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第三章 《始まりの魔法》

3-7. カウンシル執務室の日常

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 カウンシル執務室は、今日も賑わっている。
 ユウリの《始まりの魔法》で組み上がっていくものを、リュカとロッシが興味深く眺めていた。
 パリパリと乾いた音を出しながら部屋の中央に発現するのは、拳を振り上げたユージンを模した銅像で、ユウリは彼から本物の拳骨をもらっている。

「痛いですぅぅぅぅ」
「俺は、金属物質を出せと言った」
「だから、出したじゃないですか! 一生懸命細部にも拘ったのに!」

 無言でもう一発ユウリの頭に拳を落として、今日は終わりだ、とユージンは机に向かった。

「仔猫ちゃんって、時たまものすごいチャレンジャーだよね……」
「え? 何がですか?」
「わざとやっているんじゃないのか……」

 リュカはまだしもロッシにまで溜息を吐かれて、ユウリは涙目で頰を膨らます。
 その瞳が紅く燃えてなければ、彼女が《始まりの魔女》だと誰もが忘れてしまいそうなほど、ごくありふれた少女の姿だ。
 《始まりの魔法》が徐々に安定してきた今、彼女の普通魔法が人並みになれば、もう特別指導の必要はないのだろう——が。

「じゃあ、俺の番だね。はい、仔猫ちゃん、これを光魔法で分解再構成してみて」
「むむむむ」

 眉間にぎゅっと皺を寄せて集中して詠唱するユウリだが、リュカの掌に乗ったコインはピクリとも動かない。

「……才能ないな」
「うわぁぁぁん、ロッシさん、ひどいぃぃぃぃ」

 根本的に《始まりの魔法》とは魔力の使い方が違うらしく、未だにユウリの普通魔法は六割程度の成功率だ。

「仔猫ちゃん、その成功率だと、当分初級クラス出られないかもよ……」
「嘘!? ち、ちなみに、上級いくには」
「基本の成功率は当然十割、それに上級呪文に乗せられる魔力の量と、その成功率最低九割といったところか」

 ロッシの言葉に、ユウリはがくりと項垂れて、頑張ります、と蚊の鳴くような声で呟いた。

 コインは、十二回目にしてやっと分解まで出来るようになり、二十五回目にしてなんとか再構成まで終えて、ユウリは疲れ切った表情でソファに沈み込む。
 レヴィからお茶を受け取って一口飲むと、そのままころんと横になってしまった。

「おや、ユウリさん、大丈夫ですか?」
「もう、動ける気がしません……」
「そんなところで寝てると、ヨルンに捕まっちゃうよ」

 いつものリュカの軽口に、怒鳴り声の代わりに何故かユウリの頰が染まる。

「あれ?……その反応って」
「ははははは反応って何ですか! 私はお疲れなんです!」
「……何を威張っている」

 ロッシに突っ込まれるが、ユウリはソファの背に顔を向け、リュカの期待に満ちた視線から逃れた。

(あれは、ありえないよ、私……)

 確かに弱っていたところに優しくされて、本音がダダ漏れて、聞いてくれたことが嬉しくて、吐き出したことで安心したのだと思う。
 でも、いくらそうだとしても、あの日、庭園のベンチで、ヨルンの外套に包まれたまま寝落ちした挙句、いつの間にか自室まで運ばれていたという失態は、顔から火が出るほど恥ずかしい。
 それから数日、ヨルンに会う機会がないのが、さらにその気まずさを増長させていた。

 がちゃりと扉の開く音が聞こえて、びくりとするユウリとは反対に、リュカは鼻歌を歌いながらスキップのような軽快さで入室してきたヨルンに近づく。

「ヨールン」
「どうしたの。リュカ、機嫌いいね」
「んふふふふ」
「リュカさん、キモいです」

 じっとりと肩越しにリュカを睨んだユウリの目が、銀色に捕まる。
 微笑まれて、こちらにやってくるヨルンに、ユウリはまたソファの背に顔を埋めた。

「ユウリ、どうしたの、眠い?」
「いや、あの」

 外套を広げ、?と聞くヨルンに、多分悪気は一切ない。
 耳まで真っ赤になってしまったユウリは、リュカのニヤニヤ顔を無視して、ソファに正座してぺこりと頭を下げた。

「先日は、失礼しました。送っていただいて、ありがとうございます」
「ん? 何?」
「仔猫ちゃん、ヨルンは遠回しに言っても通じないよぉ」
「リュカ! さん! うる! さい!」

 黙って! ください! と一拍ごとに拳でリュカの肩をガンガン殴るユウリに、ヨルンは疑問符を浮かべながらいつものように長椅子に横たわっている。

「レヴィ、あれは一体何なんだ」
「ロッシさんって、割と本気で、本と研究にしか興味ないですよね」

 レヴィの言葉に、ロッシはわけがわからないといった表情で読みかけの本に視線を戻した。

 その後しばらく騒ぎまくったリュカとユウリは、無事ユージンの怒りを買い、執務室を叩き出されたのだった。
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