上 下
16 / 114
第一章 学園

1-15. カウンシルの王子達 ヨルン = ブルムクヴィスト

しおりを挟む
 もともと山頂付近のカルデラ地帯である《北の大地》は、人間が居住するにはやや魔力の影響が強く、魔物や魔獣が数多く蔓延る危険地域だったという。

 《始まりの魔女》が各国の有志達と共に魔法教会を設立するにあたり、この地を選んだのは、安易に攻め込まれない地形と、教会の本質である世界平和のための魔力の管理、研究、運営に適しているからだろう。
 教会がこの地を本拠地とし、人に害なす魔物や魔獣の生息地を特定、管理することによって開拓が進み、現在は最北に位置する教会のほか、居住区と《北の街》と呼ばれる下町、そこから最南にある学園へと、安全な大通りや移動魔法陣が整備されており、学園の北門を出てすぐにも、移動魔法陣管理所がある。
 学園の学生でも、学生課の許可を貰えば、魔法陣を使用して《北の街》や教会へ行くことができた。
 ただし、移動魔法陣の使用は、少々値が張る。
 《奨学生》として在籍するユウリにとって、それはあまり安くない出費だったため、彼女は一度も学園近辺から出たことがなかった。

 本日最後の授業とカウンシルでの課題を終えて、執務室で休憩していたユウリがそう零すと、長椅子でそれまでウトウトとしてヨルンが、行こう、と突然立ち上がり、そのままカウンシル権限なのか、会長権限なのか、許可証をすぐさま発行してもらい、管理所まで連れてこられたのだ。

「こ、これに乗ればいいんですね……?」
「いつまでやってるの、ホラ!」
「わあ!」

 今まで一度も移動魔法陣とやらを使用したことにないユウリが、恐る恐る魔法陣に近づいていたのを見て、ヨルンは強引に手を引いてその上に乗った。
 パラパラと光の粒子が集まって、視界を塗りつぶしていき、次の瞬間、ざわざわとした大勢の人が眼前に現れる。

「う、わぁ」
「ね、早いでしょ?」

 早さもさることながら、その人の多さにも驚く。
 《北の街》にある移動魔法陣管理所は、関門駅と同じような役割をしており、そこから各王国、もしくは各国境の関門駅まで移動できるようになっているため、終日多くの人で賑わっていた、

「あの、お金、よかったんですか」
「ん、大丈夫だよ。ほら、一応これでも王族だから」
「あ、あり、がと、ございます……」

 その美しい形の唇の端をにっと上げ、ばさっと外套を翻して片目を瞑るヨルンは、一応どころか、完璧なまでに王族だった。
 思わず頰が熱くなるユウリを知ってか知らずでか、さ、行こうか、と歩き出すヨルンは、いつものように、彼女を外套の中に納める。

「いや、ちょ、普通! 普通にしてください!」
「ん? これ、普段通りじゃない?」
「いや、そうですけども、あの……」

 ユウリは、こんなことなら、この行為を甘んじて受けるべきではなかった、と後悔するが、結局、ヨルンにされるがまま、街の雑踏へと踏み出すこととなった。
 流石に四大王国のうちの一国の王子であるヨルンは大層目立つ。
 ほんの少し歩いただけで、そこかしこからざわめきが起こり、ある意味外套に隠れていて良かったのではないかとユウリは自分を納得させた。

「この辺は、魔導具とか魔法書とかのお店、あそこら辺は、服飾や宝飾かな。あのカフェは、学園内にも出店してるよ」
「うわぁ……人も多いけど、お店もたくさんですね!」

 トラン村からあまり出たことのないユウリにとって、小規模の部類に入る《北の街》ですら、途方もなく都会に感じる。

「わ、ここ、凄いですよ! ヨルンさん!」

 駆けていくユウリを追いかけると、彼女は宝飾店のウィンドウを見ていた。

「綺麗ですねぇ……こんな大きなダイヤモンド、見たことない」
「入ってみようか」

 え、と思う間も無く、ユウリはヨルンの手を引かれて、店内へと足を踏み入れる。
 ウィンドウディスプレイとは比べ物にならない数の宝石達に、目眩がしそうだ。

「わ、私には、ちょっと場違いな……」
「まぁぁああ、ヨルン様! ようこそおいでくださいました!」
「うん、久しぶり」
「へ!?」

 店主と思われる、両手の指にユウリの目玉くらいあるんじゃないかというほどの宝石を散りばめた中年女性が、ヨルンに深々とお辞儀している。

(そ、そうか、王子様ですもんね)

