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第四章 壊れる日常
4-1. 疑問
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良く晴れた日曜日、以前からお茶会をしたいと言っていたナディアを、ユウリは自室に招いた。
「ようこそ、ナディア!」
「お邪魔します……ってあら? なぁに、このいい匂い!」
「えへへ。ナディアが美味しいお茶買ってきてくれるっていうから、お礼に焼いたの」
キッチンに備え付けられた小さなテーブルの上には、美味しそうなフルーツタルトが乗っている。ナディアは目を輝かせて、口元を両手で覆って頰を染めたまま、硬直した。
「……余りの嬉しさに、あらゆる体液が出てきそうになったわ」
「ナディアって、本当、黙ってれば可愛いのに……」
いつもの過剰な愛情表現に呆れながら、ユウリはタルトを切り分ける。
「ヨルンさんがね、フィニーランド産の果物が届いたからって、分けてくれたの!」
「まぁ、素敵!」
「こんな高級フルーツ、触ったの初めてで、ちょっと緊張した……」
「ユウリが作ってくれたものなら、美味しいに決まってるわ!」
「ふふ、そうだといいけど。あ、お湯沸いたよ」
ナディアは用意されていたポットに蒸気を上げている薬缶から湯を注ぐ。ポットが温まったら、その湯を捨て、適量の茶葉を入れて、再度湯を注ぎ、蒸らすための保温布を上からかけた。
レヴィに教えてもらったという方法で淹れた紅茶は、茶葉の品質のおかげもあってか、とても美味しくて、甘酸っぱいタルトとよく合っている。
「私、ずっと聞きたいと思っていたのだけれど」
優雅な仕草で紅茶を飲みながら、ナディアは唐突に切り出した。
「ユウリは、どこかの王族か貴族の出身なのかしら?」
「はいぃいい?! そんなわけないって、一緒にいたらわかるでしょ!?」
そう? と小首を傾げるナディアに、ユウリは頭をブンブンと振りながら全否定する。
「無理無理、無理がありすぎるでしょ! 見て、この地味なデザインの服を! 見て、このボロい鞄を! 見て、この中古の食器を!」
「ユウリの持ち物は全部気品に満ち溢れていて、どんな骨董や芸術よりも素敵だわ」
「ナディアの目は節穴ですか」
ため息をついて頭を抱えたユウリの耳に、ナディアの声が刺さった。
「ユウリはカウンシルの皆さんとはとても仲良しだって、レヴィ様が言っていたわ。 あんな高貴な方達とお知り合いだし、輝くほど素敵な貴女だから、もしかしてって」
ナディアは、彼女が《始まりの魔女》であることを知らない。
突然変異の特異体質で魔力が不安定だし、治療魔法が効かないと思っている。
こんなに慕ってくれる友人を騙すことは心苦しいが、学園長命令は絶対だ。カウンシルとオットー以外絶対に他言無用であることを、ユウリは厳しく言われていた。
それに背くことは、懲罰の対象となり、引いては学園からの追放もあり得る。
けれど、だからこそ、何も知らない生徒達が、ユウリとカウンシルのあり得ない組み合わせを疑問に思い、憶測や推測で事実とはかけ離れた噂話が学園中に蔓延る結果となってしまった。
「……私が、こんな体質だから。周りに迷惑かけないように、学園長から言われてるんだよ」
「ユウリ」
眉をハの字にしてしまったナディアが、ユウリの手を握る。その目を真っ直ぐと見られない自分が嫌になって、ユウリは自分の膝を眺めるしかなかった。
「言いたくないことは、言わなくていいのよ」
「でも、ナディアは友達なのに、私、何にも言ってない……。 どうして、毎日執務室に行くのか、どうしてカウンシルの皆んなが私を庇うのか」
「いいえ、ユウリ」
ユウリの頭を引き寄せるようにして、ナディアは彼女を抱きしめる。
「ごめんなさい、貴女にそんな顔をさせたかったわけじゃないの。 ただ、ちょっと寂しいなって」
「ナディア?」
「ユウリは……とても暖かくて優しくて、多少強引な私を受け入れて、お友達になってくれたでしょう? でも、カウンシルの方たちの前じゃ、ユウリはなんだかとても自然体な気がして……だから、私と一緒にいることで、無理をさせているんじゃないかって心配になっちゃって」
最後は消え入りそうな声で呟いて黙ってしまったナディアに、ユウリは胸が締め付けられるほど切なくなって、思わず機械時計を握った。
(ごめんね、ナディア)
