上 下
17 / 114
第二章 前途多難な学園生活

2-1. 嫌がらせ

しおりを挟む
 次の授業までの時間を自習室の一角で過ごしていたユウリは、声にならない悲鳴を上げた。
 乱暴に置かれた辞書や事典が、机の上にあった彼女の左手を下敷きにしている。

「あら、ごめんあそばせ」
「い……っ!」

 そんなに一度に必要なのか、という量の分厚い書物達を、わざと体重をかけるよう、ぐ、と押し潰すして退けたその女生徒は、ニヤニヤと嫌な笑いを携えながら友人たちの輪に戻っていった。
 ジンジンと痛む左手を庇いながら、その嘲笑を背中に受け止めて、ユウリはまた教科書へと視線を移す。

 今に始まった事ではない嫌がらせ、ただの日常。

 嫉妬、羨望、嘲り、怒り、憎しみ。

 カウンシルに関わる一般人、という称号は、そんな感情を一身に受けてもなのだ、とそれらを抱く後ろめたさに大義名分を与えた。
 結果、なんの疚しさも持たずに感情の赴くままに他人を攻撃することができる。

 ——『ユウリ』個人ではなく、自分たちでは得られなかった、その『称号』を攻撃しているのだ

 入学してから僅か二週間ほどしか経っていないのに、飽きることなく繰り返される日常。
 一種諦めの境地に達した彼女は、そうして自分を納得させていた。

 学園での勉強は楽しい。
 出来ることが増えていくのも楽しい。
 厳しいカウンシルの指導も、真剣に取り合ってくれているのが分かるから、楽しい。

 ただ、独りの時間は楽しくない、と思ってしまう。

 独りなのは、慣れていると思っていた。
 幼い頃の記憶のない、珍しい容姿の孤児。
 それが今までのユウリの『称号』だった。
 村にいた時は、村長以外は皆彼女を遠巻きにしていたし、『変な色』と面と向かって容姿を揶揄されて泣いたこともある。
 でも、彼らは、ユウリを村の一員としては認めてくれていたように思う。
 誰も、彼女を追放する算段や追い込むような真似だけはしなかったからだ。

 学園ここでは、最初は普通だったクラスメイトも、日を重ねる毎にユウリから段々と距離を置いていく。
 カウンシルメンバーに声を掛けられているところを見られて、結局は皆向こう側に行ってしまう。
 彼らが巧妙なのは、表に出ないように攻撃してくるところと、ユウリのようなタイプは積極的にそれを他者に相談しないと把握していることだろう。
 それが分かるから余計に、負けず嫌いのユウリは誰にも頼らずに闘いたくなってしまう。

 痛む左手に目をやる。少し腫れてきたようだ。
 なんだか無性に、執務室へ駆け込んでレヴィのお茶が飲みたくなって、目の奥が熱くなる。
 溢れそうになるのを必死で堪えて、ユウリは鞄を漁った。
 最近必需品となった湿布が切れていることに気付いて、逃げることを許された気がする。

(弱ってるなー私)

 自習室を出て廊下を歩きながら、彼女は自嘲した。
 そこかしこに増える生傷に、嫌でも自分がされていることを認識させられて気が滅入る。
 それでも、誰かに打ち明けようとは思わないし、自分で何とかしたいと思う。
 ユウリ自身が関わることによって、その誰かが傷つくことになることは、一番避けたかった。
 そうなるくらいなら、どんなに孤独でも、独りで闘い抜く方がよっぽどマシだ。

「ユウリだ」

 その声に俯いていた視線を上げると、廊下の先で柔らかい笑顔のヨルンが手を振っている。ユウリは少し安心して、彼の側に駆け寄った。

「こんにちわ、ヨルンさん」
「どこ、行くの?」
「えっと、湿布を買いに売店へ」

 湿布?と返されて、ユウリは左手を隠しながら曖昧に笑って濁す。知られたくない、と咄嗟に考えた故の行動だった。
 そんなユウリを不思議そうに見て、ヨルンが首をかしげる。

「ユウリ、治癒魔法できる友達いない?」

 その質問に、彼女は愛想笑いが崩せない。
 ちょっと、視界がぐるぐるするような気がする。

「俺が、治してあげようか?」

 手を取られて、ヨルンの顔が近づく。

 よほどの重症でない限り、みな治癒魔法で治しているから湿布なんて必要ない。
 そんなことは、百も承知だ。
 けれど、ユウリには、湿治す術がない。
 だから、知られたくないんだ、と苦しくなる。
 ちょっと、足元がふわふわしてきた。

「大丈夫? なんか顔色が」
「ヨル……さ……」

 気持ち悪い、とヨルンに伝える前に、ユウリの視界は暗転した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

処理中です...