上 下
36 / 39

36話 鏡の国のブルームーン

しおりを挟む
 リビングのソファーで横になりながら、今日を思い返した。
 雪姫を病院に送って行ったあと、渋滞に巻き込まれながらも俺たちは学校に戻った。俺と美月は荷物だけ教室に取りに教室へ行って、美月は紫電さんの車で家へ帰った。
 教室では、ホストとセブンがいた。俺を待っていた。心配してくれていたらしい。
「もう少し遅かったら、荷物届けにいったのに」
 それだけ言うために待っていてくれたホストは、すぐに自転車を立って漕いで、バイトに向かった。
 セブンは雪姫を「悪いようにはならねーと思う」と言っていた。セブンの勘はよく当たる。それだけですこし気持ちが落ち着いた俺がいた。
 セブンと家の近くまで帰った。俺と別れたセブンは駅前のセカンドプレイスへと向かった。
 帰宅して、携帯をみていると雪姫からメッセージが来ていた。
「せまいトンネルに閉じ込められたり、腕にずっと点滴を刺されたりしてる。病院、ロクなところじゃない」
 文句を垂れているようならば、大丈夫だと返事をした。
 そのあとホストやセブンに「ありがとう」って送ったり、花恋にこんなことがあったよって伝えていただけで、こんな時間になってしまった。
 なんだか、あっという間の一日だった。
 リビングのドアが開いて、美月が入ってくる。
 白いショートパンツに白いパーカーを着て、長い袖で手をすっぽり覆っている美月が、となりに座った。両足を抱き込みながら、携帯をさわっている。チャットをしているようだった。
「あ~~~っ、つかれた~~~っ」
 携帯をソファに落とすようにして置いた美月が言った。
「マジでな。なんか、いろいろあったぞ」
「しぐれは、わたしに黙ってクラスでドッキリするし」
 美月がすねながらも、笑って言う。
「あれ、どうなるかわかんなかったしな」
「おかげさま、クラスでお話しできる人ができたから、よかったわ。ありがとう」
「そりゃ、良かった。俺は美月がいじめられてるなんて、まったく気が付かなかったぞ」
「うーん。露骨に悪口言われないぶん、まだ、ましだったかも。聞こえるぐらいの声で悪口を言われるほう、わたしは苦手かしら」
「ムリだ。俺はムリだ。俺なら心が折れる」
 美月は軽く笑って見せた。メンタルつよい。
「ねえ、しぐれ。さっき言ってたやつ。わたしに話があるって、なに? もしかして、ちょっと無茶しすぎちゃったかしら」
「ああ、それか。違う違う。聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?  なぁに? なんでも聞いて」
 曇りなんてない、澄んだ目で俺を見つめてくる。澄み切って透明さを感じるほど青い目だった。
「……あの、さ」
 なんていおう。やっぱり、言葉が出てこない。
『美月が、ブルームーンか?』
 心に浮かんでいるのは、この言葉。
 ほんとうに、なんでもない。ただの勘だった。
 思い返せば、焼肉屋でメニューを考えるのが面倒くさくて一番上のコースをたのむとか。道が渋滞してるなら、空を飛んでいけばいいじゃないっていう発想で本当にヘリを飛ばすこととか。イジメの主犯に真っ向から挑むとか。
 豪快な方法で、その場で誰もがやらないようなことやってみせる。そんな姿に俺の知っているゲーム内でのブルームーンのキャラクターが重なった……気がした。
 それだけ、たったそれだけの俺の予感。
 でも、なんとなく曖昧にそう思っていた予感は、そうだったらいいなという期待に変わってきちゃって。
 今朝、起きるまでブルームーンは雪姫じゃないかって疑っていた。ずるずると雪姫に聞くタイミングを失ってしまっていた。
 でも、今は美月がブルームーンだったら面白いって思ってる。
 なんだろう、この心境。ぜんぜん違うことなのに、そうであったらいいなと思っている。
 もしかしたら、ちょっとしたつり橋効果で一時の気の迷いかもしれない。
