1 / 1
帰省
しおりを挟む
一人、車窓の景色を眺めていた。
深藍(ふかあい)の中を走る車内には自分を除いて他に乗客はいない。静寂(せいじゃく)が電球色の車内に充満していた。
大学進学を機に上京して五年あまり、あの街に帰るのはいつ以来だろうか。
ビルの林立した都会は思っていたよりもずっと汚くて、日を追うごとにそんなゴミ溜めみたいな場所に憧れていた自分がひどく幼く思えた。そんな自己憐憫(れんびん)とも自己嫌悪ともわからない感情は当たり前の生活をしようとする意欲さえ失わせていった。
――すいません。もう別れたいです。
絵文字を多用し、可愛らしかった後輩から最後に送られてきたメールは二十文字にも満たなかった。自分は必要とされていないのだと突きつけられた気分だった。
大学の構内では、いつも誰かが楽しそうに笑っていた。それは、どのサークルに入ろうかとか、どこかの学部にかわいい女の子がいるとか、駅前に可愛らしい喫茶店ができたのだとか、そういう類(たぐい)の会話だったのかもしれない。ただ、その時の自分にはそんないつも通りの音すら苦痛だった。そうして、上京して三回目の冬を迎えた。
それから、特に何かが起きるわけでもなく季節が二度廻(めぐ)った次の春。チラシしか入ることのない郵便受けに封筒が入っていた。
花柄の封筒には自分の名前が細いシャープペンシルの綺麗な文字で綴(つづ)られていた。差出人は六歳年下の幼馴染折阪深雪だった。封(ふう)を開けると便箋と写真が一枚ずつ入っていた。
「お元気ですか。岩上(いわがみ)のお兄さんが上京してから六年が経ちましたね。お兄さんは大学を卒業して、今は出版社で働いているとおばさんから聞きました。私も今年高校三年生になりました。家を継ぐからお兄さんのように上京はしないけれど――
――お返事お待ちしています。 折阪深雪」
手紙には久しぶりに会いたいということ、彼女は大学へは進学しないこと、先日見合いをしたことなどが書かれていた。
自分は彼女についてそれほど多くを知っているわけではない。街を出るまではよく慕われていたが自分が上京してからは疎遠になっていた。手紙は何通か届いていたが忙しさにかまけて返事を出していなかった。
街からは慣れていても二時間以上かかる。小学生にはあまりにも遠い距離だったのだ。自分は手紙に返事を数日中に返した。「今年は戻ると思う」というような簡素な内容だった。
そうして今に至る。
鉄紺の景色の中に次第に灯りが漂いはじめる。
――出島海岸
年老いた車掌が次の停車駅を告げる。
自分は降車の支度をする。
列車が速度を落とし始めたのと同時に席から立ち上がって後方のドアーまで歩いていく。
車掌に会釈をして駅舎へと降り立つと一人の少女が薄暗い待合室で居眠りをしていた。
隣の駅へと向かい速度を上げた列車の後姿を横目に自分は大きく息を吸った。
地元に帰ってきたのだと実感した。同時にここ数年の間、胸のうちにつかえていた息苦しさが自然と消えていた。
自分は待合室へと入ると少女の肩を揺する。未だ寝ぼけている少女には六年前と変わらぬものがあった。
「お帰りなさい」と言った少女に自分は「ただいま」とだけ返した。
深藍(ふかあい)の中を走る車内には自分を除いて他に乗客はいない。静寂(せいじゃく)が電球色の車内に充満していた。
大学進学を機に上京して五年あまり、あの街に帰るのはいつ以来だろうか。
ビルの林立した都会は思っていたよりもずっと汚くて、日を追うごとにそんなゴミ溜めみたいな場所に憧れていた自分がひどく幼く思えた。そんな自己憐憫(れんびん)とも自己嫌悪ともわからない感情は当たり前の生活をしようとする意欲さえ失わせていった。
――すいません。もう別れたいです。
絵文字を多用し、可愛らしかった後輩から最後に送られてきたメールは二十文字にも満たなかった。自分は必要とされていないのだと突きつけられた気分だった。
大学の構内では、いつも誰かが楽しそうに笑っていた。それは、どのサークルに入ろうかとか、どこかの学部にかわいい女の子がいるとか、駅前に可愛らしい喫茶店ができたのだとか、そういう類(たぐい)の会話だったのかもしれない。ただ、その時の自分にはそんないつも通りの音すら苦痛だった。そうして、上京して三回目の冬を迎えた。
それから、特に何かが起きるわけでもなく季節が二度廻(めぐ)った次の春。チラシしか入ることのない郵便受けに封筒が入っていた。
花柄の封筒には自分の名前が細いシャープペンシルの綺麗な文字で綴(つづ)られていた。差出人は六歳年下の幼馴染折阪深雪だった。封(ふう)を開けると便箋と写真が一枚ずつ入っていた。
「お元気ですか。岩上(いわがみ)のお兄さんが上京してから六年が経ちましたね。お兄さんは大学を卒業して、今は出版社で働いているとおばさんから聞きました。私も今年高校三年生になりました。家を継ぐからお兄さんのように上京はしないけれど――
――お返事お待ちしています。 折阪深雪」
手紙には久しぶりに会いたいということ、彼女は大学へは進学しないこと、先日見合いをしたことなどが書かれていた。
自分は彼女についてそれほど多くを知っているわけではない。街を出るまではよく慕われていたが自分が上京してからは疎遠になっていた。手紙は何通か届いていたが忙しさにかまけて返事を出していなかった。
街からは慣れていても二時間以上かかる。小学生にはあまりにも遠い距離だったのだ。自分は手紙に返事を数日中に返した。「今年は戻ると思う」というような簡素な内容だった。
そうして今に至る。
鉄紺の景色の中に次第に灯りが漂いはじめる。
――出島海岸
年老いた車掌が次の停車駅を告げる。
自分は降車の支度をする。
列車が速度を落とし始めたのと同時に席から立ち上がって後方のドアーまで歩いていく。
車掌に会釈をして駅舎へと降り立つと一人の少女が薄暗い待合室で居眠りをしていた。
隣の駅へと向かい速度を上げた列車の後姿を横目に自分は大きく息を吸った。
地元に帰ってきたのだと実感した。同時にここ数年の間、胸のうちにつかえていた息苦しさが自然と消えていた。
自分は待合室へと入ると少女の肩を揺する。未だ寝ぼけている少女には六年前と変わらぬものがあった。
「お帰りなさい」と言った少女に自分は「ただいま」とだけ返した。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる