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第一章 学園
1-12. カウンシルの王子達 ロッシ=スチュアート
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ノックの音に部屋の中から返事が返ってきて、ユウリはそろりと扉を開けた。
「こんにちは、ロッシさんいますか」
「なんだ」
カウンシル執務室の一番日当たりの良い角にある植物棚から聞こえたロッシの声に、彼女はパッと笑顔になって室内に駆け込む。
「ロッシさん、見てください!」
「だから、なんだ」
心底迷惑そうに答えるロッシに、ユウリは小瓶の詰まった籠をずいっと突き出した。ちらりと一瞥しただけで鉢植えに視線を戻す彼にめげずに、彼女は続ける。
「き、昨日出された課題と、貸して頂いた本を試してみました。見てもらえますか?」
「…………わかった」
溜息の下で小さく言って、ロッシはその籠を受け取る。
——果てしなく、億劫だ。
カウンシル役員に選ばれた時と全く同じ感情が、彼の胸に湧き上がる。
出来ることなら一日中、実験と研究と観察に明け暮れていたいと考えるロッシは、通常のカウンシル業務でも面倒なのに、なぜ自分がこんな落ちこぼれの世話をしないといけないのだ、と苛立っていた。
彼の母国ノーランは、魔法教会や魔法学園のある《北の大地》に隣接することもあって、学問、研究が盛んな国として知られている。
特に魔法科学が発展しており、魔法工学の先進とされるガイア王国と共同研究を進めることもあり、また、魔法薬学も盛んで、現在流通している薬はノーラン産が主である。
ロッシは魔法科学もさることながら、魔法薬学、中でも薬草学では学園の教師陣でも彼の右に出るものはいないとすら言われていた。
熟練クラスへ進級してからは、十九歳という若さで様々な科学特許を取り、新たな品種の薬草の栽培まで手掛けている。
そんなロッシにとって、極めて初歩的な基本の魔法を指導するなどという行為は、リュカの戯言を聞くよりも無駄な時間でしかなかった。
例えそれが、《始まりの魔女》という大それた肩書を持つ者でも、今現在彼を煩わせているという点において、迷惑以外の何ものでもない。
しかしながら、学園長の命を無視するという選択肢も、糞真面目な彼の中にはないのだが。
「基本のポーションはもういい、次からは中級以上を目指せ。この傷薬は使い物にすらなってない」
「う……精進します」
「あとは、ああ、あれを試したのか」
魔力の流れを把握してそれを呪文に乗せるだけでいい通常魔法と違って、魔法薬学はその他に、素材の配合や成分の変化などを考慮しなければならない。
ただでさえ意識して魔力を調整しないと魔法すらままならないユウリにとって、かなり苦手な分野となっている。
中々上達の見られない彼女に、ロッシが半ば投げやりに貸し出したのは『家庭薬の作り方~ハーブの効能と主な成分~』という、主婦向けの簡単な家庭魔法薬レシピ本だった。
ユウリはその中から『咳止め』や『食べ過ぎ』など、比較的容易に手に入る薬草で作れるものを試したと言う。
「これは……」
「あ、それはユウリオリジナルです!」
青い小瓶に入った液体の匂いを嗅いだロッシに、彼女ははにかんだ。
「私、こう見えてお料理好きなんです。だから、薬草も組み合わせで美味しく出来るかなーって」
「何を入れた」
ロッシは眉間に深く皺を刻んでいて、ユウリは得意げになったことを少し後悔しながら、たどたどしく説明を始めた。
「えっと、リラックス効果のあるララ草と、目に良いブルーキルル、痛みに効くパラセルの実に、あとは甘味としてシロップを入れて、ポーションの作り方で何度か試して、良いバランスを探して」
「ブルーキルルは、パラセルと混ぜると変質するだろう」
「あ、そうそう、それで失敗して、ジンジールの根っこを入れてみたら」
「ジンジール? あれは薬草でなくて、ただの野菜だ」
「でも、ジンジールの根っこは先に油で炒めてからスープに加えると、色止めの役目をしますよね? ブルーキルルとパラセルを混ぜると変色して変質するから、色素が変化するのを抑えたらどうかなと思って同じようにして入れてみたら、これが大成功でした」
ユウリブランド頭痛薬です、と締めくくる彼女に、ロッシは多少の驚きを禁じ得ない。
座学の成績の良さからその理解度は分かっていたが、彼女は全く闇雲に『落ちこぼれ』な訳ではないらしい。
理論や根本は理解していて、ただその非常識な魔力の手綱を上手く握れていないために、調理済みの鍋をひっくり返したような失敗しているのではないか。
しかも、教科書通りの配合で薬を生成することは比較的簡単だが、新しい原材料の組み合わせで、新たに人体に使用可能で効能のある薬を作り出すことは、ロッシのレベルでもかなり大変なことなのである。
ユウリはそれを、炒めた野菜を使って変質を抑えるなどという、魔法薬学の常識的にあり得ない方法を生み出して成功していた。
多分、当の本人はその功績に気付いていない。
「この頭痛薬は、合格だな。中級をつけてやる」