 美月がブルームーンという、俺の予想が当たって欲しいという期待。それと同時に、美月がブルームーンだったらどうしようという不安。予感が的中したなら、緊張して、美月とどう接すれば良いか、一気にわからなくなりそうだ。
 この、あり得るかもしれないという中途半端な状態から、どちらか決めようとおもう。
 すこしだけ、勇気が欲しい。
 だめならだめで、いいじゃないか、俺。なにをそんなに悩む。言ったら言ったで「なぁに、それ?」って返事が来て「ふーん」とか言ってごまかせばいいんだ。
「しぐれ? ちょっと、告白する前の男の子みたいよ? もしかして、わたしのことが好きなの?」
 美月は、困ったように言ってくる。凍った空気を、どうにかしようとしたみたいだ。
「ちがうんだけど、ちがわないというか。いや、全然ちがうんだけど」
「ちがうのっ?」
 美月が少し悲しそうな顔をしながら口に出していた。目が点になって、涙がたまっている。
 ああ、やっぱり美月は良い奴だと思う。
 だから、そんな顔をさせて申し訳ないと思った。
 雪姫がブルームーンだと思っているうちは、あんまり美月には近づかないほうがいいんじゃないかな、とか思っていた俺がバカみたいだ。だって、美月は綺麗で……そう、あまりに綺麗で手が届かないんじゃないかと思っていたから。
 ちがう、これもちがうな。
 きっと、美月に出会ったとき、美月に惚れそうだったんだとおもう。ブルームーンが好きなのに、美月を好きになっちゃったら、ブルームーンに申し訳ないから。だから、ぐいぐい来る美月を、ちょっとだけ避けていた。それほど、危ないと思っていたから。
 ああ、これでまた、美月がブルームーンであってほしい理由が増えてしまった。
 いま、俺の中では、美月がブルームーンであってほしくない理由よりも、美月がブルームーンであってほしいという理由のほうが勝った。
「なあ、美月さ。あ、ちょっと待って」
 真剣な目で俺を見つめる美月を一回躱して、俺は自室へと走る。
 大事にとっておいた喫茶店の紙のナプキン。
 ブルームーンのバーカって文字と、真っ赤なキスマーク。それと、うさぎの絵。
これだけが俺とブルームーンの接点で、それを日常の中で追いかけ続けていた。
 それにしても、なんでうさぎなんだろうって思ったけれど、もしかして不思議の国のアリスの白うさぎか? それに込められているメッセージは「追って来て」だといまさら気づいた。
 俺は階段を二段飛ばしでリビングへ帰る。
「なに、しぐれ。どうしたの? あなた、ちょっと変よ」
「いや、あのさ」
「うん。なぁに?」
 じっと見つめられると、照れる。また、逃げ出してしまいそうになる。
 俺は、いまだけすべての勇気を総動員しながら、恥ずかしさに立ち向かって、強くこぶしを握ることで緊張を紛らわせて、心の底から言いたいことを言った。
「美月が、ブルームーンか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】

S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。 物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。

転校してきた美少女に僕はヒトメボレ、でも彼女って実はサキュバスらしい!?

釈 余白(しやく)
青春
 吉田一(よしだ かず)はこの春二年生になった、自称硬派な高校球児だ。鋭い変化球と抜群の制球で入部後すぐにエースとなり、今年も多くの期待を背負って練習に精を出す野球一筋の少年である。  かたや蓮根咲(はすね さき)は新学期に転校してきたばかりの、謎めいてクールな美少女だ。大きな瞳、黒く艶やかな髪、凛とした立ち姿は、高潔さを感じるも少々近寄りがたい雰囲気を醸し出している。  そんな純情スポ根系野球部男子が、魅惑的小悪魔系女子へ一目惚れをしたことから、ちょっとエッチで少し不思議な青春恋愛ストーリーが始まったのである。

夏の決意

S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

処理中です...