--眠ったら、その不安も忘れるから
ユウリの腕の中で寝息を立て始めたナディアのスミレ色の髪を、紅い瞳から溢れる雫が濡らしていた。
「ようこそ、ナディア!」
「お邪魔します……ってあら? なぁに、このいい匂い!」
「えへへ。ナディアが美味しいお茶買ってきてくれるっていうから、お礼に焼いたの」
キッチンに備え付けられた小さなテーブルの上には、美味しそうなフルーツタルトが乗っている。ナディアは目を輝かせて、口元を両手で覆って頰を染めたまま、硬直した。
「……余りの嬉しさに、あらゆる体液が出てきそうになったわ」
「ナディアって、本当、黙ってれば可愛いのに……」
いつもの過剰な愛情表現に呆れながら、ユウリはタルトを切り分ける。
「ヨルンさんがね、フィニーランド産の果物が届いたからって、分けてくれたの!」
「まぁ、素敵!」
「こんな高級フルーツ、触ったの初めてで、ちょっと緊張した……」
「ユウリが作ってくれたものなら、美味しいに決まってるわ!」
「ふふ、そうだといいけど。あ、お湯沸いたよ」
ナディアは用意されていたポットに蒸気を上げている薬缶から湯を注ぐ。ポットが温まったら、その湯を捨て、適量の茶葉を入れて、再度湯を注ぎ、蒸らすための保温布を上からかけた。
レヴィに教えてもらったという方法で淹れた紅茶は、茶葉の品質のおかげもあってか、とても美味しくて、甘酸っぱいタルトとよく合っている。
「私、ずっと聞きたいと思っていたのだけれど」
優雅な仕草で紅茶を飲みながら、ナディアは唐突に切り出した。
「ユウリは、どこかの王族か貴族の出身なのかしら?」
「はいぃいい?! そんなわけないって、一緒にいたらわかるでしょ!?」
そう? と小首を傾げるナディアに、ユウリは頭をブンブンと振りながら全否定する。
「無理無理、無理がありすぎるでしょ! 見て、この地味なデザインの服を! 見て、このボロい鞄を! 見て、この中古の食器を!」
「ユウリの持ち物は全部気品に満ち溢れていて、どんな骨董や芸術よりも素敵だわ」
「ナディアの目は節穴ですか」
ため息をついて頭を抱えたユウリの耳に、ナディアの声が刺さった。
「ユウリはカウンシルの皆さんとはとても仲良しだって、レヴィ様が言っていたわ。 あんな高貴な方達とお知り合いだし、輝くほど素敵な貴女だから、もしかしてって」
ナディアは、彼女が《始まりの魔女》であることを知らない。
突然変異の特異体質で魔力が不安定だし、治療魔法が効かないと思っている。
こんなに慕ってくれる友人を騙すことは心苦しいが、学園長命令は絶対だ。カウンシルとオットー以外絶対に他言無用であることを、ユウリは厳しく言われていた。
それに背くことは、懲罰の対象となり、引いては学園からの追放もあり得る。
けれど、だからこそ、何も知らない生徒達が、ユウリとカウンシルのあり得ない組み合わせを疑問に思い、憶測や推測で事実とはかけ離れた噂話が学園中に蔓延る結果となってしまった。
「……私が、こんな体質だから。周りに迷惑かけないように、学園長から言われてるんだよ」
「ユウリ」
眉をハの字にしてしまったナディアが、ユウリの手を握る。その目を真っ直ぐと見られない自分が嫌になって、ユウリは自分の膝を眺めるしかなかった。
「言いたくないことは、言わなくていいのよ」
「でも、ナディアは友達なのに、私、何にも言ってない……。 どうして、毎日執務室に行くのか、どうしてカウンシルの皆んなが私を庇うのか」
「いいえ、ユウリ」
ユウリの頭を引き寄せるようにして、ナディアは彼女を抱きしめる。
「ごめんなさい、貴女にそんな顔をさせたかったわけじゃないの。 ただ、ちょっと寂しいなって」
「ナディア?」
「ユウリは……とても暖かくて優しくて、多少強引な私を受け入れて、お友達になってくれたでしょう? でも、カウンシルの方たちの前じゃ、ユウリはなんだかとても自然体な気がして……だから、私と一緒にいることで、無理をさせているんじゃないかって心配になっちゃって」
最後は消え入りそうな声で呟いて黙ってしまったナディアに、ユウリは胸が締め付けられるほど切なくなって、思わず機械時計を握った。
(ごめんね、ナディア)
--眠ったら、その不安も忘れるから
ユウリの腕の中で寝息を立て始めたナディアのスミレ色の髪を、紅い瞳から溢れる雫が濡らしていた。
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