの声が刺さった。

「ユウリはカウンシルの皆さんとはとても仲良しだって、レヴィ様が言っていたわ。 あんな高貴な方達とお知り合いだし、輝くほど素敵な貴女だから、もしかしてって」

 ナディアは、彼女が《始まりの魔女》であることを知らない。
 突然変異の特異体質で魔力が不安定だし、治療魔法が効かないと思っている。
 こんなに慕ってくれる友人を騙すことは心苦しいが、学園長命令は絶対だ。カウンシルとオットー以外絶対に他言無用であることを、ユウリは厳しく言われていた。
 それに背くことは、懲罰の対象となり、引いては学園からの追放もあり得る。
 けれど、だからこそ、何も知らない生徒達が、ユウリとカウンシルのあり得ない組み合わせを疑問に思い、憶測や推測で事実とはかけ離れた噂話が学園中に蔓延る結果となってしまった。

「……私が、こんな体質だから。周りに迷惑かけないように、学園長から言われてるんだよ」
「ユウリ」

 眉をハの字にしてしまったナディアが、ユウリの手を握る。その目を真っ直ぐと見られない自分が嫌になって、ユウリは自分の膝を眺めるしかなかった。

「言いたくないことは、言わなくていいのよ」
「でも、ナディアは友達なのに、私、何にも言ってない……。 どうして、毎日執務室に行くのか、どうしてカウンシルの皆んなが私を庇うのか」
「いいえ、ユウリ」

 ユウリの頭を引き寄せるようにして、ナディアは彼女を抱きしめる。

「ごめんなさい、貴女にそんな顔をさせたかったわけじゃないの。 ただ、ちょっと寂しいなって」
「ナディア?」
「ユウリは……とても暖かくて優しくて、多少強引な私を受け入れて、お友達になってくれたでしょう? でも、カウンシルの方たちの前じゃ、ユウリはなんだかとても自然体な気がして……だから、私と一緒にいることで、無理をさせているんじゃないかって心配になっちゃって」

 最後は消え入りそうな声で呟いて黙ってしまったナディアに、ユウリは胸が締め付けられるほど切なくなって、思わず機械時計を握った。

(ごめんね、ナディア)

 --眠ったら、その不安も忘れるから

 ユウリの腕の中で寝息を立て始めたナディアのスミレ色の髪を、紅い瞳から溢れる雫が濡らしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊
恋愛
両親が死別した侑梨はホテルで働いている22歳 侑梨の目的はただ一つ 両親の死に関わる実業家ジーノ・マウロに会い真相を聞くこと 父の元部下の三島櫂 父の会社を買収したジーノ・マウロ 2人の想いが侑梨の運命を回し出す

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【本編完結】婚約を解消したいんじゃないの?!

as
恋愛
伯爵令嬢アーシアは公爵子息カルゼの婚約者。 しかし学園の食堂でカルゼが「アーシアのような性格悪い女とは結婚したくない。」と言っているのを聞き、その場に乗り込んで婚約を解消したつもりだったけどーーー

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

婚約者に浮気されていたので彼の前から姿を消してみました。

ほったげな
恋愛
エイミは大学の時に伯爵令息のハルヒトと出会って、惹かれるようになる。ハルヒトに告白されて付き合うようになった。そして、働き始めてハルヒトにプロポーズされて婚約した。だが、ハルヒトはミハナという女性と浮気していた。それを知ったミハナはハルヒトの前から姿を消し、遠い土地で生活を始めた。その土地でコウと出会い・・・?!

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

興味はないので、さっさと離婚してくださいね?

hana
恋愛
伯爵令嬢のエレノアは、第二王子オーフェンと結婚を果たした。 しかしオーフェンが男爵令嬢のリリアと関係を持ったことで、事態は急変する。 魔法が使えるリリアの方が正妃に相応しいと判断したオーフェンは、エレノアに冷たい言葉を放ったのだ。 「君はもういらない、リリアに正妃の座を譲ってくれ」

処理中です...