上 下
14 / 114
第一章 学園

1-13. カウンシルの王子達 レヴィ=ブリュール

しおりを挟む
 ティーカップを離した皆の口から、ほうっと溜息が漏れる。

「ああ~、やっぱりレヴィのお茶は絶品」
「本当、どうやったらこんなに香りが立つのかしら?」
「自分で淹れても、こうはなりませんよね」
「ふふ、ありがとうございます」

 賛辞の言葉に、笑みを零しながらレヴィは礼を述べ、各々にお代わりを注いでいく。
 琥珀色の液体が並々と注がれた美しい装飾のカップを持ち上げて、ユウリはうっとりと眺めていた。

「私、レヴィさんのお茶もそうだけど、今日はどんなカップなんだろーって楽しみにしてるんですよ」
「確かに、流石マルセル製よねぇ。細部までビシッとキマってて、素敵」
「え、マルセルって」

 確かレヴィの出身国だったはずだ。
 驚いた様子のユウリに、ヴァネッサとリュカが顔を見合わせて、笑い始めた。

「ユウリ、貴女本当に頭でっかち本の虫よね」
「な、なんですか、いきなり!」
「仔猫ちゃん、マルセルの陶磁器は知ってるけど、実際に見たのは、もしかしなくても初めてでしょ」
「う……」

 言葉に詰まるユウリに、レヴィがくすりと笑った。
 陶磁器の中で最高級品と冠されるマルセル陶器を普段使いにする王族や貴族に囲まれていると、こんな反応も極めて新鮮に感じる。

「これらは、僕が学園に寄付したものの一部なんです。高級品といっても、自国の製品ですから、実家には腐る程ありますしね」
「こ、こんな素敵なものが、腐るほど……」
「よろしければ、何客か差し上げましょうか?」
「いやいやいや! こんな高価なものいただけません!」

 さらりと言ってのけるレヴィに恐縮して、ユウリはぶんぶんと首を振った。
 そうして、思い出したかのように尋ねる。

「あの、レヴィさんのご実家ってやっぱり、すっごくリッチなんですか」
「まあ、リッチかは別として……結構な広さですね。小国といえども、一応、王宮ですし」
「で、ですよねー!」
「……なんだと思ってたの、仔猫ちゃん」

 呆れたように呟くリュカに、ああ、とか、うう、とか言いながら、ユウリは言い淀んでいる。その様子に、ヴァネッサが合点がいったという風に膝を叩いた。

「ああ、なんでそんな王子様が、秘書というのは名ばかりな下働きしてるんだーって思ったの?」
「ヴァヴァヴァヴァネッサさん!!!」

 失礼極まりない質問の図星を突かれて焦るユウリに、レヴィは大して気分を害した様子もなく、次の茶葉の準備をしながら、朗らかに答える。

「僕の国マルセルは、所謂小国ですからね。四大王国とは比べものになりません」
「そういうもの……なんですか?」
「その四大王国の次期王達と肩を並べて学園を運営できるなんて、光栄以外の何ものでもありません。秘書だろうが、下働きだろうが、何だってしますよ」

 それは、レヴィの、紛れもない本心である。

 マルセル小国も他の小国の例に漏れず、四大王国のうち一国と友好協定を結んでいる。
 芸術工芸品が有名なパリア王国の傘下となったことは、マルセルにとっても、大変喜ばしいことであった。
 芸術に特化したパリアの流通のおかげで、陶磁器に加え、マルセル製の銀製食器も、その繊細な細工と美しい加工から、上流階級からの評価が高く、協定終結後のマルセルは爆発的に豊かになったのである。
 またパリアに星の数ほどいる芸術家が、大衆に埋もれるのを嫌って、マルセルに拠点を移してくることもあって、国の特産品は益々洗練されたものとなった。

「田舎の小国の王族なんて、一貴族と大差ないです。その僕が、カウンシルで皆さんと働けるのは、本当に嬉しいです」
「レヴィさんって、忠義に厚い方だったんですね」
「恩義を返すためと言いつつ、僕はこの立場、結構気に入ってるんです」
「確かに、何でもやってくれるものね、レヴィ様。本来カウンシル秘書って、スケジュール管理とかイベント運営とかが主な業務で、お茶汲みなんかは補佐である私の役目なのに」
「え、そうなんですか!?」