 店主に傅かれることに慣れている様子のヨルンに、ユウリは王族の凄さを目の当たりにした気分になった。

「今日は、また、品質チェックですか? それとも、お買い物で?」
「ただ、この子が綺麗って言ってたから、顔出して見ただけだよ」
「あらあら、まあまあ、可愛らしい方をお連れで。店主のアーネと申します」
「あ、ユ、ユウリと申します……」

 外套に巻きついてしまいたほど、ユウリはこの場に削ぐわない気がして、困ったようにヨルンを見上げる。

「ああ、ごめんごめん。ユウリ、初めてだよね、こういうお店」
「はい……」
「外で、あんまりユウリの目がキラキラしてたから。この際だから、ゆっくり見たら」
「改めて見ると、煌めきが凄いですね。こんなとこに躊躇いなく入れるヨルンさんも、凄いです」
「馴染みの店だったからね」
「え?」
「あれ、知らなかったのかな?」

 ヨルンの出身国フィニーランドは、自然豊かな国で、土地の豊かさを強みにした産業が盛んである。
 有名レストランではこぞってフィニーランド産の食材を使うし、上流階級の贈答用果物なども大抵はそうだ。
 またその次に有名なのが、鉱物だ。数々の宝石類もフィニーランドが世界一の産出を誇り、パリアの宝飾デザイナー達もその品質好んで、フィニーランド産でなければ宝石と呼ばない、と言うものまでいた。

「特産物としては知ってましたけど、まさか、ヨルンさん自ら品質チェックしてるなんて」
「たまに市場調査として、学園から一番近いここにきてるんだよ」
「そうなんですね」
「ほら、これなんかは、フィニーランド産でも特に輝きが美しいでしょ」
「ふぁああああ、ほんとだ」
「良かったら、お着けになってご覧なさいます?」

 店主から勧められて、ユウリは固辞する。とてもでないが、買える値段ではない。

「あげるよ」
「あげっ!? 無理無理無理、ヨルンさん、値段見た!?」
「えー、よく似合いそうなのに」
「無理です!」

 こういうところが、王子だとユウリは頭を抱える。
 ユウリに断固として拒否されるが、それでも何かを贈りたいと主張するヨルンに、店主がそれならば、と装飾されたペンを勧める。外側は艶やかな漆黒の金属製で、極小のブラックダイヤモンドがペン尻に埋め込まれていて、ペンとしてはかなりの値段なのだが、ユウリでも頑張れば買えない程でもなかった。

「ユウリみたいな、綺麗な漆黒」
「……っ! そ、そういうことを、さらっと言わないでください……」
「《北の街》初訪問記念に、贈らせてよ。俺の顔を立てて」
「う……そこまで、言うなら……というか、素直に嬉しいです。ありがとうございます」

 店を出てからそのペンを大事そうに抱えて、子供のようにはしゃぐユウリの頭をぽんぽんと撫でながら、ヨルンは笑った。

 莫大な魔力を放出させた《始まりの魔女》。
 こうやって無邪気にはしゃぐ少女。
 二つの全く異なるように思われる性質が、この小さな身体に詰まっている。

 なんだかそれが、可笑しかった。

 多くの子供達にとって、そしてヨルンの幼少時も例外でなく、《魔女》とは恐ろしいものだった。
 四大王国成り立ちの物語の最後で、必ず狂い封印される《魔女》。

 それなのに、現実の《魔女》は、辛い時でも凛として、それでいて無垢で純粋で、よく笑う。

 ——変な

 文字ではない、実際に目の前で生きる《始まりの魔女》。
 ヨルンはその少女を、もっとよく知りたいと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...