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第一章 学園

1-10. カウンシルの王子達 リュカ=メイユール

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 ユウリは最近、夕食後は必ず図書塔へ籠っている。

 魔力の制御とを習うにあたって、彼女は魔法実技の授業の前後は必ず執務室に寄って予習と復習をすることに同意させられ、その上、膨大な課題がカウンシルから課せられた。
 通常授業の課題はそのままに、である。
 よって、ユウリの睡眠時間は大幅に削られることになった。
 日々こなさなければならないことが山積みで、時間はいくらあっても足りないのだ。

 学園の普通クラスでのカリキュラムは二期制で、四月初頭の入学から夏季休暇を挟んで九月の終わりまでが前期、一週間ほどの秋季休暇を経て、十月から冬季休暇を挟んで翌年三月の中旬までが後期となる。
 前後期ともに中間考査、期末考査があり、また、二月に予定されている後期期末考査の後には、任意の昇級試験が設けられる。

 ユウリのとりあえずの目標は、今から約一ヶ月半後にある前期の中間考査を、追試ゼロで突破することだ。
例え、その目標が、彼女の魔法実技の能力を知るカウンシルの全員に失笑されるようなものであったとしても、絶対に何が何でもやってやる、という意気込みを持って、彼女は寝る間も惜しんで勉学に励んでいた。
 その割にあまり成果が見えない現状に、少し自信喪失気味ではあるのだが。

「仔猫ちゃん♪」
「リュカさん……こんなところに何の用ですか?」
「つれないなぁ……俺がこんなに愛してるのに」
「……ッ!」

 唐突に現れて、目にも止まらぬ早さでユウリの髪を掬い上げ唇を押し付けるリュカに、彼女は真っ赤になって椅子から落ちそうになる。
 あまり人の居ない時間帯といっても、自習室は無人ではない。
 そこに居る全女生徒の燃えるような嫉妬の眼差しを一身に受けて、ユウリは消えて無くなってしまいたくなった。
 
 リュカの出身であるパリア王国は、四大王国の中でも特に女性からの人気が高い。
 それは、芸術が最も盛んな国であるということに起因する。
 音楽、演劇、舞踏、詩吟、絵画、様々な芸術工芸品において、最高品質と謳われるものはほとんどパリアのもので、その中でも、魔法劇場と魔力楽器は特に有名だ。
 故に、女性が好む劇役者、音楽家や舞踏家を初め、宝飾具作家や服飾デザイナーなども必然的にパリア出身者が多く、彼らのファンや追っ掛けは、こぞって王国を『聖地』として崇めた。

 そのパリア王国の第一王子であり、次期王位継承者でもある弱冠二十歳のリュカは、その年齢にも関わらず、多肢に渡る芸術を達人並みに極めており、カウンシル役員ということも合間って、学園にもファンが溢れかえっている。

「私、リュカさんのせいで、余計に孤立してってる気がするんですけど!」
「ええー何で俺のせい? 可愛いものを愛でるのは男の本能だよ、仔猫ちゃん」
「本能の赴くままに行動しないでくださいって言ってるんです!」
 
 そんな世界規模にファンクラブでもありそうな王子様が、極々一般人のユウリを構い倒している事実は、瞬く間に学園中に広まり、まだ四月も終わってないというのに、ユウリは主に女子生徒から完全に遠巻きにされるようになった。
 学園で新たな友人が出来るかもしれないという彼女の淡い期待は、星の彼方に消え去ってしまっている。

 それに輪をかけるようにユウリを憂鬱にさせるのは、彼女のいる自習室に、今まさに鬼の形相で入室してこようとする女生徒の集団である。

「リュカ様!」

 ここが静まりかえった図書塔であるということを忘れているのか、その声は鋭く響きわたる。
 十人に満たないその集団は、全員豪奢なドレスを身に纏い、艶やかな髪を自身の美しさを強調するかのように纏め、その装いからも家柄の良さが伺えた。

「こちらにいらっしゃるなら、お供いたしますのに!」

 そう言いながら、リュカの腕に絡みつくのは、《リュカ様親衛隊》隊長を自称する女生徒だ。

 そう、親衛隊である。

 初めて耳にした時、ユウリはその名称の阿保さ加減に爆笑した。
 しかしながらこの一週間で、リュカの側にはその影あり、と謳われる意味がよく分かった。
 所構わず、許される限り、彼女達はリュカの側に控えて、彼に近づく女生徒達に目を光らせている。
 そんな中、リュカが自主的にちょっかいをかけるユウリに対し、彼女達は明らかに敵意を向けているというのに、当の本人といえば、いつもの妖しげな笑みを浮かべて彼女達の肩を抱いている始末である。
 この王子の態度が、彼女たち親衛隊をのさばらせている一因なのは言わずもがなだ。

「ごめん、ごめん。君達がまさか図書塔に来たいなんて思わなかったから」

 彼女達の抗議の本質を理解しているのかいないのか、的外れな言い訳をするリュカに思わず苦笑したユウリは、その集団からじろりと睨まれる。
 理不尽極まりない。
 はっきり言って、こんなことに時間を取られている暇はないのだが、もうすでに日課となってしまっているやりとりが始まる。

「あなた、リュカ様に構われるからって、ちょっと調子に乗っていらっしゃるんじゃなくて」

 まあまあ、と本当に宥める気はあるのかというリュカに呆れながら、ユウリはいい加減うんざりして微笑み返した。

「とんでもないです。私なんか、リュカ様はもちろん、お姉様方のようにお美しい御令嬢様たちに話しかけていただけるだけで、光栄に思いますわ」
「あら」

 いつもは無言で会釈してさっさと逃げ出すユウリが言い返したことに、意外だ、という風に目を見開いた彼女達は、すぐにその瞳に自信を宿らせ、表情を緩ませる。立場を弁えている、と判断されたらしかった。
 リュカはその光景を嬉しそうに眺めている。

(やっぱり、この仔猫ちゃんは面白い)

 リュカは、ユウリの瞳の奥の強い侮蔑に気付いていた。
 彼女の発した言葉は、強烈な嫌味だ。機嫌を損ねた親衛隊のご機嫌をとってあげるのだ、といわんばかりの慇懃無礼な謝辞。

 気弱そうにしているかと思えば、その実、頭の回転は早い。
 誰もがその肩書きと容姿から媚び諂うリュカに対しても、決して靡かない潔癖さ。
 それでいて、ふわふわと地に足つかないようなあどけなさの残る少女。
 どうしようもなく弄んでみたいという邪な思いに囚われる。

 新しい玩具を手に入れた子供のようなリュカの笑顔に、ユウリは激しく寒気を感じるのだった。
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