 ヴァネッサの言葉に、ユウリが驚くのも無理はない。
 その言葉通り、レヴィは、カウンシルに関することならどんなことでも文句ひとつ言わずにこなしていた。
 まるで、四人の王子達に使える従者のように。
 実際、それが天職かと思われるほど、彼は何ものにも代え難い充実感を得ていた。

「私、結構仕事取られちゃってる感じ?」
「いや、ヴァネッサさん。それに甘んじてていいんですか……」
「僕が好きでやっているんですから、いいんですよ」

 今日のお茶菓子を銀皿に盛り付けてサーブしながら、レヴィが微笑む。例え、下働き、と自虐していても、その優雅な所作に、何を言ってもやっぱり王子なんだと、ユウリは納得せざるを得ない。

「私も、レヴィさんの謙虚さを見習います……」
「仔猫ちゃんは、仔猫ちゃんのままでいいよ。面白いから」
「……リュカさんこそ、見習った方がいいと思いますよ。レヴィさんのがよっぽど王子様してます」
「え、ちょっと、ソレ、酷くない!?」
「リュカ様、自分を省みなさいよ」

 ヴァネッサに言われて、冗談なのか、本当に分かっていないのか、リュカはええっと不満げな声を上げる。

「君たち、この美しきパリアの貴公子に向かって」
「き、貴公子……」
「それ、自分で言ってて恥ずかしくならないの?」
「……もういい。レヴィ、君のせいだからね! お茶!」

 ぷりぷりと怒りながら空になったカップを差し出すリュカにお代わりを注ぎながら、レヴィは今日も下働きを満喫するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

不妊妻の孤独な寝室

ユユ
恋愛
分かっている。 跡継ぎは重要な問題。 子を産めなければ離縁を受け入れるか 妾を迎えるしかない。 お互い義務だと分かっているのに 夫婦の寝室は使われることはなくなった。 * 不妊夫婦のお話です。作り話ですが  不妊系の話が苦手な方は他のお話を  選択してください。 * 22000文字未満 * 完結保証

王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。

花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。 フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。 王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。 王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。 そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。 そして王宮の離れに連れて来られた。 そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。 私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い! そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。 ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。

騎士爵とおてんば令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
腕は立つけれど、貴族の礼が苦手で実力を隠す騎士と貴族だけど剣が好きな少女が婚約することに。 あれはそんな意味じゃなかったのに…。突然の婚約から名前も知らない騎士の家で生活することになった少女と急に婚約者が出来た騎士の生活を描きます。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

どうせ去るなら爪痕を。

ぽんぽこ狸
恋愛
 実家が没落してしまい、婚約者の屋敷で生活の面倒を見てもらっているエミーリエは、日の当たらない角部屋から義妹に当たる無邪気な少女ロッテを見つめていた。  彼女は婚約者エトヴィンの歳の離れた兄妹で、末っ子の彼女は家族から溺愛されていた。  ロッテが自信を持てるようにと、ロッテ以上の技術を持っているものをエミーリエは禁止されている。なので彼女が興味のない仕事だけに精を出す日々が続いている。  そしていつか結婚して自分が子供を持つ日を夢に見ていた。  跡継ぎを産むことが出来れば、自分もきっとこの家の一員として尊重してもらえる。そう考えていた。  しかし儚くその夢は崩れて、婚約破棄を言い渡され、愛人としてならばこの屋敷にいることだけは許してやるとエトヴィンに宣言されてしまう。  希望が持てなくなったエミーリエは、この場所を去ることを決意するが長年、いろいろなものを奪われてきたからにはその爪痕を残して去ろうと考えたのだった。

偽りの婚約のつもりが愛されていました

ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。 だけど私は子爵家の跡継ぎ。 騒ぎ立てることはしなかった。 子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として 慎ましく振る舞ってきた。 五人目の婚約者と妹は体を重ねた。 妹は身籠った。 父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて 私を今更嫁に出すと言った。 全てを奪われた私はもう我慢を止めた。 * 作り話です。 * 短めの話にするつもりです * 暇つぶしにどうぞ

姉妹揃って婚約破棄するきっかけは私が寝違えたことから始まったのは事実ですが、上手くいかない原因は私のせいではありません

珠宮さくら
恋愛
アリーチェ・グランディは、楽しみにしていた親友の婚約パーティーの日に寝違えてしまったことがきっかけとなって、色んなことが起こっていくことになるとは想像もしなかった。 そう、思い返すと姉妹揃っての婚約破棄なんて、大したことではなかったかのようになっていくとは、寝違えた時は思いもしなかった。

処理中です...