「本当ですか!? やったぁ、初中級! ロッシさん、ありがとうございます!」
満面の笑みで小瓶を受け取り、ソファで寛ぐリュカとヨルンに自慢しに行ったユウリを見ながら、ロッシは彼女の可能性にほんの少し期待し始めていた。
「こんにちは、ロッシさんいますか」
「なんだ」
カウンシル執務室の一番日当たりの良い角にある植物棚から聞こえたロッシの声に、彼女はパッと笑顔になって室内に駆け込む。
「ロッシさん、見てください!」
「だから、なんだ」
心底迷惑そうに答えるロッシに、ユウリは小瓶の詰まった籠をずいっと突き出した。ちらりと一瞥しただけで鉢植えに視線を戻す彼にめげずに、彼女は続ける。
「き、昨日出された課題と、貸して頂いた本を試してみました。見てもらえますか?」
「…………わかった」
溜息の下で小さく言って、ロッシはその籠を受け取る。
——果てしなく、億劫だ。
カウンシル役員に選ばれた時と全く同じ感情が、彼の胸に湧き上がる。
出来ることなら一日中、実験と研究と観察に明け暮れていたいと考えるロッシは、通常のカウンシル業務でも面倒なのに、なぜ自分がこんな落ちこぼれの世話をしないといけないのだ、と苛立っていた。
彼の母国ノーランは、魔法教会や魔法学園のある《北の大地》に隣接することもあって、学問、研究が盛んな国として知られている。
特に魔法科学が発展しており、魔法工学の先進とされるガイア王国と共同研究を進めることもあり、また、魔法薬学も盛んで、現在流通している薬はノーラン産が主である。
ロッシは魔法科学もさることながら、魔法薬学、中でも薬草学では学園の教師陣でも彼の右に出るものはいないとすら言われていた。
熟練クラスへ進級してからは、十九歳という若さで様々な科学特許を取り、新たな品種の薬草の栽培まで手掛けている。
そんなロッシにとって、極めて初歩的な基本の魔法を指導するなどという行為は、リュカの戯言を聞くよりも無駄な時間でしかなかった。
例えそれが、《始まりの魔女》という大それた肩書を持つ者でも、今現在彼を煩わせているという点において、迷惑以外の何ものでもない。
しかしながら、学園長の命を無視するという選択肢も、糞真面目な彼の中にはないのだが。
「基本のポーションはもういい、次からは中級以上を目指せ。この傷薬は使い物にすらなってない」
「う……精進します」
「あとは、ああ、あれを試したのか」
魔力の流れを把握してそれを呪文に乗せるだけでいい通常魔法と違って、魔法薬学はその他に、素材の配合や成分の変化などを考慮しなければならない。
ただでさえ意識して魔力を調整しないと魔法すらままならないユウリにとって、かなり苦手な分野となっている。
中々上達の見られない彼女に、ロッシが半ば投げやりに貸し出したのは『家庭薬の作り方~ハーブの効能と主な成分~』という、主婦向けの簡単な家庭魔法薬レシピ本だった。
ユウリはその中から『咳止め』や『食べ過ぎ』など、比較的容易に手に入る薬草で作れるものを試したと言う。
「これは……」
「あ、それはユウリオリジナルです!」
青い小瓶に入った液体の匂いを嗅いだロッシに、彼女ははにかんだ。
「私、こう見えてお料理好きなんです。だから、薬草も組み合わせで美味しく出来るかなーって」
「何を入れた」
ロッシは眉間に深く皺を刻んでいて、ユウリは得意げになったことを少し後悔しながら、たどたどしく説明を始めた。
「えっと、リラックス効果のあるララ草と、目に良いブルーキルル、痛みに効くパラセルの実に、あとは甘味としてシロップを入れて、ポーションの作り方で何度か試して、良いバランスを探して」
「ブルーキルルは、パラセルと混ぜると変質するだろう」
「あ、そうそう、それで失敗して、ジンジールの根っこを入れてみたら」
「ジンジール? あれは薬草でなくて、ただの野菜だ」
「でも、ジンジールの根っこは先に油で炒めてからスープに加えると、色止めの役目をしますよね? ブルーキルルとパラセルを混ぜると変色して変質するから、色素が変化するのを抑えたらどうかなと思って同じようにして入れてみたら、これが大成功でした」
ユウリブランド頭痛薬です、と締めくくる彼女に、ロッシは多少の驚きを禁じ得ない。
座学の成績の良さからその理解度は分かっていたが、彼女は全く闇雲に『落ちこぼれ』な訳ではないらしい。
理論や根本は理解していて、ただその非常識な魔力の手綱を上手く握れていないために、調理済みの鍋をひっくり返したような失敗しているのではないか。
しかも、教科書通りの配合で薬を生成することは比較的簡単だが、新しい原材料の組み合わせで、新たに人体に使用可能で効能のある薬を作り出すことは、ロッシのレベルでもかなり大変なことなのである。
ユウリはそれを、炒めた野菜を使って変質を抑えるなどという、魔法薬学の常識的にあり得ない方法を生み出して成功していた。
多分、当の本人はその功績に気付いていない。
「この頭痛薬は、合格だな。中級をつけてやる」
「本当ですか!? やったぁ、初中級! ロッシさん、ありがとうございます!」
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